第三話「推しがそこにいる。けど、隣も気になる。」

その日、俺は町田駅前のイベント広場にいた。

 目的はただ一つ。


Silent Riot、野外フリーライブ開催。


「ふはっ……ふははははっ……来た、来たぞ……!」


 俺の足はすでに軽く震えている。

 ステージ上でマイクを握るのは、

 姫咲ことね。俺の天使。俺の絶対神。


「今日はみんなに、アゲな一曲を届けに来たよーっ!」


 うおおおおおおおおおお!!!

 俺の中のリビドーがうなる。推しが存在している。三次元で、しかも町田で、今ここで!


 気づけば手にはペンライト。腰には物販タオル。

 口からは「ことねえええええ!!」と野太い声。


 ——しかし。

 その最中、ふと視界の隅に映ったものがあった。


(……え?)


 人混みの後方。

 カフェのガラス越しに座る女の人。

 日傘を横に置いて、アイスコーヒーを飲んでいた。


(……植村さん……?)


 まさかな、と思った。

 けど、それは確かに彼女だった。

 俺の“隣人”であり、“おばさん”であり、なのに——


 昨日の夢にも出てきた人。



 ライブ後。

 燃え尽きた俺は、タオルを握りしめたまま商店街のベンチに座っていた。


「……最高だった……やっぱSilent Riotしか勝たん……」

 ことねの声がまだ耳に残ってる。芽依のDJプレイも冴えてた。彩葉の煽りも可愛すぎた。


 ——それなのに。


 植村さんの横顔が、ちらつく。


「はあ……なんで、今……あんな……」


 そのとき、不意に声が聞こえた。


「北山さん?」


 振り返ると、そこには——植村恭子。


「びっくりしました。さっき、駅前で……その、タオル振ってるの、見えちゃって……」

「えっ、う、うそ……」

「ふふ、かわいかったですよ。あれが“推し活”ってやつですか?」


 軽く笑う彼女は、いつもより少しだけ……楽しそうだった。


「でも、なんだかちょっと……羨ましいなって思いました」

「羨ましい……?」

「好きな人がいて、声を出して、想いを届けられるって。……私、そういうの、あんまりしてこなかったから」


 駅前の喧騒は遠くなっていた。

 俺は黙って、その言葉を受け止めた。


 Silent Riotはたしかに最高だった。

 でも今、俺の心をざわつかせているのは——


 その人だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る