第五話「七人目の勇者」その2
その夜、甲斐は鶴岡八幡宮の社殿横の自分のテントで、夕食も食べずにふて寝をしているところである。携帯端末の小さなモニターに表示されているのは梨乃の動画配信チャンネル――百舌のグループが徹夜で作り上げ、つい先ほど配信が始まったところだった。
梨乃が白鳥英二イコール英野鵠の娘であること、「甲」部隊に配属されたことが公表されたのは数時間前の夕方で、チャンネルには閲覧者が殺到している。登録者を表示するカウンターもおそろしいほどの勢いで回っていて、甲斐に並ぶのもそれほどの時間はかからないものと思われた。
『この「鵠」とは古い日本語で白鳥を意味する』
驚いたことにその動画は英野鵠の正体を甲斐に説明するところから始まっていて、
「マジかよ」
甲斐はまず唖然とし、数瞬後には苦虫を噛み潰したような顔となってしまった
「本当に油断も隙もない、一体いつの間に撮ったんだ」
ドローンで撮影した動画も使われているが角度から推測してそれがメインではない。おそらく鷹杜、燕、マユールがボディカメラの電源を入れていたのだろう。
『俺が戦えばいいんだろう! こいつまで巻き込むな!』
『見ていて。わたしがちゃんと戦えるって証明するから』
さらには激高した甲斐が鷹杜に掴みかかって制圧されるところ、その甲斐に梨乃が決意を示すところまで。甲斐は「うぎぎぎぎ」と歯を軋ませて唸っている。一連のやり取り全てが配信されているわけではなくかなり端折られているが非常に自然で、知らないで見れば編集されていることに気付かないだろう。甲斐が怒っているのも「梨乃を自爆特攻要員のスペアとしたため」という理由は隠され、単純に「妹を戦いに巻き込んだため」となってしまっている。
そして場面は切り替わり、ジープに乗って戦場ヘと移動する梨乃。ジープにはカナリアや翡翠も同乗していて、
『梨乃ちゃんそれ、可愛らしいわね』
梨乃はいつの間にか真紅のケープを羽織っていて、翡翠の言葉に「はい」とにっこり笑った。
『お兄と
そう、と翡翠が微笑ましく笑い、甲斐は感動で涙がこぼれそうになった。
『さすがにマントは嫌だものね』
『あれはちょっとないです』
その涙はすぐに引っ込んだけれど。
そんなにダメなんだろうか、という甲斐の深刻な疑問をよそに、梨乃達のジープが横浜横須賀道路に到着。朝比奈インターチェンジの高架は爆撃か砲撃によって崩されて瓦礫の山となっていてそこから道路に入ることはできなかった。よってドローンの誘導に従って迂回路へと移動、土手の斜面を登って柵が壊れた場所から高速道路へと入り、
『そっちの山の中にギガントワームが隠れています。他のモンスターも』
梨乃が敵の奇襲を警告した。
『敵の本隊は?』
『この先一キロくらいのところにいます』
『挟み撃ちにされると面倒だ。先に片付ける』
鷹杜は袈裟の懐から護符を取り出し、
『オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャク・ウン・バン・コク!』
印を結んで愛染明王の真言を唱え、それを上空へと投げた。宙を舞った護符は光り輝き、光は矢の形となって何十本にも分裂し、その矢が山の斜面に撃ち込まれて、
『GYAGYAGYA!』
何十にも重なるモンスターの悲鳴が轟き、その数倍のモンスターが藪の中から湧き出した。だがそれらは骸骨騎士やデュハラン等、さして強くない敵ばかりだ。鷹杜はその掃討を「乙」部隊に任せて先へと進んだ。
横浜横須賀道路上を数百メートル進み、梨乃達「甲」部隊は敵本隊と遭遇する。敵前衛は例によってゾンビ兵や骸骨兵。その奥には骸骨竜やドラゴンゾンビがいて、また、
『ロックゴーレムとアイアンゴーレムがいる』
『珍しい敵ね』
何十というロックゴーレム、さらにはアイアンゴーレムが隊列を作って進撃していた。ゴーレムは人型のモンスターだがその身長が三メートルにも四メートルにもなる巨人である。全身が岩でできているロックゴーレムはレベル六、鉄製のアイアンゴーレムはレベル七に相当した。
