第19話 十月九日 月曜日
月曜日。今日から二学期の中間試験が始まる。この時期は授業がなく、いつも慌ただしい職員室が少し落ち着いている。私は二限目、二年三組の英語の試験監督になっている。それまで少し時間がある。隣のデスクでは、大山先生がパソコンに向かって仕事をしている。相談するなら今がチャンスだ。
「あの、大山先生。ちょっとご相談したいことがありまして、今、お時間大丈夫でしょうか」
「はい。なんでしょう七瀬先生」
大山先生はパソコンから目を離し、私に向き合う。
「その。大山先生の苦手な虫の話ですが、大山先生は確か、この学校の衛生管理者でしたよね」
「ええ。保健体育の免許を持っているので、その流れで衛生管理者になっています」
「実は旧校舎に、ですね。害虫が発生しているようでして」
私はそう言うと、リュックサックの中から、サンプル管を取り出す。
「ひっ。で、旧校舎のどのあたりでしょうか」
私の出したサンプル管を見た大山先生は、小さな悲鳴を押し殺し、できるだけサンプル管から目を外しながら、私に質問する。
サンプル管の中身は、先日捕獲した虫だ。
「旧校舎の、あの噂になっている踊り場です。この虫が、あの影の正体だと思われます。ユスリカが群飛、つまり蚊柱を作って、あのような形になったと考えられます。発生場所は恐らく踊り場の下の開かずの部屋です。駆除業者に入ってもらう必要があるかと」
「なるほど。状況は分かりました。飯田君のSNS騒動以降、旧校舎の変な噂は方々で聞こえてきます。七瀬先生の話が、もし、真実であればいい火消しの機会になると思うんで、一度、今野校長に話を持ち込みましょう。幸いテスト期間中ですので何か作業するとなればちょうどいいタイミングです。善は急げです」
大山先生は、私を連れて校長室まで行く。
ノックをして私達は校長室に入ると、今野校長はゆったりと椅子に座っていた。
「校長。旧校舎の件でお話があります。旧校舎にはどうやら、害虫がわいているようで、それが、あの変な影の原因となっているようなのです。学校保健衛生上の問題もあるので、一度発生源の調査と殺虫を業者にお願いしたいです。七瀬先生が、その一部を捕まえてくれています」
大山先生はそう言ってから、私の方を見て、サンプル管を校長先生に手渡すよう目線で合図する。
「こちらが旧校舎の踊り場で捕獲した虫です。おそらく、ユスリカで発生場所は踊り場の下の空間だと思います。踊り場の下は入れなくて調べられませんでした」
私は今野校長に説明した。サンプル管を校長はじっと見つめている。
サンプル管から目を離すと校長は静かに口を開く。
「そうですか。旧校舎は老朽化が激しく害虫まで大量発生しているとなると。早めに手を打つ必要がありますね。幸い、今年、衛生管理の予算が余っています。業者の手配を早急に進めるよう伝えておきます。ご報告ありがとうございました」
校長は手短ながらも快諾してくれた。
私たちが校長室を出るとき、校長はどこかに電話をかけているようだった。
廊下を歩いていると、佐々木さんがドタドタと走って校長室に入っていった。
恐らく、佐々木さんに業者の手配を頼むのだろう。
「ありがとうございます。助かりました」
私は大山先生に、そっとつぶやくように言った。
「いえ。当然のことをしただけですよ」
大山先生は、少し照れながらそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます