第21話 執務室に灯りが戻る
王家の執務室。
夕暮れ、窓の外は薄紫。机の上には埃を払ったばかりの書類の山。
ジョルジュ王子は椅子を引き、深く息を吐いた。
「……俺には、これしか残ってない」
誰に聞かせるでもなく呟いて、ペン先を走らせる。
徴税、インフラ、上下水、街路灯の油、孤児院の補助。
“税金が無くなれば皆が喜ぶ”——その先に残る、誰が道を直すのかという現実。
「喜ぶだろうさ。でも、道は誰が舗装する? 橋は? 夜警は?……一からやるか。奢った俺らも悪い。やり直したい——いや、やり直す」
机の隅、捨てずに残した古い地図。
王都の外れに丸で囲まれた印——かつて誰かが“置いていった”課題。
扉が静かに叩かれた。
入ってきたのは伯爵令嬢シンディ。淡い灰青のドレス、手帳を抱えた瞳はまっすぐだ。
「……やっと、そこに気づいたのですね」
ジョルジュはわずかに目を細めた。
嘲りではない、確認の色。
「人は祝福で笑う。けれど、暮らしは仕組みで支える。どちらも必要ですわ、殿下」
彼女は机の前まで歩み、さらりと手帳を開く。
「まず、“小さな税”を戻しましょう。使い道は可視化、集め方は合意。
——三原則を掲げますわ。
一、額は小さく、使途は具体的に(道、橋、上下水、夜警、学校)。
二、毎月の市民評議で配分を決め、公開する。
三、森と街の連携基金を創設。祝祭の収益の一部もインフラに回す」
「……評判は最悪だぞ、王家の税なんて」
「“王家の”ではありません。“街の”です。
殿下はただ、帳簿を開いて座る人になってください。
徴収ではなく、説明と報告を」
ジョルジュは苦笑して、うなずいた。
「座って、聞く側か。似合わない役だな」
「いいえ、今の殿下には似合います。——始めましょう」
シンディは次々と紙を差し出す。
夜警の当直表。石畳の補修優先路線。井戸の水質検査計画。
そして、一枚の掲示案。
『今月の小さな税の使い道:
・東橋の補修 ・南区の側溝清掃 ・孤児院の冬服
市民評議は広場にて。どなたでも参加できます』
「……悔しいが、良い案だ」
「悔しがるより、実行を。殿下、サインを」
ペンが紙に触れる。小さな音が、確かな開始の合図になった。
窓の外、広場に灯がともる。
誰かが歌い、どこかで鍋が煮える。
祝福の虹は今夜はかからない。けれど、道には灯りが戻る。
ジョルジュは立ち上がり、地図にピンを打った。
「一から、だ。——俺は、やり直す」
シンディが微笑む。
「ようやく、王国のもうひとつの祈りが始まりますわ。
——暮らしを支える、手と手の祈りが」
執務室に新しい灯がともった。
祝福とは別の、地味で、けれど確かな光が。
市民の声とコミカルな混乱商人たち
◾️「え、関税の窓口閉まったら、街道通れねぇじゃん!」
「納めたくねえけど、道壊れたら商売あがったりだしな……」
◾️農夫たち
「肥料の補助、どうなるんだ? 今年の収穫やべぇぞ!」
「……あれ? 役所再開してる? 税納めたら種もらえた! 助かる!」
◾️庶民の愚痴
「王家なんて派手な式しかしてないと思ったけど、裏方仕事って意外と大事だったんだな」
「でも今は役所が仕事しやすくなってるし、前よりマシじゃね?」
⸻
◆ 文官たちの奮闘
• 真面目な文官A
「よし、戸籍再開っと……お、こっちの方が仕事やりやすいな」
• 文官B
「無駄な書類回しなくなったから、むしろ効率倍増してる」
• 文官C
「誰も見てないからサボってた奴らが消えて、なんか清々しいぞ」
→ 結果的に「真面目な官僚システム」が出来上がり、民衆の信頼が戻ってくる。
⸻
