第20話 絵描きの衝動

おき君、今日は帰ったら?」


 放課後の部活時間、俺は唐突に先生から帰宅を促された。

「えっ」

 横で都築が驚きの声をあげている。なぜ、俺より先に声が出てるんだ、こいつ。


「本調子じゃないでしょう」

「まぁ、あんまりな感じです」

 先生の問いに俺は素直に答えた。正直、今日は筆がのらない。描きたいものがなければ練習すればいいのに、それすら手に着かない。

 しばらく、ぼんやりと座っているだけだから、横に座ったづきがそわそわしていた。声をかけようにもかけれなかったのだろう。この辺、部活中の都築は真面目である。


「沖田君、感覚派だからね」

 それ、入部したばっかりだった頃にも言われたなと思う。本格的な美術は初めてだったから、それこそ基礎から教えてもらったのだが、日によって課題の出来が違ったのだ。それは俺自身も分かっている。

「だから、駄目なときに描き続けていても駄目なままなのよ。集中できてるときはすばらしいのだから、私は機を待った方がいいと思う」

 それは、作品作りに手を出すようになっても同じだった。できない日はぴくりとも動かないし、無理に描いても駄作を量産する。その分、一度動き出すと自分でも驚くくらい集中できるし、完成度は高かった。まぁ、これは美術だけではないけども。


「だからと言って、今後は私の見ていないところで熱中しないように。また倒れたら、私の監督責任問題になるので」

「その節は大変申し訳ありませんでした」


 俺は机にぶつかるくらいの勢いで頭をさげた。先生はにこにこしているが、とてつもない怒りのオーラが見えた気がする。

 そうだよなー、たぶん、俺の知らないところでいろいろ言われたんだよな。先生、若いからただでさえ色々と大変だろうに。


「沖田君は、そうだね。普段、描かないものを描いてみたらどうかな」


 描かないもの?

 俺は先生の言葉に眉根を寄せた。


「……ハンデがあるからって諦めてたりするの、あるでしょ?」

「…………はい」

 先生が言いにくそうに聞いた問いに、俺は色々考えをめぐらして、小さくうなずいた。これは最初から描けない、と選択肢から無意識に外しているもの。それは確かにあるかもしれない。


「視野が狭まってる。だから、描きたいって気持ちが足りなくて今は枯渇してるんだと思うわ。そんなの、すぐそばにあるかもしれないのに」


「ああ」

 そういいうことか。もしかしたら描けるものも、見ないふりして。同じようなものばかり描いてるから、楽しんで描けていない。だから、飽きてしまっている。

 そういうことを言いたいのかもな。そうなると、ここに座っていても進展はない。


「じゃあ、ちょっと学校うろうろしてきます。一年以上ここにいるのに、あんまり行かないところとかもあるので」

「ええ、そうしなさい」


 ちらり、と都築を見る。泣きそうな目でふるふると震えている。見捨てられた子犬のようだ。

 いや、しかたないだろ。これも先生からの指導なんだから。一年生の頃にしんに教えてもらったから、これでも先生のことは信頼してるんだ、俺は。


 俺が都築の方を見たのに気づいた先生は、今度は都築に向き直る。

「それでね、都築さん。基礎を学ぼうとするのはいいことよ。でもね、まずは先生に相談してほしかったな」

「は、はい」

 都築は震えている。先生のこわいろは明るいが、きっとあの圧の強い笑顔で見られているのだろう。ご愁傷様。


 助けをもとめる都築を見殺しにしたくはないが。都築にとってはいいことだろう。

「じゃあ、都築。ちゃんと教えてもらえ」

「セ、センパイ。そんなぁ」

 さすがに少しかわいそうだから、今度何か埋め合わせしてやろう。何がいいだろうか。


「じゃあ、部長。俺、抜けます」

「はいはい。聞いてたよ。気をつけて」

 ひらひらと手を振る部長を確認して、俺は美術部を出た。



 さて、あんなことを言ってみたが、どこにいこう。

「描きたいもの、かぁ」

 無意識に選択肢から排除してるもの。俺が自分自身あまり描かないと思っているモチーフ。静物画とか風景画ばかりだから、そうなると。

「人物画、か」

 加えて、動きがあるもの。個人的に静に興味を引かれるのもあって、動には手を出していない。そんなのあるか。

「いや」

 一つ、思い当たった。……そういや、描いたことなかったな、一度も。

「体育館、行ってみるか」

 あまりに身近すぎて、そして、描けないと思っていたモチーフならある。俺はあいつがいるであろう、体育館へと向かった。


 思い出してみる。なぜ、一度も描こうと思わなかったのか。単純に考えなかったからだ。

 そもそも、あいつに何とか示せる自分らしさはないか、と探した結果見つけた得意なものが絵画だ。自分がこの趣味に目覚める遠因となった相手を描く、という選択肢はなかった。

 それと、俺の中でのあいつのイメージカラーが赤、だからな。それこそ子どもの頃のあいつは赤のポロシャツに短パンというのが基本スタイルだった。


「そういえば最近着ていないな、あいつ」

 中学生くらいからプライベートで出かけることが少なくなったのもあるが、今はどちらかというと制服に近い水色や白色が多い気がする。赤はもちろんないけれど、暖色よりも寒色の印象がある。……もしかして、気を遣われてるのか。

「だろうな、あいつらしいし」


 そんなことを考えていたら、体育館の近くまで来ていた。この時間帯に、ここにやってきたのは初めてだ。そういや、練習中のあいつを見た覚えもない。

「えっと」

 騒々しい声や足音が聞こえる。気持ちの入った音。あまり縁が無い。それこそ、聞くのはあいつの試合の応援に行ったときくらいだ。


 女子バスケ部は……いた。けど、なんか思ってたより狭いな。うちって、そこそこ強豪なはずなのに、あんな感じでいいのか。

 男子バスケとかバレーボールとかバドミントンとか。今日はいろいろな部活動が一斉に体育館を使っているようだ。だから、見つけるのは用意だったんだけど。


「あれ、いないな」

 探していた人物が見当たらない。しばらく、観察してみる。皆は熱中していて、俺には気づかない。うん、確かに少し刺激されるものがあるな。普段、見ないものって。

 ただ、肝心のあいつがいない。俺は、もう少し中を見ようと身を乗り出して。


「よっ」

「うわっ」


 背中をたたかれて、床に倒れ込んでしまった。俺がたてた異質な音に何人かが振り返っている。恥ずかしい。


「なにしてんの? のぞき?」

「し、しないわ、そんなこと」


 振り返ると、そこにはケラケラと笑っているしずの姿があった。

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