やってらんないので、聖女も悪役もヒロインも王太子から逃げました。あとは王家で頑張って

夢窓(ゆめまど)

第1話「聖女って、黙って祈るだけの便利機械ですか?」

玉座の間に響き渡るのは、甘ったるい、いや、

むしろ虫歯が疼きそうな声だった。


「だってぇ、フィーネさまは“聖女”でいらっしゃいますからぁ♡

祈りの塔でお祈りしていれば、それがいっちばん国のためですの~」


──誰、このヌルっとしたしゃべり方。


男爵令嬢ジニーが、王子の腕にしなだれかかって笑っていた。

その態度は、まるで自分が国の太陽か何かと勘違いしてるレベル。


そして王子、にっこり頷いてこちらを振り向く。


「フィーネ。お前は聖女だ。国の柱だ。……側妃にしてやってもいい。

塔にいてくれればそれでいい。祈りと儀式だけしていろ。

……ああ、立太子の式典の日は、参列を許してやろう」



……は?

ちょっと待って、いま何かおかしなこと言った? いや全部おかしいわ。


この王子、“聖女”を何だと思ってんの?

ありがたい肩書きの置物? それとも、宗教的インテリア?


元・日本人、現・転生聖女の私から見たら、

その「聖女」ってのは──ただの“便利な祈り要員”。

都合よく担がれて、神様に「お願いパワー」でもチャージされるとでも思ってるのか。


ラブラブお花畑全開で、自分が主人公気取りのこの男に、

一生仕えろとか、無理無理無理無理。


……とはいえ。

ここでぶちギレたら面倒な未来が見える。

婚約破棄? 国追放? 塔から投げ落とされる? 死亡ルート? あるね~。


なので、私はニッコリ微笑んで、


「……ありがたき幸せにございます」


(──嘘だけどな)


 


***


 


そして翌日、命じられるまま“祈りの塔”にやって来た私は、開口一番こう言った。


「……いや、何これ?」


だって──何も、ない。


誰もいない。

ご飯もない。

水もない。

侍女も召使いもいない。


あるのは灰色アッパッパ一枚と、冷たい石の床、

そしてぼんやり光ってる“祈りの台座”とかいう謎のオブジェ。


「ちょ、ちょっと待って! ご飯は? 夕飯は!? 風呂は!? 着替えは!?」


叫んでも、誰も返事しない。

塔は静かで、空気すらやる気ゼロ。


「──って、はァ!? まさかこれが、聖女待遇ってやつ!?」


即身仏修行かな?

日本の仏教ですら、もうちょっと優しかったよ。


ご飯炊いたらまず神棚にお供え。

お水も果物も、ちゃんと神さまに差し上げてからいただくのがマナー。

神棚の神様に「今日も生きてます、感謝です」って手を合わせて──

それが“信仰”でしょ?


「……お供えもないくせに、“一日三食抜きで黙って祈れ”って……

バチ当たりなのはそっちだろーーーがァァァ!!」


塔の裏手から、風が吹いた。

どこかで鳥がびっくりして飛び立った音がした。


ああもう、何この茶番。

聖女って、もっとこう……ローブ着て、聖獣と語り合って、

“神の声を聞く巫女”みたいな神秘ポジじゃないの!?


「ただの無料の祈りマシーンじゃん、私」


 


***


 


夜。


塔の裏の泉で、石鹸もないまま体を洗いながら私は叫んだ。


「せめてボディソープをくれえええぇぇぇ!!」


その声も、夜の森に優しく吸い込まれていった。


 


***


もし神さまが本当にいたら、

たぶんこの王国、もうちょっとで──

「バチが当たる」気がする。


 

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