◆ 王子の“気づき”と再登場の布石
• ジョルジュ王子(書類の山を前に)
「……あれ? 意外と、これ楽しいかも」
「俺、豪華な宴会より、地味に帳簿締めてる方が向いてる?」
「……税金? 確かに取りすぎたら嫌われるわな。適正ってのがあるのか……」
⸻
◆ まとめ
• 王家が消えたことで、一時的に大混乱。
• でも民衆と文官が動き出し、「仕組みは人のためにある」と再確認。
• その中で「派手さはいらない、誠実さが大事」という価値観が広まる。
• そして、王子が“地味な仕事の面白さ”に気づき、再出発の兆しを見せる。
王子の再出発 ― 市場から始まる
ジョルジュ王子は書類の山を片付けたあと、久々に王都の市場へ足を運んだ。
かつては護衛に囲まれ、見物だけだった市場。
今はただの「書類係の若造」くらいにしか見られない。
• 八百屋の婆さん
「おや、見ねぇ顔だね。野菜買ってけ!」
• 王子(財布ゴソゴソしながら)
「え、あ……これ、値段、交渉できるの?」
• 婆さん
「値切り? はんっ、なら明日の道普請手伝いな! あんた若いんだから!」
王子、初めて“野菜を労働で買う”ことを体験。
「これが税金の代わりか……なるほど、こうやって世の中回ってんのか」としみじみ。
⸻
◆ 役所の復活と新しい秩序
戻ってきた文官たちが、再編した役所はシンプルになっていた。
• 窓口での会話
「はい、税を納めたら診療券も渡しますよ」
「おお! これで子どもを診てもらえる!」
かつては貴族の顔色をうかがっていた文官も、今は「市民の暮らしを回すのが仕事」と割り切っている。
王子はその書類を黙々と整理しながら、「あ、これは無駄だな」「この制度は庶民に不便」とメモを残していく。
⸻
◆ 王子の気づき
夜、静かな執務室でランプを灯しながら、王子はつぶやいた。
「派手な玉座も、権力も、俺には要らなかったのかもしれない。
必要なのは……“街を回すための地味な仕組み”だったんだな」
机の端には、庶民の子どもが描いた落書きが置いてある。
――市場で手伝った時に「ありがとう」ともらった紙切れ。
「税金で橋を直してくれてありがとう!」と拙い字で書いてある。
その紙を見つめながら、王子は小さく笑った。
「……悪くない。こういう仕事なら、続けてみたいな」
⸻
◆ 伯爵令嬢シンディの登場
そして――。
「やっとそこに気づいたのですね」
不意に声をかけたのは、かつて彼の周囲でただ一人、正論を言っていた伯爵令嬢シンディだった。
「宴と恋愛ごっこばかりに夢中で、民の生活を見ていなかったあなたが……。
ようやく“王子”ではなく“ひとりの人間”として仕事に向き合えたようですね」
ジョルジュ王子はペンを置き、少し照れくさそうに頭をかいた。
「……遅すぎたかもしれないが、やり直したいと思うんだ」
シンディは柔らかく微笑む。
「遅すぎる、なんてことはありません。
人は“気づいた時”が、一番の始まりですから」
仕事帰り、ふたりで庶民の屋台へ。
香ばしい串焼きや、甘い焼き菓子を買って分け合う。
• ジョルジュ「こんな飯、昔は考えられなかった」
• シンディ「でも美味しいでしょう? 王子様スマイルより、今のあなたの顔の方が素敵です」
思わず咳き込むジョルジュ。
「王子様スマイルより素敵」と言われたことが、何より効いてしまった。
⸻
シンディの涙と告白
ある日、過労で机に突っ伏したジョルジュを見て、シンディは涙をこぼす。
「……あなたは、もう王子じゃなくてもいい。
肩書きなんかなくても、私にとっては……ずっと、好きな人だから」
