第5話 ダイヤモンドの磨き方

「雪成くん。あなた、ステージの上で、一体何を“見せる”つもり?」


ミコト先輩の冷徹な問いが、俺の胸に突き刺さる。

そうだ。

ギャップ萌え戦略だなんて偉そうなことを言ったって、その片割れである俺自身が空っぽだったら、何も生まれない。

ただの放送事故。滑稽な道化。

それが、俺の成れの果てだ。


「俺には……」


喉がカラカラに渇く。


「俺には、何もありません……。人を惹きつけるようなものなんて、何一つ……」


情けなくて、俯くことしかできない。

ああ、やっぱり無茶だったんだ。

石ころは、どこまでいっても石ころのままで、決して輝くことなんてない。


「そんなこと、ないわ」


静かだけど、凛とした声が、俺の自己嫌悪を遮った。

顔を上げると、ルナ先輩がまっすぐに俺を見つめていた。


「え……?」

「あなたは、私が気づかなかった私を見つけてくれた。私がファンにどう見えているか、誰よりも正確に分析してくれたじゃない」

「それは……ただの、ファン心理というか……ストーカーみたいな……」

「違う」


彼女は俺の言葉を、きっぱりと否定した。


「それは、誰にも真似できない、あなたの“才能”よ」


才能。

俺に、そんなものがあるなんて、考えたこともなかった。


「それに……」


ルナ先輩は、いたずらっぽく片目をつぶって見せた。


「さっき、私を守るって啖呵を切った時の必死な顔。結構、好きよ?」

「なっ……!?」


心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

か、からかわれてる……!

でも、その一言で、冷え切っていた心に、じんわりと熱が灯っていくのを感じた。


「はいはい、そこまで。痴話喧那なら後にしてちょうだい」


パチン、とミコト先輩が指を鳴らす。

彼女は腕を組むと、ニヤリと笑った。


「感傷に浸っている時間はないわ。雪成くん、あなたに“何もない”なら、今から“作る”のよ」

「……作る?」

「ええ。題して、『石ころからダイヤモンドへ! 最底辺ゴースト会員・雪成くん改造計画』よ!」


ミコト先輩は高らかに宣言すると、スクリーンの表示を切り替えた。

そこには、分刻みの恐ろしいスケジュール表が表示されていた。


「まずは、姿勢と歩き方。それから発声練習、視線の配り方、トークの練習、ファッションコーディネート……一週間で、あなたをステージに立てる人間に叩き直すわ。覚悟なさい」

「お、鬼だ……」


その時、豪華なルームのインターホンが鳴った。

ミコト先輩が「入って」と声をかけると、ドアを開けて入ってきたのは、見慣れた顔だった。


「よ、よう、ユキナリ……って、うおっ!? なんだこの部屋!?」

「陽太!? なんでお前がここに!?」


現れたのは、親友の日向陽太だった。

彼は部屋の豪華さにキョロキョロしながら、恐る恐る俺たちの元へ歩いてくる。


「彼には、私が来てもらったの」


ミコト先輩が、こともなげに言う。


「あなたの唯一の協力者なんでしょう? 彼の持つ『一般生徒からの情報網』は、私たちの武器になるわ」

「……ってことだ、ユキナリ! 俺も、お前の軍師として協力させてもらうぜ!」


陽太は状況をよくわかっていないながらも、ビシッと敬礼してみせた。

少しだけ、心強い。

たった一人、味方が増えただけなのに。


「それで、早速なんだけど……」


陽太は、急に真剣な顔つきになった。


「やばい情報を掴んじまったんだ。さっき、知り合いの『Schwarz Rose』会員から聞いたんだけど……」


『Schwarz Rose』。

黒瀬レイのファンクラブの名前だ。

嫌な予感が、背筋を走る。


「レイのファンクラブ、お披露目会で、とんでもないことを計画してるらしい」

「……とんでもないこと?」


陽太は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「ああ。お前がステージに上がった瞬間、会場にいるファンクラブ会員全員で……お前に背を向けて、完全な沈黙を貫く。その名も、『サイレント・テロ』だそうだ」


会場が、静寂に包まれる。

スポットライトを浴びる俺に、無数の背中が向けられる。

想像しただけで、足がすくんだ。


「なるほど、厄介ね」


ミコト先輩が、腕を組んで唸る。


「パフォーマンスを始める前に、完全に心を折る作戦か。姫宮アリスあたりが考えそうな、陰湿な手だわ」


重い沈黙。

それは、どんな罵声よりも、人の心を抉るだろう。

始まったばかりの改造計画も、ステージに立つ前に意味をなさなくなる。

どうすればいい?

何か、手は……。


「……面白くなってきたじゃない」


その絶望的な空気を切り裂いたのは、ルナ先輩の、静かな一言だった。

彼女は、俺たちの顔をゆっくりと見渡すと、不敵な笑みを浮かべた。


「やられたら、やり返す。そうでしょ?」


その瞳は、恐怖も絶望も、全てを飲み込んで、爛々と輝いていた。

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