第3話 犯罪奴隷、鑑定スキルを解放する



 お嬢の実家である塀で囲われた実験農場ピレトマイア滞在は七日ほどになった。

 お嬢の父母。

 ふたつ下の妹にまだ神殿に行っていない弟。

 産まれて間もない弟がもうひとり。

 辺境伯の私兵団や派遣された使用人たちによってなに不自由ない生活を送っていた。

 幼な子らの愛らしくふくふくとした無防備な笑顔とちょっとした人見知り。干魃は数年続いたというのにとすこし頭を振ってしまう。

 壁の内側では水不足の影響はなかったとばかりに水路では水草が揺れながらきらめいていたし、土手の草は青々しく枝を大きくひろげた木々は柔らかな緑の日陰を作り出している。

 俺とさほど歳も変わらなさそうなお嬢の父親がのんびりと「娘を頼むよ」と犯罪奴隷である俺とメイリーンに頼む。

 俺もメイリーンもお嬢からはなれては生きていけない。

 所有物は所有者の命令が必要なのだ。

 どこか遠方へ調査指示があったならその期間は大丈夫だろう。

 しかし俺もメイリーンも基本はお嬢の側にいるべき護衛。

 食事の許可も水を飲むことの自由も認められていない。

 お嬢を守るという命令から外れれば罰則があるだろう。

 犯罪奴隷はそういうものだ。

 裏切らない担保は必要だ。


 お嬢を守る。

 そっとさっきまで畑のそばで野菜を見ていたお嬢の姿が見えない。


「もちろんです。お嬢を守ることが俺らの使命です」


 お嬢を守るためには周囲との円滑な対人関係も必要になるのだろう。

 そしてたとえお嬢の家族でも不当にお嬢を利用させるのは辺境伯の命に反する。



 お嬢は辺境伯から借り受けているというストレージバッグというマジックアイテムを所持している。

 お嬢が持っているギフトスキル『籤引き』でひいたアイテムを入れるストレージバッグが欲しいと望んだら貸し与えられたと。干魃地を巡り水を配る対価だそうだ。

 ストレージバッグは高価だが、迷宮探索をする冒険者ならいつかは手に入れたいという品物だ。

 水の聖女と呼ばれているお嬢に赤いブローチは似合わないと思っていたが辺境伯家の家宝のストレージバッグらしい。

 大きさ重さを問わず千個の品物を亜空間と呼ばれる場所に保管する魔道具。

 辺境伯家の家宝というには半端な品物のように思うが、真価は『簡易鑑定』と対となる魔道具からも品物の出し入れが可能だということ。

 つまり遠隔地への輸送が容易く行える秘物だ。

 千の釘と千の武器が同じ千と扱われてしまうストレージバッグは微妙だが遠隔輸送が瞬きで行えるのは貴重な秘宝としての価値を損なわない。

 お嬢は『籤引き』で手に入れたよくわからない物をそこに入れているらしい。

『籤引き』で入手した品物はいろいろで今は辺境伯からの借り物だけどちゃんと個人用の物が欲しいと語りつつ目の前で行われた『籤引き』、俺はお嬢に所持スキルの使用許可を申し出ることになった。


「じゃあ! なにがくるかな、なにがくるかな? えい!」


 呪文?

 呪文なのだろうか。

 準備された五つの枠にそれぞれ光が集って弾ける。


 枠に敷かれた紙の上に現れた物はそれぞれひとつづつ。

 つやりとした茶色い物。

 小さな匙。

 スライムの魔核。

 手のひらに載る黒い亀。

 金属のついた木の棒。


 見たことのない物が多くて知りたくてしかたなかった。自分にはそれを知ることができるスキルがあるとわかっていた。

 必要なら聖女に頼めばいいとはこういうことだったらしい。お嬢はあっさり許可を出してくれた。

 それぞれ鑑定の結果がこれである。

『クリームパン』(食品)

『メッキのティースプーン』(雑貨)

『スライムの魔核』(魔核)

『チョコレート(中は空洞)』(食品)

『飾り付きカラビナ』(雑貨)


 まぁ、スライムの魔核は普通にわかる。

 問題は後のものである。

 メッキのティースプーンと鑑定された小さな匙は細やかな細工がなされている上に金色に輝いているのだ。

 安いものにはならない。ただ複数あった方が売りやすいものかもしれない。

 つやりとしたクリームパンは触れてみればふかりと信じられないくらいに柔らかい。

 迷宮食材が手に入る土地でも柔らかいパンはそれだけで高級品でこのパンひとつ売れば職人夫妻六人家族弟子二人くらいの家庭が十日はちょっと良い食事ができるだろう。

 もうひとつの黒い亀、チョコレートと言えば迷宮で魔物や宝箱から得れる特殊食材で黒くて苦いが癖になると評判だ。熱に弱く劣化しやすい。そして手に入れられる可能性は迷宮の比較的奥の方。つまり高級品。

 飾り付きカラビナ、つまり装飾された留め具らしいそれには小さな丸い物が埋め込まれていた。

『一定の方位を指し示す方位磁石』

 これはコレでとんでもなかった。


「ジェフは鑑定できるんだ。すごいねー」


 はいと手渡されたのが無惨に半分に割られたクリームパン。


「一緒に食べよー。亀くんはストレージにポイで」


 スライムの魔核と共にストレージに吸い込まれるチョコレートの亀くん。


「食品はりょーしゅ様が気がついた時に出して食べちゃう事もあるんだけど、その代金でここでのパパ予算が増えるんだよー。あと、学校に行く前には家庭教師と良いストレージバッグ見繕っておいてくれるって! 楽しみなんだー」


 時間経過が有り、入れる事ができる物がサイズを気にしなくてかまわないとはいえ、千しかないのは心持ち少ないのは確かだ。


 辺境伯様はおそらくお嬢に好意を抱かれたまま確保しておきたい。

 干魃の時の水不足解消ができるだけで真実聖女と呼ばれて相応しく、『籤引き』というスキルは金のなる木だ。


 クリームパンは口の中にこれ以上ない至福を与えてとけ消えて物に過ぎない俺に絶望を教えてくれた。


「後の雑貨はどうするんです?」


 うまく売れば稼げるだろう。


「ティースプーンはイルマが好きそうだからあげるつもりー。カラビナはウェルガかなぁ」


「手元には残さないんですか?」


 出てきた物に拘ることなく弟妹にあげると無欲なさまに気がかりが募る。

 特別なスキルを持つ姉を娘を家族が利用せずにいられるかという気がかりが。


「えー。だって籤引きは毎日できるんだよ? みんながおなかすいている時って食べる物以外あんまりいらないし、余っちゃった食べ物も干魃でおなかすいている人に譲るにはむかない物はりょーしゅ様に任せちゃえば干魃の村に炊き出ししてくれるんだって」


 聖女!?


「それにねー、ちっちゃい魔核をりょーしゅ様、時々おっきい一個にかえてくれるのー」


 楽しそうに教えてくる姿は素直な幼な子そのもので。

 守らなければならないと思いが強くなる。

 あと利用されそうで不安しかない。

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