『ゴーレムは動きは鈍いが怪力と、何よりも極端に高い防御力を有している』
『ゲームじゃレベル詐欺って言われていたわね。すごく面倒な敵だった』
『その点は現実も変わらない。無闇に頑丈で厄介なモンスターだ』
鷹杜はそう警告した上で「だが」と逆接。愛染明王の光の矢を放ち、複数のロックゴーレムをまとめて撃破した。
『「甲」部隊の敵ではない』
そして勇者作戦群と冥王軍が激突し――戦況は鷹杜の言葉通りとなった。
『薙ぎ払えー!』
カナリアはそう言いながら自分の聖歌で何千というレイスやゾンビ兵を溶かして敵本隊を剥き出しにし、そこに「乙」部隊・「丙」部隊が突撃する。彼等の攻撃力ではロックゴーレムは簡単には倒せなかったが、
『潰れるまで撃ち続ければいいだけだ!』
火力の不足は手数で補い、次々とそれを屠っていった。甲斐は、
「手応えのありそうな敵だったのに」
と置いていかれたことを今さらながら悔しがっている。
またアイアンゴーレムの鈍重な動きは避けるのも容易で、人間側に被害はなし。ただその馬鹿みたいに頑丈な身体には「乙」のハンターや「丙」の兵士では攻撃をろくに通すことができず、敵のダメージもまた軽微だった。だが「甲」であれば話は別だ。
「臨兵闘者皆陣列在前!」
燕が九文字の呪文を唱えながら空中を指で格子状に切り、その上でアイアンゴーレムへと斬りかかった。鉄の巨人が腕を振り回すが「甲」部隊の中でも最速の燕からすればそれは止まっているのと何も変わらない。その忍者刀がアイアンゴーレムの胴体を真っ二つにし、それは上下に二つとなって倒れ伏す。燕は九字を切りながら次の獲物へと突進した。
それは九字護身法と呼ばれている、密教や道教の影響を受けて修験道の中で成立した、日本独自の呪法である。修験者や陰陽師がよく使い、武士や忍者も精神統一や戦勝祈願に使うようになり、やがては民間でも魔除けに広く使われていたという。
「乙」のハンターや「丙」の兵士では手に余る強敵を燕が倒して回り、また鷹杜も援護射撃をし、呪法の狙撃によって敵の数を減らしていく。今の梨乃はそれをただ見ているだけ――刮目した彼女が突然後方へと身体ごと視線を向けた。
『後ろから敵! 鉄砲を持っています!』
『燕君!』
鷹杜の命を受けて燕が後背の敵へと突撃するが、間に合わない。藪の中から出てきた何人かの傀儡がその機関銃を梨乃達へと向け、
『忍法畳返し!』
燕が忍者刀をアスファルトの路面に突き刺し、地面を掘り返してひっくり返した。高さ二メートル、幅は十メートルにもなりそうな四角いコンクリートの塊、床版の一部がめくれ上がり、機関銃の銃弾をはね返す。
「ええぇぇ……」
と甲斐は唖然とするしかない。
「俺に同じことができるのか……? いや、できないわけじゃない、はず。多分」
燕がコンクリートの塊を踏み台にして跳躍し、敵の背後に回り、冥王軍の機関銃部隊を全員斬り伏せる。数えるほどの時間もかけずに敵を一掃し、梨乃達のところに戻ってきて、
『もう敵はいない?』
『は、はい。大丈夫なはずです』
答える梨乃の顔色は非常に悪く、今にも倒れそうだ。
『大丈夫?』
『すごく頭が痛くて……でもまだいけます』
顔をしかめながらも少女はそう言うが、甲斐の目からすればそれは強がり以外の何物でもなかった。気を揉む甲斐だが、
『敵の主力は潰した、あとは掃討するだけだ。君は休んで、もし敵が動いたら知らせてくれ』
『ありがとうございます』
そう応えた梨乃はぶっ倒れるようにしてカナリアに寄りかかり、彼女は優しくその小さな身体を抱きとめた。
『おつかれさま、ゆっくり休んでね』
『はい……』
幸い敵はそれ以上動くことなく、この日の戦闘はこれで終了。動画も、カナリアに身体を預けて居眠りをする梨乃の姿でエンディングとなった。動画にはないがこの後鶴岡八幡宮に戻ってきた梨乃は出迎えの、心配する甲斐に、
