第三話「推しがそこにいる。けど、隣も気になる。」
その日、俺は町田駅前のイベント広場にいた。
目的はただ一つ。
Silent Riot、野外フリーライブ開催。
「ふはっ……ふははははっ……来た、来たぞ……!」
俺の足はすでに軽く震えている。
ステージ上でマイクを握るのは、
姫咲ことね。俺の天使。俺の絶対神。
「今日はみんなに、アゲな一曲を届けに来たよーっ!」
うおおおおおおおおおお!!!
俺の中のリビドーがうなる。推しが存在している。三次元で、しかも町田で、今ここで!
気づけば手にはペンライト。腰には物販タオル。
口からは「ことねえええええ!!」と野太い声。
——しかし。
その最中、ふと視界の隅に映ったものがあった。
(……え?)
人混みの後方。
カフェのガラス越しに座る女の人。
日傘を横に置いて、アイスコーヒーを飲んでいた。
(……植村さん……?)
まさかな、と思った。
けど、それは確かに彼女だった。
俺の“隣人”であり、“おばさん”であり、なのに——
昨日の夢にも出てきた人。
*
ライブ後。
燃え尽きた俺は、タオルを握りしめたまま商店街のベンチに座っていた。
「……最高だった……やっぱSilent Riotしか勝たん……」
ことねの声がまだ耳に残ってる。芽依のDJプレイも冴えてた。彩葉の煽りも可愛すぎた。
——それなのに。
植村さんの横顔が、ちらつく。
「はあ……なんで、今……あんな……」
そのとき、不意に声が聞こえた。
「北山さん?」
振り返ると、そこには——植村恭子。
「びっくりしました。さっき、駅前で……その、タオル振ってるの、見えちゃって……」
「えっ、う、うそ……」
「ふふ、かわいかったですよ。あれが“推し活”ってやつですか?」
軽く笑う彼女は、いつもより少しだけ……楽しそうだった。
「でも、なんだかちょっと……羨ましいなって思いました」
「羨ましい……?」
「好きな人がいて、声を出して、想いを届けられるって。……私、そういうの、あんまりしてこなかったから」
駅前の喧騒は遠くなっていた。
俺は黙って、その言葉を受け止めた。
Silent Riotはたしかに最高だった。
でも今、俺の心をざわつかせているのは——
その人だった。
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