第8話 行き先

 おれたちの目指すディノの街は、コテリ皇国に所属するなかで五番目に大きな島の都市にあたるそうだ。島自体の大きさは五番目だけど、街の規模は三番目だという。ややこしい。


 だけど島というからには、海を渡って行かなければならない。橋を渡したりしないの? と聞いたらまた笑われたんだけど……。


「海には海のモンスターがいるの。だから、魔法でコーティングした船じゃないと、すぐに沈められてしまうの」

「でも魔法使いは珍しいって」

「そうなの。もう船にモンスター避けをコーティングできる魔法使いがいないから、船を持っているのは商人か貴族だけよ。だから、私たち普通の村人は生まれた島で一生を終えるのがほとんどなの」


 出会ったばかりの頃のフライアを思い出した。故郷と家族をなくし、力もなく生き方もわからないと嘆いていたけど、今は自信に満ちている。魔法を使えるようになったことが大きいんだろう。


「冒険者はどうやって渡ってるの?」

「お、そこに目をつけたか。金はかかるけど乗り合い舟か、葉渡し……ワルプがある」

「葉渡し?」

「特殊な植物でな、常に対で生える茎の太い草だ。枯らさないように離して植えると、葉に置いた荷物が対の葉の上に移動する。いつもうまくいくわけじゃないが、物資の運搬もこれが多い。船より安い」

「人間も運べるの?」

「でかい葉ならな。失敗すると……」


 グラールが物騒な顔で笑う。冒険者とは危険と隣り合わせの職業……もしかしてスプラッタ!?


「まさか……」

「グラール、アピタルを脅かすのはやめてちょうだい。大丈夫よ、失敗すると運べないだけ。私も使ったことはないけど、誰でも知ってることよ」

「ははっ。フライア、少しぐらいいいじゃないか。そう、失敗しても金を取られるから、船より高くなる時もあるんだ」


 悪戯が見つかったグラールの明るい声を聞きながら、葉渡し……ワルプのことを考えた。仕組みはワープだけど、何かが引っかかっている。

 そうだ、通称ワープ草! ワープゾーンの目印に生えてるって言われてたやつ、あれがワープの元だったんだ。まんまじゃんワルプ! うわぁ、面白い。しかも人工的に植えられたって。失敗はワープゾーンの一回使うとしばらく復帰しなかったあれかな。


「ワープ……じゃない、葉渡しワルプってたくさんあるの?」

「多くはない。人工的に栽培ができないから、自然に生えているものを探さないといけないし、対のニ本ともを掘り返すと枯れる。片方しか移植できない」

「それだと場所が選べないのか」

「そうだ。運べる量も少なく頻度も低いとなると、確実に大量に運べる船のほうが間違いない」


 ワルプが前作までに目印扱いになっていたワープ草なら、だいたい大きな街の教会や城の中にあったことを思い出す。ある程度成長して、教会や城に入れるようになると使える便利スポットだった。草が先か都市が先か……。


「へー。じゃあ、大きな葉渡しワルプがあるとこが街の中心になってるってわけじゃないのか」

「……アピタル、なんでも思ったことを口にするのは、俺たちだけの時にしてくれ」

「なんかヤバい発言だった?」

葉渡しワルプは設置場所を選べず、人間二人がやっとっというのが常識だ」

「六人じゃなく?」

「何で六人だと思った」


 おれとグラールが話してたのに、エスクァーヴがまた横槍を入れてくる。こいつが口を出してくるときは厄介なときだ。パーティメンバーの最大数が六人だからとは言いにくい雰囲気だなー。