「守ってもらっていただけで何もしなかった、全然大丈夫だった」
と言っていたわけだが、気疲れしたと言って早々に就寝していて、
「やっぱり無理していたじゃないか」
甲斐は苦々しい顔となっている。
動画のコメント欄を見ると読み切れない数のコメントが一秒単位で付いていき、甲斐はスクロールしてそれをざっと眺めた。基本的には「幼いのに頑張っている」という好意的なものが大部分を占めるが、それは否定的なコメントをAIによって弾いた結果だった。本当は何を言われているか判ったものではない……実際、ブロックしきれなかった雑言がちらほらと見受けられる。
『何もしてないじゃん、ただ味方に守られていただけで』
『警告するだけならドローンでもできるだろ。楽な仕事だな』
『血筋に恵まれて偶然手にした力を振るうだけなら誰でもできるでしょう。わたしが彼女の立場なら今すぐにでも東京奪還に向かっています』
『早く四天王を倒しに行けよ』
甲斐は携帯端末をへし折りそうになり、かろうじて我慢した。画面の向こうで、安全な場所にいて何もせずに好き勝手を言っているだけの連中を燃やしてやりたいという衝動は、堪えることが困難だったが。もしこの連中が目の前にいたら絶対に燃やしているに違いない……
「があーっ!」
甲斐が上体を起こして雄叫びを上げ、さほど間を空かずに端末が着信音を発した。見ると、
『何騒いでいるのよ。梨乃ちゃんが起きるでしょう』
翡翠からのメッセージが入っている。なお梨乃は翡翠やカナリアのキャンピングカーで、つまりは今の甲斐のすぐ横で就寝中だった。
『話がある。出てきてくれ』
甲斐が返信し、ほとんど待つことなく翡翠がキャンピングカーから出てきた。甲斐もまたテントの外に出、空を見上げて舌打ちした。星空の中を飛び交うグリーンのランプが一〇ほど数えられるが、実際にはもっと多いものと思われた。
「こんな時間でもドローンがいやがる」
「こんな時間だから警戒が必要なんでしょう」
「敵の警戒だけしてくれるなら文句は言わねーよ」
頭上のドローン全部でなくてもその多くが甲斐達の動きを監視するために稼働していて、今この瞬間も撮影を続けているに違いなかった。動画配信のネタにするために。
甲斐は人目のつかない場所に移動しようとし、好きこのんで四六時中撮影されているわけではない翡翠もそれに同意。そうして二人が何本もの鳥居をくぐり、石の階段を登ってやってきたのは社殿横の丸山稲荷社だった。今、二人の目の前には小さな社が建っている。木立が社のすぐそばまで広がっており、ドローンで撮影できるのは真上からに限られていた。
「それで、話って?」
甲斐は紅蓮剣の鞘を握り、無言でその柄を翡翠へと突き出す。戸惑いながら翡翠が剣を受け取り、
「さあ、俺を燃やせ」
「ごめん、意味が判らない」
「その剣で俺を燃やせと言っている」
「訊いているのは手段じゃなくて理由です」
翡翠は困惑しきった顔で、甲斐は舌打ちを我慢しているような様子である。
「以前お前のことを何も知らずに好き勝手言っただろう。これだけ血筋に恵まれていて、それでも戦えないのかって」
「ええ」
「俺が間違っていた。親が偉い人だとか預言者だとかで、なんで戦いたくない奴が戦わなきゃいけない。子供が親を選んだわけじゃないだろ……!」
ああ、と翡翠が納得の声を出した。
「そうか、あなたも梨乃ちゃんもわたしと同じに……そういう血筋だからって、それだけの理由で自分が望んだわけでもない戦う力を押し付けられて」
「俺は、別にいいんだ」
甲斐はため息をつくようにそう言う。
「『聖剣の勇者』になれたのが顔も忘れた父親の七光りだっていうんなら感謝してやってもいい。モンスターと血みどろの戦いをすることになっても、最後に自爆特攻することになっても、冥王を道連れにできるなら笑って死んでやる。でも、梨乃まで巻き込むなよ……!」
