第5話 犯罪奴隷、振り回される

 ため池を水で満たす。

 なにもないから水をうみだす魔法。

 ただ、動かせるわけではないらしく、水を出してはその場に流すだけ。

 それが聖女アンシアの使える『魔法』


「せめて撒ければパパの役にたつのにぃ!」


 地面を蹴って吠える聖女に父親が笑っている。


「お水を出してくれるだけでとても助かっているよ」


 撫でられて不貞腐れつつも嬉しそうに照れ笑うお嬢。

 魔法に憧れる子供らしく『水球』や『水の刃』もしくは『癒しの水』を試そうとしては不発に終わっているのを知っている。水は出せるのに『魔法』は使えないとひっそり落ち込んでいることを知ってしまった。

 ふと聖女の父の視線を感じた。


「アンシア。彼らの装いもあなたが用意しなくてはいけないよ。コドハンにむかうなら足下も服ももう少しなんとかしてあげないと」


「わたしが?」


 思いつきもしていなかったのだろう不思議そうに俺を見あげる少女にその父親が「そうだよ。彼らはあなたの持ち物なのだからふさわしく整えなくてはならないよ」とやんわりさとす。


「そうね! 石を踏んでは足が痛いわ。今は寒くも暑くもないけれど季節に合う服装も必要だし、そうだ! 迷宮に行くなら装備も必要なんだわ!」


 きゅっと手が握られた。


「ありがとう。パパ! わたししなきゃいけないことに気がついてなかった! 物置きの使ってないもの見てくる。ジェフ、行こう」


 父親に伝え、くるりとまわって駆けだすお嬢に引っ張られて走りだす。実験農場に巡らされた道はあまり石や尖った硬い物は落ちてなくて助かった。

 物置きはお嬢の自室以上にいろいろな物が納められていた。


「籤引きで出たよくわからない物をここにしまっておくとパパやママが適切に使ってくれるんだよ」


 わからない物はわからないまま溜め込まれているらしい。


「ジェフはおっきいからなぁ。いい履物あるかなぁ」


 確かにメイリーンにはけそうな履物はすぐに数足見つかった。

 が、俺の足にあう靴はなかなかなく、見つかった履物は靴底がすこし歪なサンダル。爪先と踵が地面に同時にはつかない。足の甲と足首を縛ることで固定させるものだった。


「最近はね。庭師のおじさん以外にも革職人の人とか鍛冶屋さんとかが住み始めているんだって。歩きにくかったら革職人さんに改造してもらえないかなぁ?」


 あー。

 それはきっとよくわからないものを使えるようにして売れる名産造りの一環だろうなぁ。土地の素材で近い物が作ることができるならそれはそれでいいことだし。

 近く魔法使いや錬金術師も招かれるらしいとお嬢が楽しげに笑う。


「えーっと、このくらいならジェフが大きくても着れるかな?」


 デカい被る服とだっぽりした布ズボン。

 腰をズボンに縫い付けられている細い紐で一度縛って折り畳んだ腰部分の布を締め留める。

 上も軽く締め留める紐が付いていた。


「うーん。町でいい古着あったら買いたいねー」


 物が不自然に無くなっている場所があったので見つめてしまう。


「あ。石鹸のたぐいがなくなってる。ジェフやメイリーンがすっごくピカピカになったからね」


 お嬢が笑って俺の腹あたりをつつく。


「あ。」


「どうしました? お嬢」


「洗濯石鹸もない。ママ達区別つくかしら?」


 不安そうにお嬢が見上げてくる。

 洗濯石鹸?


