09年9月19日 楽しくなかった箱根旅行

だいぶ遠くなりにけりですが、楽しくない家族旅行の詳細。

親の悪口などが書かれているのでそういうの嫌いな人は見てはいかん。


まずなんで家族旅行が楽しくないのかというと、母の性格が悪いからっす。

性格悪いっつか根性曲がりっつか気がキツいっつうか、昔からどうも、人が楽しそうにしてると僻み根性を発揮して意地悪せずにいられないらしいんですな。例えばクリスマスとかね、無邪気な子どもたち(私と弟だが)がクリスマス会を企画して、ばあちゃんを呼んで隠し芸なんかも練習して楽しみにしているとですよ、そんなそわそわしてる子どもらが目障りらしくて母、こんな日だっつに弟の通信簿の成績が悪いとイジメだすわけです(私は成績良かったから弟集中砲火)。ネチネチと、マジで泣くまでイビリたおす。もうね、クリスマスだっつうのに、どんより。そうして泣く弟をなだめすかして隠し芸とか披露しても、あとで「なにやってんのバカじゃないの」とか言われるしな。いいんだよばあさんが喜べばよ。

そんなこんなでわしらの子ども時代は「いかに親に自分の好きなものを悟らせないか」ってことに気をくだいて暮らしてましたな。バレるとそりゃもうボロカスに言われるからな。私しゃ30年以上生きてるけれども、いまだ「ドラえもん」をああまで憎憎しげに貶しまくった人間にはお目にかかったことないですよ、ええ。

長じてからも、飲んで帰ってきてニコニコしてると「アル中。なにその顔ゾッとした」とか、海外旅行に行く準備してたら「あんたみたいな好き勝手に生きてる人間、飛行機が落ちて死んでも誰も悲しまない」とか、そういう偏屈人間だから私は実家に帰りたくないわけで、つまりやっぱり、

な に が 家 族 旅 行 か 。

ってなもんだったわけですけれども、まあとにかく着いてったわけです。


待ち合わせの駅に現れた家族はみなやたらと大荷物。

父は異様に張り切っており、分刻みの行動予定表と、ぶ厚いバインダーには箱根のおすすめスポットなどのコピーやら切抜きがびっちりです。どう見てもそれ全部こなせるわけがありません。

オタクでレイヤーな弟はオークションで買ったというばかでかいカメラ装備。

母は着替えをやたらたくさん用意していた。


踊り子号でまずは小田原に。父の予定では小田原には昼食込みで40分ほどしか滞在しないようですが、無茶言うな。

駅の近くで昼食をとり、小田原城に向かう途中、最近めっきりレキジョ(笑)な弟のうんちくが始まりましたが私はうつろな目で右から左、なにしろ注意して見張っていないと、母が父を愚図だのなんだのとイジメはじめるのです。

さても城までくると、弟の目の色が変わった。予想外に猿だの象がいたせいもあるが、鎧兜を200円で貸してくれるという観光地企画にレイヤーの血がうずいたようだ。さっそく着替えてくる弟。半笑いの家族。写真撮ってくれと言われて二枚ほど撮ったものの、弟、めちゃくちゃカメラ目線。しかも「適当に何枚か撮って」といいながら微妙に何パターンものポージング。けっ、この三十路レイヤーが。

恥ずかしい撮影会のあと城の見学をはじめたら、またしてもレキジョ野郎のうんちくがウゼー。「頑張ってる方だけど床がタイル貼りなのはいただけないね、白石城なんか」どーたらこーたら「まあでも会津若松城のセメントに比べたら」なんとかかんとか、やはり右から左で無心で城をのぼっていたら、母はいつの間にか小田原ちょうちんを欲しがる父をバカだなんだとイジメているし。

ちったあ仲良くしろよなもうっ!!!


