あのね、好き

観覧車のゴンドラに乗り込んだ私たちは、向かい合って座った。


窓の外に目を向けると、ゆっくりと地面が遠ざかっていく。遊園地の賑やかな音が次第に小さくなり、代わりにゴンドラの中は静寂に包まれる。


聞こえるのは、ゴンドラのわずかな揺れと、自分の心臓の音。


ドクン、ドクン。


――言わなきゃ。


何度もそう思うのに、口を開こうとすると、のどがぎゅっと締めつけられるような気がして、声が出せなくなる。


智希は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。夕暮れのオレンジ色の光が横顔を照らし、普段よりも大人びて見える。


どうしよう。今なら、言える気がするのに。


拳をぎゅっと握りしめる。私は、今日この遊園地デートで、絶対に気持ちを伝えようと決めていた。


観覧車が、一番上に近づいていく。


時間がない。


私は、震える声で智希に話しかけた。


「お兄ちゃん、あのね……!」


勇気を振り絞って声を出した。その瞬間、智希の視線が私に向けられる。驚いたような、けれど優しい瞳。私は息を吸い込む。


「私……ずっと前から……お兄ちゃんのこと、好きなの……」


言った。伝えた。


「兄妹だからとかじゃなくて、一人の男の人として……好き」


言葉を発した瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


智希の表情が、一瞬、驚いたように固まる。


私は視線を落としたまま、続けた。


「ずっと前から好きだった。でも、言っちゃいけないって思ってた。でも……もう、隠せない」


自分でも、声が震えているのがわかる。


智希は何も言わない。私はそっと顔を上げた。


智希は、私のことをじっと見つめていた。


「……そっか」


その一言が、静かにゴンドラの中に響く。


私はこわかった。智希が、困った顔をしたらどうしよう。引かれたらどうしよう。でも、智希の表情は、思ったよりも優しくて、真剣だった。


そして、智希は席を立ち、私の隣に座った。


「……有紗の気持ち、ちゃんと受け取った」


智希は、そっと私の手を取った。


「俺も、有紗のことが大好きだよ。誰よりも、大切な存在」


胸がいっぱいになった。


でも、次の言葉を聞いて、私は息をのむ。


「でも……俺には、その『好き』が、異性としての好きなのか、よくわからないんだ」


智希の瞳は真剣だった。


「ずっと一緒にいたから。兄妹として、一緒に過ごしてきたから……」


「……そっか」


私は小さくつぶやいた。


わかってた。そんな簡単に、気持ちが通じ合うわけないって。


「ごめんな」


智希が、優しく私の頭を撫でた。私はそのぬくもりを感じながら、ぽろぽろと涙をこぼした。


「ううん……言えてよかった。お兄ちゃんが、ちゃんと聞いてくれて、よかった」


観覧車のゴンドラが、ゆっくりと降下していく。


私は、涙を拭いながら、智希の手を握りしめた。


「私は、これからもお兄ちゃんが好き。たとえ、今は兄妹としての好きしか返ってこなくても……私は、お兄ちゃんが好き」


智希は少し驚いたような顔をしたあと、優しく微笑んだ。


「……ありがとう、有紗」


観覧車の扉が開く。私たちは、ゆっくりと外に出た。


遊園地は、すでに夜の光に包まれていた。




帰り道、私たちは無言で歩いていた。


でも――


智希の手が、そっと私の手を握った。


私は驚いて顔を上げる。


智希は、前を向いたまま、何も言わなかった。


でも、その手のぬくもりが、すべてを語っていた。


私は、ぎゅっと握り返した。


この気持ちは、ずっと変わらない。


たとえ、今は届かなくても――私は、お兄ちゃんが好き。

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