第15話 過ぎた力

 あれから半年――。

 俺は、少しずつだが確実に力を積み上げていた。


 古武術の経験を活かし、刀術だけでなく体術、短剣術、投擲術、弓術、槍術、薙刀術、大剣術、盾術と――一通りの武術系スキルを取得した。そのおかげで筋力、体力、闘力、反応にスキル取得ボーナスがつき、最低ランクからは抜け出し、ようやく「戦える」と呼べるだけの数値になった。


 さらに魔法系も、火魔法・水魔法・土魔法を習得したことで、魔力の底上げが進んでいる。とはいえ神力は極端に低く、回復や支援はアイテム頼りだ。せめて自分の命を繋ぐために、俺は常に《セルフヒーリング》《セルフキュア》をスキルセットに組み込んでいた。神力関係は才能がないのか未だにスキルレベル1になっていない。


 いまではEランクのダンジョンなら、ソロでも攻略できる。けれどその先――Dランクはソロ禁止だ。仲間を見つけない限り、俺の挑戦はここで足踏みしてしまう。




 そんな思いを抱えたまま、今日は武具の更新を頼みに国綱の工房を訪れていた。


「よう来たな、巧。お前もだいぶ戦士の顔になってきたやんけ」

 国綱の工房を訪ねると、分厚い腕に煤をこびりつけた大男が、豪快に笑った。

 相変わらずこのプレハブの中では、体格に似合った豪快な男だ。何で外に出ると、あんなにオドオドするのか――半年経っても不思議で仕方ない。


「今日は装備の更新をお願いします。そろそろDランクダンジョンに挑戦するのに見合った装備にしたいんです。できれば……火力不足を補えるものを」


 そう切り出しながら、俺は外の空き地に出て、いくつかの試作品を振るった。

 大剣、斬馬刀、大槌、大斧――力任せに振り下ろす。だが、どうにもしっくりこない。

 闘魔一体を意識して素振りを繰り返すが、どの武器も身体と噛み合わない感覚が強い。


「ふむ……やっぱりなぁ」

 国綱が唸り、奥から一振りの武器を持ってきた。


 長い柄に肉厚の刃を備えた、青龍偃月刀に似た武器。

 槍のようでもあり、刀のようでもあり、薙刀のようでもある――しかしどれとも決定的に違う。


「遊びで作ったもんや。バランスが難しすぎて誰も使いこなせへん。けど……お前なら」


 俺はその武器を握り、槍術の構えをとった。――違う。

 刀術の感覚で切り払ってみる。――やはり違う。

 薙刀術で振る。――しっくりこない。


 だが、次の瞬間、ひらめいた。

 槍でもない、刀でもない、薙刀でもない。ならば――三つのスキルを同時に使えばいい。


 意識を三分割し、同時に三つの武術スキルを発動させる。

 途端に、ぎこちなさが消え、武器が手の延長のように馴染み始めた。


 槍の突き、刀の斬撃、薙刀の薙ぎ払い――すべてが混ざり、流れるように繋がっていく。

 汗が額を伝うのも忘れ、俺は何度も何度も振り回した。


 そして最後に、全力で振り下ろす。

 大地を叩く衝撃とともに、手の中で武器が身体と一体化した感覚が走った。


 その瞬間――スマホが振動した。


 『武術スキルが統合され、【武芸百般】になりました。』


 胸の奥が熱くなる。半年間、ひたすら地道に鍛え、少しずつ積み重ねてきたものが大きな成果となった。


 汗に濡れた髪をかき上げながら、思わず笑みがこぼれる。


 国綱が腕を組み、煤けた顔に満足げな笑みを浮かべていた。

「やっぱりな。お前さんのジョブは器用貧乏神だったな? 普通はどれも中途半端で終わるはずだが……その分、全部を組み合わせちまえるんだろう。いやぁ、面白ぇ」


 巧は試しに、手にした青龍偃月刀もどきを振るう。

 刀術の踏み込み、薙刀術の薙ぎ払い、そして槍術の突き――本来ならぎこちなく繋がるはずの動作が、淀みなく流れるように連続して繋がっていく。


 「……これが、武芸百般」

 胸の内で呟き、思わず武器を握る手に力がこもる。


 工房の扉がきしみを上げて開いた。

 ひょろりと背の高い青年が入ってくる。眼鏡の奥の瞳はぎらぎらと輝き、手には分厚いメモ帳が握られていた。


「初めまして、神童巧君。僕は小枝稔。国綱の知り合いだ。面白いスキルを使う子がいると聞いてやってきたんだよ。なかなか紹介してくれないから困ってたんだ」


 いきなり距離を詰めてきた小枝に、巧は思わずたじろぐ。

「は、はぁ……よろしくお願いします」


 国綱が苦笑しながら腕を組む。

「こいつは口うるさいぞ。だが、スキルの知識は豊富に持っているからお前さんの役に立つだろう。」


 その言葉に、巧は気になっていたことを口にする。

「スキルに詳しいんですよね。……僕、神力が極端に低いんです。少しでも扱えるようになるスキルって、なにかありますか?」


 小枝は待ってましたとばかりにメモ帳を開き、早口で語りだす。

「神力の扱いに有効なスキルはいくつかあるけど、僕のおすすめは【神気功】だね。魔力や体力に似た流れを神力に応用することで、自己強化や回復を補助できる。基礎スキルだから取得条件は軽いし、応用の幅も広い」


 巧は目を丸くした。

「……神気功、ですか」


 小枝はにやりと笑う。

「君なら、必ず活かせるスキルだと思うよ」


(纏と身体強化を重ねて作ったのが闘魔一体……。なら、神気功も同じように組み込めるはずだ)


 巧はスマホを操作し、新しいスキル【神気功 Lv0】をセットする。

 国綱が眉をひそめた。


「おっ、さっそく試すのか」


 巧は頷き、深く息を吸う。

 闘力と魔力を練り合わせ、身体の芯へと通す。全身に赤黒いオーラが迸り、血潮のように渦巻いた。


 ――闘魔一体。


 足裏から床が軋み、空気が張り詰める。反応速度が跳ね上がり、全身が刃物のような切れ味を帯びる。


「ふぅ……」


 次だ。巧はさらに【神気功】を発動。


 胸の奥から神力が溢れ、闘魔一体の上に重ねられる。だがそれは、まるで異物を無理やり押し込んだような違和感。

 全身を包むオーラがぎくしゃくと揺れ、バランスを失う。


「……やっぱり、このままじゃ重ね着してるだけだ」


 巧は奥歯を食いしばり、闘力・魔力・神力を一つに練り合わせることを試みる。

 途端に、全身の内側で嵐が暴れだした。


 血管が裂けるような圧力。骨が軋み、肺が焼ける。

 三つの力は互いに反発し、肉体を引き裂こうと暴れ狂う。


「ぐっ……がああああッ!!」


 必死に絡めようとするも、暴走は加速するばかり。


 次の瞬間――


 ――パンッ!


 破裂音と同時に、鋭い激痛が全身を貫いた。

 視界が白に弾け、立っていられなくなる。


「巧!? おい、しっかりしろ!」

「国綱さん、救急車だ! 早く!」


 国綱と小枝の声が遠のいていく。

 巧の意識は、闇に落ちた。

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