第2話 空白のやりとり
何が起きたのか理解できなかった。冒険者として異変の調査に来た辺境の村で、空が割れて魔物が大量発生したのだ。
腕にはそれなりに自信があったものの、大量に湧き続ける魔物には敵わなかった。守るべき村人たちは手当たり次第に襲われ、魔物たちが動くものを狙っていると気付いた時には、立っているものは俺ひとりだった。
大型魔獣の相手をしているうちに川岸に追い詰められ、背後から魔法の刃を受けて死んで川に落ちたのだろう。
目覚めた時には死体の中に並べられていて、目覚めてすぐに動かない知人の顔を認めた俺は守れなかったことを悔やんだ。視線を感じて振り向くと、不思議な少年…いや、青年が俺を見ていた。
いや、おかしいのは俺だ。俺は死んだはずだ。なぜ今、怪我がなかったかのように身体が動くんだ?
「あんたが、助けたのか」
青年は目を瞬いた。白い髪に黒い瞳、肌の色は白すぎず黒くもなく柔らかな色をして、目鼻立ちは地味だが整っている。
彼はフラフラと近付いてきたと思ったら、唐突に魔法を使った。白い光は神聖魔法のようだったが、呪文は聞いたことのない不思議な響きだった。その光は俺が触れていた辺境の村の少女に降りかかり、彼女が息を吹き返した。間違いなく死んでいたのに、生き返った!
青年は力を使い果たしたように倒れ込んだ。慌てて受け止めると、すやすやと寝息を立てている。魔法を使いすぎても死にはしないが、倒れることがあると聞いたことがある。それが不便で適正がある者も魔法使いという職を選ぶことはないらしい。ただ、魔法使いはとても少ないから詳しくは知らないのだが。
無防備に眠る白髪の青年を抱えたまま、目を覚まそうとする少女を見守った。
「グラールさん? ここは、わたし、どうして」
「フライア、奇跡が起きた。いや、この彼が奇跡を使った。俺も君も死んでいたはずなんだ」
「死んだ……? あ、ユイリア姉さん、姉さんは、あ、ああああ、いやぁ!」
フライアはギルドに異変調査依頼を出した村長の末の娘だった。姉二人は嫁いでいて、すぐ上の姉ととくに仲が良いと話していた。おそらく姉だろうその死体は、腰から下の身体がなかった。たしか妊娠していたはずだ。痛ましさにかける言葉もない。
「こんな……一人で、どうやって生きていけばいいの……。どうして」
俺が気にしていたから、白髪の青年はフライアを蘇生したのだろう。目覚めてから彼女がこんな状態ではショックを受けるかもしれない。
少なくとも俺は、蘇らせてもらって感謝しているが。
「フライア、希望がないわけじゃない。ほかに、目覚めてほしい人はいないか?」
「ほか……? みんな死んでいるわ」
「俺もあんたも死んでいた」
「神聖魔法? そんなことができるなんて聞いたことがないわ。それに、神官がいるの? どうして私たちを?」
それは俺も知りたい。異変が起きたと同時に降って湧いたような神聖魔法を使う者……外見からも行動からも邪悪さは感じられないけれど。
「わからん。フライアを蘇生させたらぶっ倒れた。この周辺の国の出じゃなさそうだ」
「不思議な顔立ち……」
子供でもこんなに無防備に眠らないのに、と、白髪の青年はフライアに指先で頬を突かれている。彼はむにゃむにゃ言うだけだ。
「何も考えてなさそう。死者を蘇生させるなんてこと、軽々しくやっちゃだめって教えなきゃ」
「お、おう。そうだな」
白髪の青年はフライアの母性本能を刺激したらしい。彼女の怒りや悲しみが青年に向かう心配はしなくていいようだ。
「大人なのかしら……」
「子どもだろう。力があるだけの子どもだ、きっと」
「そうね」
小柄な人種というだけで成人しているように見えたが、世間知らずなフライアの誤解を、あえて訂正しなかった。これから成人男性と旅をすると言ったら不安になるだろうフライアのためだ。若く美しい娘には危険が多い。
とはいえ、見知らぬ人間に特別な魔法を恵むほど常識を知らないようだし、子ども扱いで問題ないだろう。
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