49.建築現場へようこそ
すごい数の花フクロウが集まってきて更に半月後。トビーと合流の約束をした日がようやく訪れた。
事前に聞いていた人数は40人。四つ星が6人に三つ星が12人。それからやる気のある新進気鋭の二つ星が10人、とのことだ。更に、事務と食堂、鍛冶場などを担当するギルドのスタッフが合計12人。今までの村の10倍以上と考えると凄まじい人数に思える。
……前に危惧していた通りにまた倍に増えた花フクロウたちの数よりは少ないが、まあそれはそれとして。
「俺、到着だぜ」
「ギターの人だ」
人の
そんなだからリンデから名前の方じゃなくギターの方を中心に覚えられてしまっているんだぞ。
……そんなことを考えていると、横からちょっとやつれたラシェルさんやギルドのスタッフ、それに建築員の姿が見える。
どうやらまたかなり振り回されたみたいだな……。
「ご無沙汰しております、村長さん」
「いえ。早いご到着でした。体調は大丈夫なのですか?」
「ええ……ふふふ、体調は問題ありませんよ。体調は……」
気疲れがすごい、と。
他の支部や関係各所との調整もしないといけないだろうし、ひと月の間フル稼働していたと見える。
酒……は論外として、食事と風呂とアニマルセラピーでどれくらい持ち直すか……。
「ハンターは……まだ全員は来ていないようですね」
「はい。ギルド支部や宿舎が完成し次第村に来るようになっています」
クリスが何気に一瞬で全員の人数を把握しているが、いつものことなのでいいだろう。
それよりも、このあたりは事前協議の通りだな。ギルドのスタッフと建築業者、それから道中に現れる魔獣対策として数名の護衛だけは事前に村に来ておく、と。
全員来ても収容だけはできるんだが、食事の用意なんかを考慮すると流石に手が足りない。いくらかはギルドのスタッフさんにも手伝ってもらえるだろうけど、それにしたっていきなり100人近くは無理だ。連携も取れない。
「食事と飲み物を用意しておりますので、お時間のある時にどうぞ」
「ありがとうございます。しかし、言ってくださればこちらもお手伝いしましたが」
「我々もお願いしている立場です。お気になさらず」
と言っても提供できるのはごく簡素なものだ。握り飯に鉄鋼コンドルのから揚げという、若干手抜き感のあるメニューだし、飲み物も常備してる玄米茶。なので特に気負うようなものじゃない。
――今提供したものが気負う必要のない品物すぎて、後日に通常のレストランメニューを出した時、ギャップで逆に緊張させてしまって若干敬遠されてしまうのはまた別の話である。
解せぬ。
「作業は今日から開始して、終了予定は10日後だ」
「随分早く終わるのね?」
「レスターが色々やってあのホテル作ったっつったよな。アレと同じことを人海戦術でやンだよ。早くできて当然だぜ」
近年はそういった方式がスタンダードになっているせいか、建築業界でも専門に魔法を学んできた人材は引く手あまただ。
俺がここまでできるようになったのは麻偵を辞してからだから、卒業当時はそう強烈な誘いは無かったが……俺がホテルを建てたと聞いて業者のギラついた目がこちらに向けられてくる。
見なかったことにしよう。
ほら……俺一人じゃなくてマリーもいてこそだし……。
「ま、もっとも工房の窯なんかは特殊な材料が必要な場合もあるし、木材も加工の必要があるでな。魔法だけでは成り立たん業界だの」
横からガチャンと多量の資材をその場に置きながら、エーゴンさんが注釈を入れる。
木……というか、植物はあまり魔法で干渉のできないもののひとつだ。生物に干渉する類の魔法なら多少なりとも効果はあるんだが、無機物に干渉する魔法ほど劇的な効果は得られない。
まあ、どんな人間でも一定の技量があれば加工できるという利点もあるんだが、魔法で建築する利便性が高すぎて近頃はそもそも木材を使わずに建てるというケースも増えているとかなんとか……。
「あ、おじいちゃんだ。やっほーおじいちゃん」
「こ、こらリンデ!」
「構わん構わん。おうリンデの嬢ちゃん、元気にしておったか! ダハハハ!」