血を吐くような、泣いているかのようなその言葉に翡翠は何も言えないでいる。
「あいつは俺とは違う。外面はしっかり者で通っているけど本当は甘えん坊で、怖がりで、泣き虫で、モンスターと戦うなんて嫌で嫌で仕方ないのに」
うつむいた甲斐が掌で顔を覆う。翡翠には彼が涙を流さずに泣いているようにしか見えなかった。
「梨乃ちゃんが羨ましいかな」
思いがけないことを言われた甲斐が顔を上げ、目を瞬かせた。
「わたしにはそんな風に言ってくれる家族がいなかったから」
「えーと、一人っ子だっけか。親御さんは」
「頑張りなさい、お役目をしっかり果たしなさい、って」
翡翠が笑って肩をすくめ、
「そうか。端的に言ってクソだな」
甲斐の所感を肯定も否定もしなかった。
「わたしは親と話をしたところでもう意味がないけど、あなた達は違う。もっとしっかりと話をした方がいいと思う。せっかくこんなに近くにいて、話す機会はいくらでもあるんだから」
「でもあいつ無茶苦茶頑固だからな。こうと決めたら絶対に、梃子でも動かない」
甲斐のそのため息に、
「それ、お兄のことじゃない」
差し込まれる少女の声。見ると、鳥居をくぐり、梨乃が二人の前へとやってくるところだった。
「梨乃……」
彼女が二人のすぐそばで立ち止まり、三人が等距離の三角形を描いた。
「お兄の言う通り、わたしは泣き虫で弱虫で、モンスターと戦うのはすごく怖い。でもこの力があって良かったと思うし、この力をもっと使いこなしたい。そうすればわたしは役立たずじゃなくなる。お兄だけを戦わずにすむから」
「役立たずだなんて、どうしてそんな風に!」
「役立たずだったじゃない、前のわたしは。何もできなくて、お兄の足手まといで、わたしを養うために余計なお金が必要で、そのせいでまともな装備を用意できなくて、ランクが全然上がらなくて。お兄はいつも怪我をして、いつも血まみれで、いつも無理していて、いつも――わたしにも力が欲しいって、ずっと思っていたよ?」
「違う、違うんだ」
甲斐は壊れたレコーダーのように「違う」をくり返すだけで、何がどう違うのかを説明できないでいる。梨乃から話をしようとする姿勢が薄れていくように感じられ、それがますます甲斐を焦らせた。
「梨乃ちゃん、わたしも梨乃ちゃんが思い違いをしているように思う」
そこに翡翠が助け舟を出し、二人の視線が集中した。
「思い違い?」
「梨乃ちゃん、この人がモンスターと嫌々戦っているって思っていない? そんなことないから。この人、モンスターと戦うとき本当生き生きしているから」
「おい」
甲斐の突っ込みを翡翠は無視し、
「梨乃ちゃんを養うって理由がなくても、戦う必要が何一つなくても、この人絶対に『丁』部隊に入隊してモンスターと戦っているから」
「おい」
「じゃああなた、梨乃ちゃんが安全で自分が戦う必要が全くないなら後方で大人しくしているって、できるの?」
真っ直ぐに問われた甲斐はつい目を逸らし、
「……『丁』部隊はいつもずっと人手不足だし、冥王軍はむかつくから」
「ほらね? この人はこういう人なの」
「うん、お兄はこういう人だった」
と深々とため息をつく梨乃。甲斐の「おい」という突っ込みは空しく空気に溶けて消えていった。
ともかく、と甲斐は誤解のないよう説明する。
「俺は別に戦闘狂ってわけじゃない。冥王軍にでかい顔をされると腹が立つし、あいつ等がいる限りは安心して暮らせないからとっととぶっ殺してやりたいだけで」
「うん、判ってる。お兄はそういう人だって」
うんうんと訳知り顔で頷く妹に真意がどこまで伝わったのか首を傾げざるを得なかったが、今はこれで妥協しておくこととした。少なくとも、甲斐にとってモンスターと戦うことが梨乃の思うほどの負担ではないと、理解してもらえたのだから。
「それじゃ、次は白鳥君が梨乃ちゃんのことを理解する番ね」
「俺の番?」
「そう。足手まといになりたくない、役に立ちたいっていう気持ちを」
