第3話『焼肉モリモリと討伐記録と聖女バレ』

煙もうもうの焼肉屋。

炭火の上で、ジュージューと音を立てるカルビ。

香ばしい脂の香りが、鼻孔を刺激する。


「うっまっっ! 野菜スープオンリー生活、あれマジなんだったの!?」


ぐいっとあおるのは、ビール風の麦ジュース(※微発泡ハーブ入り)。

頬を染めるフィーネ。

元・聖女、現・脱走中。


今この瞬間、彼女は“信仰”すら焼き尽くそうとしていた。


……が、そのとき。


「──何をなさっているんですか?」


「………………げっ」


背後から現れたのは、深緑のローブを翻す長身の男。

切れ長の瞳。真顔。静かな圧。髪は茶色目も琥珀色の美丈夫さんだ。


アデル。


神殿直属の魔法使い。

討伐記録をいくつも持つ、超・実力派。

そして、聖女の祈りに心酔していた……と噂される真面目男。


「ア、アデル……さん!? こ、これはですね、そのっ」


「あの、焼いてらっしゃるのは……肉?」


「ほ、ほら。街の浄化の祈りっていうか、炭火で、禊の──」


「脂身ですね」


「……う、うん……?」


「脂は供物として不適切です。火を用いすぎると祈りが乱れ──」


(うわあああ、理屈が止まらないぃぃぃ! めんどくさッ!)


しかし次の瞬間──


「……けれど。うまそうですね」


「は?」


「私も……上カルビ、塩でお願いします」


「えぇぇぇ!?」


すっと腰を下ろすアデル。

真顔でメニューを見つめる。


「実はですね、ずっと煙が気になってたんです。香ばしい香りが、こう、こう、……こう!」


「語彙失ってる!? さっきまで脂身がどうとか言ってたじゃん!!」


「いや、ぶっちゃけ僕も神殿飯に飽きてました。黙っててください」


「同志かよ!!!」


麦ジュースで、カチンと乾杯。


──元・聖女と、神殿の切れ者魔法使い。

焼肉という名の聖域で、謎の“脱信仰革命”が今、始まる。


 


***


『聖女と魔法使い、焼肉で目覚める自由の味』

 


「……で、塔はどうするんです?」


「知らん! そもそも閉じ込めるとか意味不明だし!!」


「実は私もそう思ってました。

“聖女は座って祈ってろ”って、もう祈りマシーンじゃないですか……」


「そうそう! 人間性どこ行った!」


「……あ、ホルモンうま」


「話そらすなっ!」


「それと、変身魔法、素敵ですね」


「えっ」


「おさげ髪に焼肉の煙。そこにちょっとした背徳の香り──ギャップ萌えです」


「……ギャップ萌え?」


「好みです。すごく。あと魔法の気配で、すぐバレてました」


「うっわ……魔法使い怖っ!」


「もう一軒、いい店知ってます。行きます?」


 


***


 


翌朝。


森の小屋。

畳に似た敷物の上で、ふたりそろって二日酔いのポーズ。


「……で。どうすんのよ。

私は王家にも神殿にも戻る気、ないし」


「……僕も辞めます」


「は?」


「もういいです。聖女が塔にいる意味、考えたら、心が……焼肉に傾きました」


「焼肉関係ある!?」


「いや、正確には……“あなた”が肉を頬張ってた笑顔ですかね」


「ちょ、ちょっと、口がうまいぞコイツ」


 


──こうして。


聖女フィーネ(脱走済)と、魔法使いアデル(脱職希望)は、

祈りの塔を後にして。


森でのスローライフを始めた。


 


囲炉裏の火は、今日もぽかぽか。

新鮮なキノコと、野菜と、時々お肉。


「信仰も大事だけど、まずは“いただきます”からだよね!」


そう笑うフィーネの隣で、アデルが優しく頷いた。


──この二人が、やがて伝説の“森の聖女と伴侶”と呼ばれることになるのは、

もう少し、後の話である。

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