「人に使う石鹸じゃないの。服とかの布に使うの」


 おそらく大浴場で実験しているのだろう。

 俺はお嬢を抱きあげる。


「見にいきましょう。走っても?」


「うん! 急いで」


 大浴場ではメイリーンが石鹸の実験に使われていた。

 ひどく強い香りが複数混じり合い、気分を悪くしている婦人もいるようだった。


「おねぇちゃん」


 半泣きのお嬢の妹がよたよたと駆け寄ってくる。


「お水で流しちゃうね! ジェフ。あとで石鹸、人用とそれ以外を分けておいてね」


 具合の悪そうな妹の姿に慌てたお嬢が対応する。

 お嬢の差し出す手から魔力が迸り水に変換されていく。ざっぱりと多い分量の水を頭からかぶった少女はぱしぱしと目を瞬かせている。

 くだされた指示に従うべく液体石鹸の瓶を集める。

 石鹸のいくつかは空になったり、使用不可になってしまっていた。

 混ざった香りにあてられてぐったりしているメイリーンを心配そうに追加で水をかけたり扇いだりするお嬢の姿にマジ聖女と感動を覚えつつ、指示通り分別を開始した。


「いい香りだったからいっぱい試してみたくなっちゃったの。お湯だとね、本当に香りがたかく拡がるのねぇ」


「ママ。ひとつづつ試す方がわたしいいと思う。臭いし気持ち悪い」


「そうねぇ。ひとつひとつはいい香りだものね」


 お嬢に叱られたお嬢の母親はさほど気にしていない表情で微笑んで「気持ち悪くなるのは困るものね」と呟いた。


 メイリーンがぐったりしているのは臭いのせいか湯あたりなのかわからないが少し同情する。


「おねえちゃん」


「どうしたの? イルマ」


「痛いの減らす魔法イルマが使う?」


 メイリーンを心配するお嬢の力になろうとその妹が提案する。

 聖女姉妹!?


「魔力使いすぎてくらくらしないくらいにね。ありがとう。イルマ」


 滞在中、俺は鑑定に明け暮れることになった。

 物置きに放置された物の使用方法別の分別である。

 食品が混じっていて困惑するはめにもなった。

 『人用』『物用』『食用可』『食用不可』の札を作って物に結びつけていく。布や雑貨小物の類はそのまま箱に入れておく。


「文字は書けるんだね。学ぶ環境にいられた人だった訳か」


 聞こえてきた声に顔をあげるとお嬢の父親が俺の手元を観察していた。

 字?

 ああ、そうか。

 俺は普通に文字を読み、書いている。

 知っているのだ。

 文字を書くことを。

 十歳からお嬢の通う予定の学校は文字が書けて金がある家の子供が通うものだ。

 それ以外の子供は一定区画に一人二人教えてくれる年寄りがいたりいなかったりだ。

 おそらく、この五年にわたる干魃で文字を読めない人が増える。

 学ぶ時間より、生きるための時間が必要になるからだ。

 実験農場の子供達は幸いだろう。

 持ち回りで大人たちが教えるのだから。


「そのようです」


 俺は、いったいどんな罪を犯したのだろう。

 いろいろな石鹸で洗われてもはや自身の匂いに負けて咽こんでいるメイリーンを見ても思う。

 俺も、メイリーンもどんな罪を犯したのだろう。

 去勢される性犯罪者ではなかった。

 だからといって異常者ではなかったとも言えない。

 そうと俺は知っている。

 そんな事例を知ることのある立ち位置にいた人間だった。

 拘束刑も欠落刑も、そう死刑すら罪の贖いに足りぬという存在が犯罪奴隷。

 為した罪すら奪われて物に成り果てた。


「私の言葉は意味のないものだけどね。どうか、すべてからアンシアを守っておくれ。どうか、どこまでもアンシェミナのお守りであってほしい。あの子は私の手では守りきれない場所にいってしまった子だから」


 もの凄く眉間に皺を寄せて呟く。

 彼はお嬢に対する人質であり、彼には守るべき妻子がある。


「ジェフ、ありがとう! あ、パパ。ねぇ、ママがひどいと思うの!」


 お嬢が俺にお礼を言って、そばにいる父親に気がついて明るく笑う。

 日常家族の会話は柔らかく微笑ましい。

 俺は数日内に「ジェフ、パパがひどいの」と勉強の厳しさに泣くお嬢を慰めることになる。

 もちろん、息抜き以上に勉強の邪魔はしない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る