そんなことはないと、反射的に口にしようとして寸前で留まる甲斐。梨乃は無言のままじっと甲斐を見つめ……見つめられた甲斐はやがて、諦めのため息をついた。
「……戦闘のときは櫛名田にくっ付いて、絶対に離れるなよ。こいつの近くが一番安全だから」
「わたしもそうするのがいいと思う」
「うん! それじゃ改めて、よろしくお願いします!」
梨乃が深々と頭を下げ、翡翠が「こちらこそ」と笑う。甲斐も苦笑し、兄妹喧嘩……というほどでもないが、二人の行き違いはこれで一件落着となった。
「ところで翡翠さん」
「何?」
「お兄のこと、下の名前で呼ばないの?」
え゛、と固まる翡翠に梨乃は無邪気を装い、
「わたしも白鳥だし、判りにくいじゃない」
「でも梨乃ちゃんのことは梨乃ちゃんて」
「かしこまった呼び方していたらとっさのときに声が出ないことがあるって、だからハンターのパーティメンバーはみんなニックネームか下の名前で呼び合っているって聞いたことあるよ?」
それは「トリニティ・ファンタジア」の作中で語られている設定で、それに準じて現実のハンターのパーティもニックネームか下の名前で呼び合うことが望ましいとされていた。が、全てのパーティがそうしているわけではなく、名字の呼び捨てで呼び合うこともごく普通であり一般的だった。
が、翡翠も甲斐もそんなハンターの一般事情に通じているわけがなく、また実際「甲」部隊の中では「白鳥君」「櫛名田」などと呼び合っているのはこの二人だけで、
「それじゃお兄の方から行ってみようか」
あっさりと梨乃にだまされた甲斐は「あー、まー、それじゃ」とためらいを振り捨て、
「――翡翠」
「なななななななな何!?」
これ以上ないくらいに動揺する翡翠に甲斐は冷静となってしまい、また困った顔となった。
「それじゃ次は翡翠さん」
梨乃に促されるが赤面する翡翠は「え、いや、でも」と散々もじもじし、
「あんまり時間をかけると余計に恥ずかしくなるだけだからさっさと終わらせた方がいいと思うぞ」
甲斐の生温かいアドバイスに翡翠も「そ、そうね」と一大決心をし、
「かかかかかかかか甲斐君!?」
「地蔵菩薩の真言か」
ついマニアックな突っ込みを入れる甲斐。
「今日もいい天気ですね!」
「英会話の練習か」
「どちらにお出かけですか!」
「どこにもいかねーよ。こんな時間に」
「ご趣味は何ですか!」
「モンスターをしばき倒すこと……いい加減正気に戻れ」
甲斐がその頭頂にチョップを入れ、翡翠もようやく自分を取り戻したようだった。ちょっと痛そうな顔で恨めしげに見つめられるが甲斐はそれを無視する。
「さて、思ったより話が長くなった。戻ろうぜ」
「そ、そうね。カナリアさんも心配しているかも――」
社殿の方へと身体を向けた翡翠と甲斐はそこでようやく気が付いた。石段の下にドローンをカメラのように担いだカナリアがいて、とびっきりの笑顔をしていることに。
「か、カナリアさん……! 一体いつから、もしかしてずっと」
翡翠の詰問に彼女は「あはー」と涎をたらしそうになっていて、それが何よりの答えだった。
「記憶を消せー! その動画も!」
「嫌よ! あと動画はとっくにサーバにアップロードされてて」
「いやあーっ!!」
翡翠が泣きながらカナリアを追いかけ、カナリアはいい笑顔で逃げ出している。残された甲斐は呆然としていたが、
「戻るか」
「うん」
やがて梨乃と連れ立って社殿へと歩いていった。
「カナリアさん、追いかけなくていいの?」
「あの人に何を言っても無駄だろ。百舌のおっさんの方に釘を刺しておくとして」
甲斐は携帯端末で百舌にメッセージを送信した――「配信したら燃やす」と。ただ彼がこの程度の脅迫で思いとどまる人間かどうかは、保証の限りではないのだが……。
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