「な、なんとなく」

「ほー。ちなみにその巨大葉渡しワルプの存在はほとんど知られていないんだなー」

「へ、へえー。当てちゃったんだねー。すごい偶然だー。エスクァーヴもそんなことおれたちに話しちゃって良かったのか?」

「良くねえよ。むしろおまえには黙っておくべきことを教えないとペラペラあちこちでしゃべっちまいそうだからな! 言葉も通じすぎるし」


 エスクァーヴの剣幕にグラールとフライアが驚いている。レア魔法使いだからおれのこと大事にしてくれるんじゃなかったのかよー。


「言葉が通じすぎる?」

「違う国の言葉を話してるけど、俺たちと意味が通じてる。いま俺はコテリ古語を話してるからグラールやフライアには意味がわからないだろうよ。だけど、お前は普通に会話している。めちゃくちゃ異常。この調子だと、普通ならわかるはずのない言葉にも反応しそうだ」


 ビシィっと両手の人差し指で指さされて、オッサンのコミカルすぎる動きに突っ込む余裕もない。真面目な話ですねー。


「あー……あんまりいろんな人がいるところで喋らないほうがいいね」


 街中でわからないはずの会話に反応したら良くないだろう。妙なフラグが立ちそうだ。おれは身体能力が雑魚だから簡単に攫われるとかありそうだ。レベルが低いうちは特にグラールとエスクァーヴの影に隠れている方がいい。

 ちなみにフライアは魔法で火矢が飛ばせるから、道中モンスターの影を見つけると速攻で放って倒していて、すでにおれよりレベルが上がっている感じがする。見た目清楚系ヒロインなのに中身は魔法脳筋で……うん、逞しくてかっこいいよな。


「そういうことだ、わかってくれて嬉しい」


 ちっとも嬉しそうじゃないエスクァーヴの笑顔が気持ち悪い。言葉が分からないながらもフライアがエスクァーヴの後頭部をぺしっと叩いてくれる。すっかりおれの保護者だ。フライアのほうが年下なんだけど。


「フライア、アピタルは天人の自覚が足りない」


 天人てなんだ。勝手に属性を作らないでほしい。


「知っているわ。だから私たちが……エスクァーヴと、グラールと、私で、助けてあげるんでしょう!」

「フライアの言うとおりだ。エスクァーヴ、俺たちはアピタルに命をもらったんだ。忘れてないだろうな」

「若造どもが」


 熱血だー。少年漫画みたいで楽しい。

 おれは保護者たちの口喧嘩を低みの見物だ。残念ながら、みんなおれより背が高いんだよ、フライアも俺よりほんの少し高い……。

 グラールがおれの頭を雑に撫でながら、エスクァーヴに笑う。


「お、俺も若造側? がんばれオッサン」

「私からみたらエスクァーヴもグラールも同じよ」

「ぶふっ」


 フライアの冷静なツッコミに吹いてしまった。エスクァーヴは髭があるから老けて見えるが30代から40代、グラールは20代前半といったところだろう。おれのキャラは実年齢と同じ20歳ぐらいの設定だから、10代のフライアよりグラールのほうが近い。

 笑うおれを横目で見たグラールが、頭を掴んだ。痛くはない。


「フライア、俺とアピタルの年はほとんど変わらないぞ」

「え?」

「……じつは」


 逃げられないように掴んだらしいグラールに、観念してフライアに告白する。フライアの歳は15、6ぐらいのはずだ。年下扱いされていたおれは5歳もサバを読んでいたことになる。


「はぁ!?」


 フライアとエスクァーヴが同じ表情になっている。フライアが勘違いしているのは分かっていたけど、エスクァーヴまでおれを子どもだと思ってたんかーい! コテリ皇国の諜報の能力も疑わしくなるじゃないか。諜報って言葉にわくわくしたのに。


「嘘でしょう。私でも自分が世間知らずって思ってたけど、アピタルはもっとじゃない。どうやって生きてきたら、こんなふうになるの?」

「王侯貴族や生え抜きの神官か、そんなところか? その割に上品さはないようだが」

「ちょエスクァーヴ、言い方酷くない?」

「この俺が見誤るとは……」


 騙すつもりはなかったけど、エスクァーヴすら騙せていたのに、グラールは最初からわかっていたのすごくないか。


「逆にグラールはどうしてわかったんだ?」

「俺は目がいいんだよ」

「目?」


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