あまりに無遠慮なリンデの挨拶だが、エーゴンさんからするとまあ幼い子供のやることと特に気にしていないようだ。
本人が意図しているかは分からないが、ちょっと幼い容姿と無垢――とはあまり言いたくない――な雰囲気のある性格のおかげで高齢層の懐に飛び込むのが抜群に上手いんだよなリンデ……父上も大概骨抜きにされている。
「姉さまの槍ってできたの?」
「クリスの嬢ちゃんの手に合わせて作らにゃならんから、こっちに来てからじゃないと作れんのよ」
「色々大変なのね」
「おう。じゃがワシのおかげで活躍できるモンがおると思えば、やりがいも人一倍よ」
「その肝心のやりがいもう少し若手に回してくださいよ親方ー」
「安易に任せて自信失わせられるかバカタレェ」
「自信?」
「生半可なモンじゃすぐ折るじゃろ、クリスの嬢ちゃん」
ちなみに比較対象は半月もたずに折れる市販品の鉄の槍である。
出くわす魔獣や使い方によって損耗度合いは変わるから一概には言えないが、これで半月もたなかったら(クリスは絶対そういうことは言わないだろうけど)オーダーメイドなのに市販品以下なんてレッテルを貼られる可能性だってあるわけだ。
そこで発奮するか武器と一緒に心も折れるかは人によるところだろうが、どんなに才能のある人間でも後者の反応になる可能性は否定できない。エーゴンさんの気にしているのはそのあたりか。
「フー……これでだいたいお膳立ても終わり、俺の仕事もこんなとこだろ……」
感慨深げにジャララランとギターを鳴らすトビー……を、凄い目でラシェルさんが見ている。
いや、まあ……関係各所に顔をつないでコネも使ってということをしたのは確かにトビーだが、実務はラシェルさんの方だよな。多分……。
それに、村に人員を呼び込んだから終わりなんて話は無い。
「ここらでちょいと羽根を伸ばせる――」
「――と思っていたのですか支部長?」
と、そんなことは俺なんかよりよっぽど分かってるラシェルさんが、万力のような力でトビーの肩を掴んでいた。
結局トビーは本人が言っていた通り、
「諦めろ。仕事の時間だ支部長」
俺も軽く逆サイドの肩を叩きつつ、抵抗される前に腕を後ろに回して制圧できる態勢を取る。
自然と彷徨った視線は、フローたちと今日の畑の世話に出かけようとするフェデリカさんに向けられるが……。
「諦めたら?」
弟子は無慈悲に切り捨てた。
まあワガママで仕事放り出す師匠とか嫌だよな普通。
「緊急事態に本気出す昼行灯ってカッコ良くねェか?」
「普段からちょっとずつ本気を出してそもそも緊急事態が起きないようにしてください」
「
というか責任者ならカッコ良かろうがカッコ悪かろうが仕事はやれ。
そんな意図を込めて、俺とラシェルさんはホテルの臨時執務室へとトビーを引きずっていくことになるのだった。
―――
「そういやレスター」
「ん?」
「お前結婚すンの?」
「は???」
事務仕事ができる3人で書類を片付け始めて2時間ほど。そろそろ集中が切れてくるから休憩でも、と思ったタイミングのこと。突如として投げかけられる爆弾のような言葉に俺は唖然とした。
トビーの隣ではラシェルさんが目を丸くしているし、部屋の外からどったんばったん、更に地下の方からどんがらがっしゃんと異音が響いてくる。
扉を隔てて護衛してるクリスに聞こえてしまうのはいいとしても、地下――何でマリーに聞こえてるんだ。あいつまさか各部屋に盗聴用の魔道具でも仕込んでるか聞こえるように部屋改造してるのか?
……いや、そもそも何で二人がこんな反応してんだよ。パニックになるべきなのは見も知りもしない結婚相手が生えてきてる俺じゃないか。
「……おめでとうございます?」
「すみませんラシェルさん、事実無根です」
「あら、そうでしたか……ほほほ」
そういう話に飢えているのだろうか。リンデに比べたら可愛いもんだが、当事者の俺にとっては若干のホラーなので残念がるのはやめてほしい。
しかし結婚相手……結婚相手ねぇ。ちょっと前の話よりグレードアップしてないか?