彼女の震える声に、ジョルジュはやっと気づく。
彼女の冷静な言葉の裏に、どれほどの想いが隠されていたかを。
⸻
王子の不器用な返事
ジョルジュは大きな手で彼女の手を包み、真っ赤になりながら言う。
「……俺も、やり直したい。
国も、人生も……そして、シンディと一緒に、だ」
言葉は不器用で、王子らしい華やかさもない。
でも、そこには彼女だけを見ている誠実さがあった。
⸻
新しい未来へ
それからというもの、ふたりは“民の王子と参謀”として国を建て直しながら、
ゆっくりと恋人としても歩み始める。
市場では並んで買い物をし、
夜は書類に追われつつも、隣に温かい気配を感じて。
庶民たちは冗談めかしてこう言った。
「税金はちょっと高くなったけど、あのふたりの笑顔が見れるなら許す!」
――玉座を失った王子は、ようやく本当の居場所を見つけた。
隣には、最初からずっと彼を叱り、支えてきた女性と共に。
夜。
王宮の玉座の間は、ひび割れた柱と割れたステンドグラスから月光が差し込んでいた。
かつては煌びやかだった空間も、今は静かで、廃墟のように冷たい。
その中で、机に広げられたのは民の請願書と未払いの帳簿。
ジョルジュは黙々と筆を走らせていた。
背後から、そっとカーディガンをかけてくれる気配。
振り返れば、シンディがいつもの冷静な顔で微笑んでいる。
「あなたは玉座を壊した。
けれど、それで初めて“人として”座れたんです」
ジョルジュは唇をかみしめる。
彼女は“王子”ではなく“人”としての自分を見てくれている。
「……俺は、シンディ。お前がいなかったら、きっと壊れたままだった」
震える指先で彼女の手をとる。
冷たい石の床の上で、二人はただ静かに寄り添った。
それは玉座の間が初めて知る、
権力ではなく愛で結ばれた温もりだった。
◆ 夜の広場にて
祭りが終わった夜。
人々の笑い声が遠ざかり、街の広場には提灯の残り火だけがゆらめいていた。
ジョルジュは帳簿や役所の再建資料を片付けながら、ふとシンディを見た。
彼女は広場の片隅で、花冠を手にしながら夜空を見上げている。
「……俺は、全部壊した。
王子としても、王としても、男としても」
言葉は重く落ちる。
しかしシンディは振り返り、そっと笑った。
「壊れたからこそ、あなたは“人”になれたんです。
そして私は……その人に恋をしたんです」
ジョルジュの胸が締めつけられる。
思わず彼女の手を握りしめた。
⸻
◆ プロポーズ
「シンディ……」
彼は深く息を吸い込み、夜空へと吐き出した。
「俺には、もう王冠はいらない。
でも、どうしても欲しいものがある。
──お前だ。
お前と、一緒に生きたい」
膝をつき、震える手で花冠を差し出す。
「結婚してくれ。
俺の……唯一の女王に」
⸻
◆ キス
シンディは一瞬、目を見開いた。
だがすぐに、頬を染めながら微笑んだ。
「……ずるい人ですね。
こんな廃墟みたいな広場で、
一番甘い言葉をくれるなんて」
彼女は花冠を受け取り、彼の頭にそっと載せた。
「……はい。喜んで。
あなたとなら、破壊も再生も、全部一緒に」
その瞬間、ジョルジュは立ち上がり、彼女を抱き寄せた。
唇が触れ合い、提灯の灯がふっと揺れる。
夜空の星はまだ戻らない。
だが、二人の間には確かな光が灯っていた。
「森に生き直した者たちにも、
王家のもとに残った者たちにも──
どうか、祝福がありますように。
役割を変えても、人は人。
歩む道は違えど、幸せを願う気持ちは同じです。
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