第37話

 落下の途中、ユウの目にいくつかの紐が見えた。

ビルとビルの間に、まるで意味もなくピンと張られた謎のロープ。


「……ッ!」


思考より先に、体が動いた。


ガッ!!!


「グ……ウゥゥ……!」


片手で掴み、紐にぶら下がるユウ。

肩が外れそうなほどの衝撃が全身を貫くが、そんなものは構っていられない。


「まだだ……まだ、終わってねぇ!!」


顔を上げ、酸まみれの崩壊ビルを見上げて──


「テメェに殺されるには、まだやることがあるんだよ!!」


その叫びが、静まりかけたフロアに響いた。


遠ざかるはずだった男の背中が、ピタリと止まる。

振り返らない。だが、確実に聞こえている。


その一瞬、空気が張り詰めた……その時だった。


シャァァァアアア!!!


「わわっ!? どけどけどけぇぇぇぇぇッ!!」


突如、上からワイヤーを滑るグラップラー姿の少年が急接近!


「うおおおお!? ぶつかるぶつかるぶつかr──」


ドガァッ!!!!


少年とユウが空中で激突!!

掴まっていた紐が千切れ、二人は再び落下する!


「うわあああああ!!!」

「てめぇどっから飛び出してきてんだバカかァァァ!!」


空中でぐるぐる回転しながら、体を必死に伸ばし、

近くのビルの非常階段の手すりに──ユウが腕を伸ばす!


ガシャッ!!!


「っっっっぶねええぇぇぇ!!!」


ギリギリで手すりをキャッチ!

少年はそのまま下の階へボフッと落下して、クッションのような廃棄ソファに突っ込んだ。


「……いってぇ……誰だよあんた……」


「先に聞きてぇわ!!何者だオマエ!!」


ソファに突っ込んだ少年が頭を振りながら立ち上がる。


「……ったく、あぶねーな……。おい、アンタもしかして“下”から来たのか?」


ユウは腕をさすりながらうなずく。


「そうだ……このへんは一体……?」


「このあたりの層じゃ移動はムズいんだよ。道もないし、瓦礫だらけだし。だから──」


少年は腰についた巻き取り式のグラップラーを見せる。


「こういうの使って移動してんの。上も下もな。あの紐だって、誰かが設置した通路なんだよ。つってもまあ、俺くらいしか使ってねぇけどな。へへっ」


「……なるほどな」


「おい、アンタ。上に登りてぇんだろ?だったらついてき──」


──その時だった。


ガアアン!!


真上の階の壁が蹴破られ、あの男が姿を現した。


「……貴様……声が聞こえたと思えば……まだ生きていたか……」


低く、ドス黒い声。

そして、眉間に深く皺を寄せたまま、ユウを睨みつけてくる。


しかしその瞬間──


「……っ!! ……と、父さん!?」


少年の声が震える。

その目は、確かに男を見ていた。


ユウは一瞬、信じられずその場に固まる。


「……は?」


男も少年に気づき、眉をピクリと動かす。


「……セイヤ……貴様……なぜここにいる……」


「なにしてんだよ父さん!!ここは危ねぇって言ったじゃんかよ!!あんたが“上”に行ったんじゃなかったのかよ!!」


男はしばし沈黙したのち──


「貴様が俺のことを“父”と呼ぶ資格はない……」


「なっ……」


「そこにいる男と、俺の間に割って入るというのか……セイヤァ!!」


怒号とともに、男は階を飛び越えまっすぐ飛びかかってくる!


「ちょっ……待てっ!!」

「クソッ、なんでこうなるんだよォォォォ!!」


ユウはセイヤの腕を引き、その場から再び逃げ出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る