第12話 魔獣使いの追跡は休日の人混みが最大の障害

 ​​ゴルゴンの後ろ姿が、上野公園の雑踏に消えかかろうとしていた。


 その瞬間、芽の鋭い声が飛んだ。


​「ゴズ、突っ立ってないで追うわよ! ここで見失ったら、あんたを軍法会議にかけるから!」


「……心得ている」


 ​軍法会議という言葉に、剛の体が無意識に反応する。彼は一瞬で追跡者トラッカーの顔つきになると、人波の中を滑るように進み始めた。その巨体からは想像もつかないほど、彼の動きには無駄がない。人にぶつからず、流れを読み、最短距離でゴルゴンとの間合いを詰めていく。


 ​一方、その後ろを追いかける芽は、既に半泣き状態だった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 人混みでHPがゴリゴリ削られてるんだけど! 私のSAN値……ピンチ……!」


「遅れるな、参謀! 貴様の貧弱な体力では、この程度で行軍不能か!」


「うるさい! 私は頭脳労働担当なの! 物理は専門外よ!」


 ​二人の、魔王軍時代を彷彿とさせるやり取りは、もちろん誰の耳にも届かない。


 追跡は上野公園を抜け、アメ横の喧騒をかすめ、一本脇に入った路地へと続いた。ゴルゴンは、古びたビルの二階へと続く、狭い階段を上がっていく。


 ​『フクロウの森』


 ​階段の入り口に、手作りの温かみがある看板がかけられていた。フクロウカフェ、というものらしい。


 剛と芽は顔を見合わせると、意を決してその階段を上がった。


 ​店内は、外の喧騒が嘘のように静かだった。薄暗い照明の中、大小様々なフクロウたちが、止まり木でじっとこちらを見ている。その金色の瞳は、まるで全てを見透かしているかのようだ。


 そして、店の奥。エプロンをつけたゴルゴンが、一羽のフクロウの頭を優しく撫でていた。その表情は、剛たちが知る、戦場の魔獣使いのそれとは全く違っていた。穏やかで、慈愛に満ちていた。


 ​二人は客として席につき、メニューを渡された。やがて、ゴルゴンが静かに彼らのテーブルへとやってくる。フクロウとの触れ合い方の注意点を説明するためだ。彼はまだ、目の前の二人が誰なのか、気づいていないようだった。


​「……お客様。フクロウは、大変繊細な生き物です。優しく、背中の方から撫でてあげてください」


 ​その静かな声に、芽が微笑みながら応じた。


「フクロウたち、あなたにとても懐いているみたいね、ゴルゴン。魔王軍のヘルハウンドより、ずっと素直でしょ?」


 ​ゴルゴン、という名。


 その一言で、男の時間が止まった。彼はゆっくりと顔を上げ、サングラス越しの芽の瞳と、その隣に座る剛の顔を、穴が開くほど見つめた。驚きでも、喜びでもない。ただ、遠い過去の幻影が、今、目の前に現れたことを確認するかのような、静かな眼差しだった。


​「…………ゴズラ様。メゼリア様」


 ​か細く、しかしはっきりとした声で、彼は言った。


「……ご無事で」


 ​再会の言葉は、それだけだった。


 芽が事情をかいつまんで説明すると、ゴルゴンはただ、黙って頷いていた。アストロのように愚痴をまき散らすことも、ザルタンのように不気味に笑うこともしない。


​「あなたも、何か不満とかないわけ? こんな狭い場所で、鳥の世話ばっかりして」


 芽が尋ねると、ゴルゴンは愛おしそうに近くのフクロウを一瞥し、ぽつりと呟いた。


​「……この鳥たちは、空を知りません。飢えることも、敵に襲われることもない。穏やかですが……自由ではない。ここは、平和な悲劇の森です」


 ​その言葉は、誰への文句でもない、深く、静かな悲しみに満ちていた。それは、剛の心に、奇妙な共感を呼び起こした。


 ​結局、芽は彼に「同窓会」の話をし、連絡先を交換した。ゴルゴンは最後まで口数少なく、ただ静かに頷くだけだった。


 ​店を出ると、上野の空はすっかり夕暮れの色に染まっていた。


「ふぅん。ゴルゴンは相変わらずね。でも、面白そうな愚痴が聞けそうじゃない」


 芽が満足げに言う。剛は、先ほどのゴルゴンの言葉を反芻していた。平和な悲劇、か。


​「……ワイバーンを率いた歴戦の戦士が、鳥の世話をしながらコーヒーを淹れるか。奇妙な降格もあったものだ」


「あら、そう? 少なくとも、あんたよりは幸せそうな顔してたけど?」


 ​芽はそう言うと、スマホを取り出し、先ほど撮ったフクロウの写真を眺め始めた。


「うん。このフクロウ、つぶらな瞳が可愛いわね。私の次のSNSアイコン、これにしよっと」


 ​元師団長と元参謀は、三人目の仲間を見つけ、それぞれの感想を胸に、帰路につく。


 ブラック魔王軍同窓会は、静かに、しかし着実に、そのメンバーを増やし始めていた。

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