第4話『あなたに会えた、それだけで』-ひよりside-

連絡先を交換してからというもの毎朝の挨拶は日課となり、夜になると「明日も同じ電車に乗ります」という業務報告のようなLINEが相原さんからきっちり届くようになった。こちらが送るより早く、毎晩ほぼ定時で。でもどんなに定型文みたいな内容でも、それを毎晩きちんと送ってくれる、その気持ちがうれしかった。


……なのに。


いつもの時間。いつもの通知音。来るはずの音が、今日は鳴らなかった。


今日は連絡がないのかなと思いながら、勇気を出してこちらからメッセージを送ってみた。


「こんばんは。明日も、同じ電車に乗られますか?」


でも、いつまで経っても既読がつかない。 文面が変だった? もしかして、重かった……? それとも、なにか気に障るようなことをしてしまった?


頭の中がどんどんネガティブに染まっていくけど、

――いや、もしかして、前に何日か電車で会えなかったときと同じように、仕事が立て込んでるのかもしれない。


うん、そうだ。そう思おう。……そう思いたい。でも不安で、結局よく眠れなかった。



***



翌朝、眠い目をこすりながら電車に揺られる。


……今日も、いなかったらどうしよう。


そんな不安を押し込めるように、スマホを握りしめてうつむいていた。やがていつもの駅に電車が止まり、ふと顔を上げる。


――いた。


ドアの外、ホームの柱のそばにスーツ姿の相原さんが立っていた。姿を見つけたとき、なぜか心が少し落ち着いた。その直後、耳に届いたのは彼の声だった。


「おはようございます」


扉が開いて当たり前のように隣にやってきた。そこにはいつも通りの相原さんがいた。


よ、よかったぁあああ……!!


「お、おはようございます!」


思わずぱあっと笑顔になってしまった私に、相原さんが少しだけ首を傾げた。


「何かあったのですか?」


(え……何かって……)


連絡がこなかったこと。こちらから送ったメッセージにも既読がつかなかったこと。あれこれ気にしていたのは、自分だけだったのかもしれない。もしかして相原さんにとっては、そういうことはたいしたことじゃないのだろうか。そう思ったら、ほんの少しだけ胸がつまった。


どう言えばいいのかわからなくて、気づいたら言葉が口をついて出ていた。


「あの……昨日、連絡が……」


その瞬間、相原さんの目が「あっ」と言っていた。


「……すみません。昨日は連絡ができませんでしたね。実は、スマホを壊してしまいまして」


「えっ!」


話を聞くと、昨日の休憩時間に後輩の方がうっかり相原さんのスマホを水没させてしまったらしい。


(え、それって……完全に後輩のやらかしってことだよね? 相原さん、気の毒すぎる……)


「なので、しばらくは連絡が難しいかと」


「代替え機はないんですか?」


「一応ありますが、慣れていないので。それに桐島さんとは、代替え機ではなく自分のスマホでやり取りしたいんです」


はい、ドキーン。急に心臓が跳ねたのはきっと気のせいじゃない。


え、それ、どういう意味……?


でも結局、そのまま聞けずに最寄り駅へ到着。改札口のところでふと、名前を呼ばれた。


「桐島さん」


「はいっ!?」


「スマホが直るまで、夜に連絡ができませんので……よければ、帰りも一緒に帰りませんか?」


「えっ……?」


「僕はだいたい19時頃にこちらの駅に着くことが多いのですが、桐島さんは?」


「あ、私は18時とか18時半くらいに……」


「そうですか」


少し考え込む相原さんに向かって、思いきって言葉を投げた。


「あのっ、私、待ってますよ? その、ご迷惑でなければ……!」


すると彼はきりっと顔を引き締めて言った。


「いえ、仕事を巻きで終わらせます」


(そっち!?!?!? がんばり方ちょっと違うけど、でも、うれしい……)


「じゃ、じゃあ……それで……」


返事をしながら、私は心の中でこっそり決めていた。

――よし、19時まで全力で待つ!



***



18時半、駅のホーム。人の流れを邪魔しないように柱の影にそっと避難。なのに落ち着かない。手元ばかりが忙しい。

ポーチを開いて、鏡。髪型。うん、大丈夫。きっと。汗のにおい……嗅いでる場合じゃない。気にしない。いや、気にするけど。どっちだ。


そんな私の前に、はぁはぁと息を切らした相原さんがやってきた。


「はぁ……お待たせして、すみません」


(走ってきたのに髪の毛一つ乱れてない……イケメンすご……)


しばしの沈黙のあと、相原さんがじっと見つめてくる。


「え、な、なんでしょう……?」


「いえ、こうして朝だけでなく、帰りにも会えるのは嬉しいものだなと思って」


(ぎゃーーーーーーー!!!!)


心の中で叫ぶ私をよそに、彼はふっと目を細めて笑った。


……初めて見る、笑顔だった。


一瞬、世界の音が止まったような気がした。静かに、でも確かに、胸の奥がぎゅっとなる。


「帰りましょうか」


はい、無理。脳内処理が間に合いません。




***



帰りの電車は運良く座れた。座ったとたん、隣からほんの少しだけ肩が触れる。それだけで心臓が大騒ぎする。

そんな中、相原さんがぽつりと聞いてきた。


「桐島さんって、電車でよくスマホを見てますよね。あれってゲーム、ですか?」


「は、はい。……よく見てましたね?」


「いえ、見てたというか、目についたというか。楽しそうにしてる姿が印象に残って」


(え、えええええええ!?!?!?)


「もしよければどんなゲームか、一度見せていただけますか?」


(え!? この乙女ゲームを!? 三次元イケメンに!?)


「あなたが夢中になるそのゲームを知りたい。あなたの好きを知っていきたいんです」


ちょおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!? それ、どういう意味!?!?!? いやほんとにどういう意味なのーーーーー!!!!?


そんな私の脳内大混乱を乗せて、夜の電車は静かに走り出すのだった――。

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