第12話 勝利の代償
「詳細は、監査委員会室でお話しします。放課後、必ず来てください」
音無響子の言葉は、まるで冷たい判決宣告のようだった。
彼女が去った後の舞台裏は、さっきまでの熱狂が嘘のように、水を打ったように静まり返っていた。
勝利の紙吹雪が、やけに虚しく床に散らばっている。
「……待ちなさいよ!」
最初に沈黙を破ったのは、ルナ先輩だった。
彼女は響子が消えたドアに向かって叫ぶ。
「彼が、一体何をしたっていうの!? 不審点ですって!? 私たちのパフォーマンスのどこに、そんなものがあったっていうのよ!」
その声は、怒りと、そして不安に震えていた。
彼女が、俺のために、こんなにも感情を露わにしている。その事実に、胸が締め付けられる。
「落ち着いて、ルナ」
ミコト先輩が、ルナ先輩の肩をそっと抱いた。
「監査委員会が、理由もなく個人を呼び出すことはないわ。おそらく……黒瀬レイ側から、正式な『異議申し立て』があったと考えるべきね。パフォーマンスで負けた腹いせに、別の土俵で私たちを潰しに来たのよ」
「卑怯だわ……!」
「ああ、まったくだぜ!」
陽太が、悔しそうに壁を殴りつけた。
「ユキナリは何も悪いことしてねえ! 俺も行く! 監査委員会だろうがなんだろうが、文句があるなら言ってやる!」
「陽太……」
「いいや、これは俺一人の問題だ。みんなを巻き込むわけにはいかない」
俺がそう言うと、ルナ先輩が俺の腕を強く掴んだ。
「……いいえ」
彼女は、まっすぐに俺の目を見て言った。
「もう、あなた一人の問題じゃない。私たちの問題よ。私も、行くわ」
その瞳には、絶対に引かないという強い意志が宿っていた。
―――――
放課後、俺たちは監査委員会室の前に立っていた。
重々しい鉄の扉が、まるで断頭台への入り口のように見える。
中に入ると、そこは裁判所のように冷たく、無機質な空間だった。
部屋の奥、一番上座に音無委員長が座り、その両脇を、同じ腕章をつけた数名の委員が固めている。
「……来ましたね」
音無委員長は、俺たちを一瞥すると、手元の書類に目を落とした。
「単刀直入に聞きます、雪成くん。あなたは、今回のお披露目会に向けた作戦立案にあたり、星詠さんの非公開情報を含む、ファンクラブの内部データを不正に利用しましたね?」
「……え?」
予想だにしない質問に、俺は言葉を失った。
「俺は、ファンとして公開されている情報を集めて、自分なりに分析しただけで……不正なんて、していません!」
「では、これをどう説明しますか?」
音無委員長がタブレットを操作すると、目の前のモニターに、一つのログデータが映し出された。
そこには、俺のアカウントIDから、ファンクラブ『Luminas』の会員情報や、ルナ先輩個人の活動データが保存されているサーバーの深層部へ、何度もアクセスした記録が、克明に残されていた。
「そ、そんな……! 俺は、こんなこと……!」
罠だ。
これは、黒瀬レイたちが仕掛けた、卑劣な罠だ。
パフォーマンスで俺たちに勝てなかった彼らが、俺を『不正を働いた犯罪者』に仕立て上げ、この勝利そのものを無に帰そうとしているんだ。
「言い分は聞きましょう。ですが、この証拠がある以上、あなたは限りなく黒に近い」
音無委員長は、淡々と、しかし有無を言わせぬ圧力で俺を追い詰める。
「この疑惑が払拭されない限り、今回のCP対決の結果は、無効とします。そして、学園の秩序を著しく乱した罪により、あなた、雪成くん個人には、退学処分を勧告せざるを得ません」
退学。
また、その言葉が、頭に突き刺さる。
目の前が、真っ暗になった。
どうしようもない。証拠を突きつけられて、俺にはもう、何も……。
ミコト先輩も、陽太も、悔しそうに唇を噛んでいるだけで、何も言えない。
隣で、ルナ先輩が息を呑むのがわかった。
絶望が、部屋を支配した。
その、静寂を破ったのは――。
「……あの、待ってください」
か細い、震えるような声だった。
声の主は、意外な人物だった。
監査委員会の末席に座っていた、眼鏡をかけた、気弱そうな男子生徒。
彼は、おずおずと手を挙げると、必死の形相で自分のタブレットを掲げた。
「音無委員長! この……このアクセスログですが……!」
彼は、委員会の全員と、そして俺たちの方を交互に見ながら、叫んだ。
「僕が、先ほどから解析していたのですが……このログ、外部からサーバー攻撃を受けて生成された、偽装ログである可能性が、非常に、高いです!」
その一言が、暗闇の中に差し込んだ、たった一筋の光だった。
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