5
入寮5日目。ぼちぼち生徒が増えてきたなと感じる。時間ばかりがあるので、私は既に暇を持て余していた。
今の楽しみは食事くらいしかない。
「今日のランチは何かな〜♪」
食堂に向かって歩いていると、廊下の真ん中に毛玉のような生き物を見つけた。モフモフ。……うん、あまりにも不自然。
「うーん」
頬を掻きながら、慎重に近付いていく。
怖いけど、引き返すとご飯が食べられないので背に腹は変えられないと言いますか……。
迷い込んだ猫が体を丸めている訳ではなさそう。耳も尻尾ようなものもない。
でも、もぞもぞと動いていて、こちらの気配を察したのかピタリと止まった。
「……」
跨ぐのは怖いので、廊下の端を通り抜けたい。充分なスペースはあるけど、これ以上接近するのは危険じゃないだろうか?
襲いかかってこないか心配だ。
上着のポケットの中を探る。部屋から出る時には持ち歩くように、と白遠から渡されたものがある。
チリンッ
なんの変哲もない小さな鈴だ。赤いリボンを括り付けてあることしか特徴がない。困った時はこれを相手に見せて鳴らせと言われている。
チリリンッ
どこに目があるかも不明だけど、聞こえるように振ってみる。ほーら、ほーら。
すると、小刻みに体が震えだした。
「ん?……んん!?」
気のせいだろうか。
段々と体が大きく風船のように膨れていく。
ぐんぐんと大きくなり、進路を防ぐほど成長してしまう。
えっ!これに襲われたら潰されて死ぬ……!
「ちょっと、ハクぅぅぅ!?」
鳴らしたことを後悔する。
刺激を与えただけではないか?
後退りしていると、グルンっと体の向きを変えた。やはりどこに目があるのかは分からないけど、ロックオンされている。
私に怖い思いをさせないんじゃなかったの!?
「ハクーッ!!バカ!バカ!」
チリンチリンチリンッと煩いくらい鳴らしていると「ピェェェェェェッ」というバカでかい奇声で毛玉が叫んだ。
今度は何? 何が起きてるの!?
「……へ?」
じっと身構えていたら、毛玉は猛スピードで走り去った。ドドドドドッと地響きがするくらいの迫力で……。
「危機は去った……?」
辺りは静まり返っている。戻って来る気配もない。
チャリン……
ホッとしたら指から鈴が滑り落ちた。
ちゃんと効果があったということなんだろうか? 何とも判断に困る。
床に転がった鈴を拾うために手を伸ばそうとするが、それは横から飛び出してきた節くれ立った手に奪われた。
「……え? 誰?」
そこに居たのは見知らぬ男子生徒で、制服には
風紀の刺繍が入った腕章がつけられていた。
金髪に負けないほど目鼻立ちははっきりとしており、一度見たら印象に残るタイプだ。
そんなキラキラした男前は鈴を頭上より高くまで持ち上げ、隅々まで凝視している。
「これは君のもの?」
「……」
訝しげな様子に警戒してしまう。でも、ハクに貰ったものだから没収される訳にもいかないので「はい」と頷いた。
「ふーん? どこで手に入れた?」
「貰ったものですけど……」
「誰に?」
やけに質問してくるな。
「家族です」
「家族、ね。これ持っとくべきではないよ」
「えっ」
「
匂い? そんなの全然分からない。
そんな動物の嗅覚みたいなことを言われても。
「弱っちぃ奴なら逃げ出すだろうけど、逆に強い奴には刺激を与えることになる」
おいおい、ハクさん。
何てもの持たせてくれてるの!
「君って視えるけど、何も出来ない一般人でしょ?」
「……あなたは何者なんですか?」
訳知り顔って感じだけどさ。
身形は派手なのに、ほぼ表情に変化のないポーカーフェイスのせいか刺々しい雰囲気がある。
はっきり言っちゃえば、いけ好かない。
「風紀委員会・副委員長の
「はらいや?」
「祟や妖の問題を解決するのを生業にしている。まだ見習いだが」
なるほど。テレビでは見たことがあるけど、実際にお目にかかるのは初めてだ。
同年代でそんなことをしてる人がいるんだね。
「これは預からせて貰う」
「えっ、嫌です」
持ち去られたら困る。
私の反応は予想外だったのか「なぜ」という呟きが聞こえた。
「家族に貰った大切なものなのに、初対面の人間に預けられません。ちゃんと返してくれるかも分からないし」
なーんとなくだけど、白遠のことを知られると面倒なことになりそう。手掛かりになるものは渡すべきではないだろう。
「……というわけで、返してください」
右手を差し出す。しかし、すんなり返す気はないらしい。
「君がどうなっても知ったこっちゃないけど、これは周りにも影響を与えかねない。祓い屋として懸念材料を放置するわけにはいかないんだよ」
「……そんなに厄介なもの?」
「この禍々しさが伝わらないのが悔やまれる」
そう言われても……。
禍々しいねぇ……? 出どころがハクだと分かっているのでピンとこない。
「……」
「……」
お互いに意見を譲らないのでどうしようもない。さっさと返して欲しいんだけど……。
「君、名前は? こちらは聞かれて名乗ったんだから、君も名乗るべきだよ」
嫌だけどその通りである。しぶしぶ口を開く。
「舘端です」
「タチバナ……? どんな字?」
口頭で説明をする。橘でも立花でもないので、珍しい漢字だと思う。
「生徒会の舘端と関係ある?」
「まあ……、誉は従兄弟だし」
「そうか、彼の親戚なのか」
極力関わるなと
「舘端誉とは顔を合わせる機会も多い。彼が監視役になるなら返しても良い」
「いいの!?」
明らかに嫌がりそうな面倒事だが、返して貰えるのなら誉を利用しない手はない。
「時々様子は見させてもらう。少しでも
問題があれば君の言い分は無視して預かる。これでどうだ?」
「OK、それでいきましょう!」
無事に戻ってきた鈴をぎゅっと握りしめ、ホッと息を吐く。その様子に祓い屋を名乗る少年は引いていた。
「……本当に何も感じないのが信じられないよ」
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