そうして地上に降りてきまして、もう身も心もグッタリというのに父は予定表どおり「このあと強羅公園に」とか言い出した。いやもう勘弁してくださいっつか今から行っても夕暮れですからって諦めてもらってそのままホテルに。

ちなみに箱根湯本ホテルは駅から徒歩15分って書いてありましたが、あの坂道を15分で行けるのは箱根駅伝の出場者くらいではあるまいか。


夜は食事しながら、この家族互いの好きな食べ物も知らないんだ…と驚嘆したり、一緒に天地人を見てたらレキジョ(笑)のうんちくがやっぱり果てしなくウザかったり、父がとっとと別室で寝てしまうと、母が実母(私の祖母ですな)の悪口を延々とおっぱじめたり、心の休まる暇がねーのでああはやくおうちに帰ってレキジョ(笑)にダビングしてもらった戦国BASARAが見たいなあ……とかトリップするわたし。まあでもよく寝たわい。


次の日は朝からなんとなく疲労感が抜けず、でもホテルのパイキングで出たクロワッサンが自家製でたいへん美味かった。母はクルミパンをこっそりハンカチにくるんで持ち帰っていた。

朝もはよから登山鉄道で大涌谷に向かいます。

次の電車まで20分も待つわけじゃないのに、わざわざ滑り込みで混雑している電車に乗り、母は早々にひとつだけあいてた席に座ってあとは知らん顔。めいめいに立ったりあいてる席を見つけたりして、なんつうか……寒いな家族旅行……。

その後も、人がちゃんとついてきてるとか全く確認せずにさっさと行く母、のろのろとついていく父、フラフラいなくなって写真とってる弟、はぐれたらそのまま帰るかなとか考えてる私の楽しくないパーティの旅は続くよ、しかもロープウェイなど高所恐怖症の私には拷問でしかない、ただちょっと面白かったのは「富士山は青くて白いもの」という意識のある我らとその他どっかの家族、よく晴れ渡る風景のなかに突然あらわれた霊峰に「なにあの山!?」

……なにって(笑)


大涌谷で本当にいっぺんはぐれたので、さて帰るかと思ったら結局合流。ケーブルカーで下に降り、芦ノ湖で海賊船に乗る。天気よかったから本当に風景はきれいだ。きれいだけどなんかぼおっとする、感動が淡い。疲れ果てていたら、気の毒に思ったんだか、弟がジュースおごってくれた。

父は箱根関所資料館を見学したあと箱根町の人気のお店でランチと洒落込みたかったらしいんだが、この関所資料館がちょっくら残念なデキだったため、母がキレてとうとう団子屋で動かなくなった。私と弟で資料室を見に行くついでに父も誘ったら「俺は自由行動する」としょんぼりしていた。

結局、箱根町に行く元気など誰にもなくて、近場のラーメン屋に入ったものの、ここのラーメンがぶっちゃけマズくて、なんだこれ新手のソーメンか?という代物だったのだが、さすがに危機感を覚えたのか、弟が「こういう珍しい味のもけっこう好きだ」とか言い出した。私も「チャーシューがたくさん入ってるね」とかたくて薄味の肉片を食いつつ良かった探しに興じてみた。父は無言で半分以上意味のなくなったバインダーを弄っていた。すると母の五目ラーメンから目玉焼きが出てきた。なんかもう壊滅的だった。「箱根スタイルかな」とかフォローしてみたものの、母はすっかりご機嫌ななめで「ここの家の孫が朝残したものを入れたんだ」とか言い出した。なんだその、もしかしたら現実かもしれない物語。

それからバスで再び小田原に戻る際、せっかく父が後ろの四人がけの席に座ったのに、母も弟もてんでバラバラのところに座りやがった。

家族旅行を放棄すんじゃねえ!


とはいえ小田原からは、私は戦線離脱して新宿に戻り、家族は熱海に向かった。

別れ際、弟は「またダビングしてほしいDVDがあったら言って」と旅行とはなんの関係もないことを言った。

ロマンスカー内で小説読むつもりで持ってきたけど、爆睡。

翌日会社に土産でもってったゴマ饅頭「ご黒うさん」はおいしくて好評だった。


《2025年 追記》

…厭な記憶の蓋を開けてしまった。

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