紋常時篤飛露は強いが弱い

アサリを助ける物語

二人が出会った物語

第1話 姫芝アサリと紋常時篤飛露の出会い

　姫芝アサリが彼と顔を合わせたのは始業式の二日後の事で、つまり南城西中学校二年三組出席番号十二番になって二日後の事だった。

　春休みが終わりアサリも新しいクラスに入り、出席番号順に着席した。暫くして登校したクラス全員が座ると、空いている席が一つ見つかり、転校生でも来るのかと、少し話題になる。

　たがすぐにやって来た担任が『そこの席は春休みに入院して、退院が間に合わなかった』と説明したので、すぐに噂は消えてしまう。

　始業式も始まるため、ほぼ全員が休んだ生徒の事はすぐに忘れてしまった。アサリも覚えがない名字だったので、覚える事もしていない。

　だから新学期が始まってから二日後の朝、知らない顔の人が教室に入るのを見ても、アサリは他のクラスの人かとしか思っていなかった。

　その男子は両手に教科書を抱えて、アサリ達の方へと真っすぐ向かって来る。近づくにつれてその大きさが、アサリには分かった。同じ学年とは思えない体格に何かを感じたのか、アサリは思わず身構えてしまう。

　しかし近づいた少年はアサリの顔は一切見ず、一緒に喋っていた新田友美に顔を向け、話し始める。

「おはよう新田さん。俺の席はどこか知ってるか？」

「おはよう。二日も席が空いてたから覚えてるよ、窓側の席の後ろから三番目。それと、退院おめでとう。二日早ければ始業式に間に合ったのにね」

「ありがと。まあ始業式だし、問題無いだろ」

　そして男子は礼を言い、教えられた自分の席へ向かった。少年がその場から居なくなるとアサリは、知り合いなのかと思い、友美の手をつついて質問する。

「さっきの大きい人が、休んでた人なんですね。まっすぐこちらに来て話してましたけど、仲がいいんですか？」

「小学校で五、六年生の時に同じクラスだったから、少しね。小学生の時もそうだったけど、去年も休みが多かったらしいし、多分他に聞ける人が居なかったんじゃないかな。夏志や佐古田君の方が仲が良いいけど、二人ともまだ来てないし」

　口に出た二人は、友美と仲がいい相手だ。

　友美はさっき来た男子とは特別に仲がいいわけでは無いが、まだ来ていない男子二人を通じて席を聞く程度には、話せる間柄なのだろう。

「そうなんですね。てっきり友美さんには瀬神田君がいるのに、他の男子と浮気するのかと思いました」

　そう言って含み笑いをするアサリ。

　友美は小学校に入る前からの付き合いの瀬神田夏志は名前で呼び、そうでない佐古田国江は苗字で呼ぶ。つまりはそういう事である。

　その事でアサリはからかおうとしたのだが、それを無視して友美は逆にからかいを返してきた。

「さっき、ちょっと怯えてたでしょ。大きい男子は怖かったのかな～？」

　そう言われて言葉に詰まる。目の前にいるのだから、アサリが身構える所をはっきりと見られたのだ。

　なので動揺してごまかすような事を、アサリは言ってしまう。

「あ、あれはあれですよ。急に知らない人が近づいて来たらびっくりするのは当然ですよ、あんなに大きいんですから。……ところであの人、何という名前ですか？」

　慌てて話をそらそうとすると、友美も満足したのかそれに乗ってくれた。

「出欠の時に、名前聞いてない？」

「聞いたかも知れませんが、覚えてませんね」

　言われて友美は、そんな物かと呟きながら、少年の名前をスマホで出そうとした。しかし上手くいかないのか、何度も書き直しをしていた。

「友美、朝から何やってんだ？」

　そうこうしている内に登校していたのか、友美の後ろから夏志が話しかけてくる。

　それを聞いて友美は、助かったと言いそうな顔で後ろを向いた。

「ちょうどいい所に。この子がクラスメートの名前を知らないって言うんだけど、夏志の友達でしょ。ちょっと机にでも書いてよ」

「友達って、誰の事だよ？」

「今日になってやっと登校できた人。ほら、あそこ」

　言われて夏志が見ると、あの男子は教科書を眺めていた。一冊が終わるとすぐに次の教科書を開いている。暇なのだろうか。

「来てたのか。で、あいつの名前を書けばいいんだな」

　そう言ってシャープペンシルで机に直接書こうとしたが、すぐに手が止まり全く動かなくなった。

「ちょっと。あんたまさか、友達の名前も書けないの、もう二年生でしょ？」

「……いやお互い様だよな。書けないのも、二年生になったのも」

「二人とも、書けないんですね」

　あきれたような声でアサリが言うと、二人が顔をそらした。

　そうしていると四人目が現れて、さらさらと机に漢字を書き、自慢するような顔を向ける。

「友達がいが無いなあ、二人とも。もう二年生なのに」

　国江がそう言いながら、シャープペンシルを胸ポケットに戻した。書けなかった二人はごまかしたいのか、小学生のような言いがかりを始める。

「だめだぞ国江、机に落書きなんでしたら、二年生なのに」

「そうそう、汚したら先生に怒られるんだから。二年生なんだから」

「……いくら漢字が分からないからって、そんなこと言うのはどうかと思うなあ。二年生なのに」

　そう言って三人は楽しそうに話しているが、仲間外れにされたアサリには一つの問題が出現していた。

「……結局これ、何て読めばいいんでしょうか？」

　机には、紋常時篤飛露、と書いてある。

　一個一個なら分かるのだが、この並びはアサリには初めてだった。

「あー、読めなかったかぁ。そう言えば初めての時の自己紹介もひらがなだったもんね、五年生だったのに」

「あったあった。それで誰かが漢字も書けないとか言ってアイツをバカにしようとしたら、消して漢字で書き直して、今度はそいつが読めなかったんだよな」

「それでこう言ったんだよね。『悪い、読めないとは思わなかった』って。それで暫く友達出来なくて、一人で過ごしてたんだっけ」

　三人が懐かしそうに話しているが、アサリとしては混ざれないので、とりあえずは読み方を教えてほしい。

　そう言うと友美は、悪戯っぽく笑った。

「二年生になったんだし、読み方を考えて見たら？　その後に教えるから」

「……ひょっとして三人とも、二年生だから、を言いたいだけなんですか？」

　そう言われた友美は、今度はごまかすように笑った。代わりなのか助けるように、夏志が口を出す。

「ま、一回読んでみてくれよ。正直に言ったら俺は最初、読めなかったんだよな」

「僕は名字は分かったんだけど、名前を間違えたんだよね」　

　三人共最初は読めなかったのか。じゃあ仕方がない。

　そう思いながらアサリは、紋常時篤飛露という漢字に真正面からぶつかる事にした。

「いいんですけど、知られたら怒られません？　この……、もん……つね、もんつねとき？　さんに。……名前の方は『とく』と、とぶ……、いえ『ひ』ですね。次が『ろ』。とくひろ、です。つまり、もんつねとき、あつひろ。さんです」

「おしい、名前はあってるが名字が違う。俺は『もんじょうじ、あつひろ』だ」

「ふにゃー！」