「村に来る前にも父上から似たような話を聞いたけど、流行ってるのか? その与太話」
「親父さんも言ってンのか?」
「婚約者がいるとか噂されてたらしい」
「……クリスさんたちがお前と行動し始めたのは村の復興始めた後。辻褄が合わねェな」
村に来るまでの俺の足跡はと言えば、せいぜい就活に失敗し続けてることくらい。
クリスやリンデ、マリーと一緒に行動するようになったのは村に来て以降だ。それからなら変な噂が立ってもおかしくはないが、噂が始まったのはどうやらそれよりももっと前。明らかに時期が合わない。
……勝手に婚約者だとか結婚だとか騙られるのも厄介と言えば厄介なんだが、マリーを狙う暗殺者だとかほどの脅威でもないから、調査の優先度は低いんだよなこれが……。
「親父さんに言って出どころを調査した方がよくねェか?」
「村長さんのお父上と言うと、侯爵閣下ですよね? そこまでの大事でしょうか?」
「その侯爵の権力が勝手に使われるおそれがあるんですよ。兄上も神器継承者ですのでその繋がりも……」
「……あっ」
別に父上や母上、兄上たちが騙されるというわけじゃない。むしろ騙そうとしてきた相手を看破して説教食らわせるタイプなので問題無い。
問題なのは、侯爵家の権威を理解している一般人に対して身分を詐称された時だ。ちょっと調べたら俺にそんな相手がいないなんてもちろんすぐに分かるんだが、「ちょっと調べる」という手間を使わせてもらえないこともありうる。詐欺師はそういうとこ巧妙だから。
「もちろん、ただレスターにホレてる女子が吹いてるだけっつー可能性も否定できねェ。それならちょいと注意するだけで済むから楽なんだがな」
「後のケアなどは?」
「告白でもさせちまえ。真正面から行って玉砕すりゃちったぁ割り切りできンだろ」
※ 俺の心労は考えないものとする。
「他人事だと思って好き勝手言うなよ……」
「俺より先にモテやがって。女絡みの苦労を味わいやがれ」
「もっとタチ悪い苦労してるから結構だ」
……言っといてなんだが、女性絡みの苦労の方がまだマシなのか?
いかん、胃痛で頭をやられて正常な判断力が失われているかもしれない。今の苦労からの逃避のためだけに女性の心を弄ぶことを考えかけるなんて、恥を知れ恥を。
なんか草葉の陰から爺様が訝しむような目で見てるような気がするが無視だ無視。
「そもそも推論の段階でモテてるかどうかを断定するな」
「女の子に囲まれてモテモテだろがよォ」
「ひがんでますか支部長?」
「俺がモテるとかモテないとか考えられる立場じゃないの分かってるだろ。だいいち王都人気ナンバーワンのギタリストが言えることかよ……」
「……まァそれはそれだ」
自分から振った話を横に置くなという話でもあり、横に置いていい内容じゃねえだろそれという話でもあり。伯爵家子弟だろお前よ。
いくら家名を名乗れなくなったと言っても血の繋がりはあるんだから、トビーが下半身だらしないとそれだけで御家騒動になりかねないんだぞ。
……と言いたくはあるが、こいつはマジの時はヘタレて手を出せないタイプな上に、貴族のそういうしがらみについてもよく理解はしているので言葉にしないでおいてやる。
「家督の継承に直接関与しねェ立場と言っても、国内有数の大貴族との繋がりってンなら喉から手が出るほどほしいって奴ァ山ほどいる。むしろ今まで結婚話が無かったのが不自然だぜ」
「仕事が忙しかったからな。今も忙しいし余裕が無い。しばらくはそういう話を聞いたらデマと思ってくれていい」
麻偵だった頃は危険なので結婚なんてわけにいかず、師匠との修行時代は実質的に住所不定無職。そこから現在に至るまで結婚などするような余裕は微塵も無いのである。
あとはこっちの事情も考慮して縁談を止めてくれていることもあるか。そういう話が上がってくるのはまず家だからな。俺が知らなくとも父上たちは知っている、ということは別に不自然じゃない。不都合ではあるが。
「この件は実家に報告しておく。色々厄介な案件が重なってるから優先度は低いが、手が空いた時に調査の手くらいは貸してくれるはずだ」
「……貴族の縁者を騙るヤツの対処の優先度が低いって何だ?」
「聞かぬが花だと思いますよ、支部長」
聞かせてもいいけど、第二皇女が殺されかけるレベルの帝国の厄介事情に全力で巻き込むことになるぞ。覚悟の準備をしておいてください。
……もちろん、友人とはいえ流石にそんな事情に巻き込むわけにいかないので、俺は固く口を閉ざすしかないんだが。せめて俺が口を閉ざしているという事実である程度推し量ってほしい。
なお、俺からこの報告を受けた父上は心底嫌そうな表情だった。
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