まってい貴族と英傑キメラの地元復興計画
桐型枠
1.元廃村へようこそ
古き時代、文化黎明の頃。
我らの祖先であるはじまりの神器適格者は、食卓を見て「米がねえ!!」とたいそうお嘆きになったそうである。
彼、あるいは彼女は遠く彼方の大陸まで赴き米の原種を手に入れると、生涯を費やしその改良と普及に努めた。
我々が現在にいたるまで美味な米を食べることができるのは、こうした努力の賜物である。
――本から顔を上げた黒髪の少年は、苦虫を噛み潰したような表情をして見せた。
実に共感の湧く話ではあるが、これが遥か古の時代を生きた人間、それも生きる場所が異なる者の話にしてはいささか共感の度合いが行き過ぎているような気がしたからだ。
あまりに感覚が近すぎる。おそらく同郷なのだろうと解釈して、彼は同席する金眼の少女に問いかけた。
「どう思う?」
「これは……本当に侯爵家に伝わる書物? 誰かがふざけて書いたタチの悪い私小説じゃなくて……?」
どうやら彼女もまた同じように考えたようだった。清潔な内装と飾り気の少ない調度品に彩られたレストランの中、苦々しい顔を返す少女は、しかしこれも真実に近い話だと解釈した。
現に、少女らの前に用意されている白米は、一人の男がその人生を費やして品質を確立したと言うほどのことはあるくらいに良質だ。共に提供された何らかの肉のソテーと一緒に頬張れば、口に掻き込む手が止まらない。華美でないが質の良い内装に対してやや素朴な料理という印象は否めないが、それがまたハンターという肉体労働者の彼らにとってありがたい。
食っとる場合か。少年は内心ツッコんだ。
「どうだ? 目当ての本はあった?」
「店長さん」
「目当てであるかは別にしてすこぶる気になる本はありました」
困惑しきりの彼らに声をかけたのは、コックコートを身に着けた偉丈夫だ。頭髪混入防止の三角巾を取ると、明るいブラウンの髪があらわになった。
少年たちの「貴族の家に伝わっているような歴史の古い書物を見たい」という、生意気で不躾な願いを聞いて、それならばと名乗り出た奇特な人物である。事実として古い伝記であることは確かだが、思っていたものとはだいぶ違う。
微妙な表情をしている二人を見て、店主は苦笑した。
「あまり役に立てなかったみたいだな」
「そんなことはないですよ! ただ……ちょっと思ってたのと違うっていうか……」
「歴史的文献には違いないけど」
食文化の歴史を辿るための史料としての価値は高いだろう。少年たちにとって、今必要としているものではないだけで。
わざわざ60年前に滅亡した辺境の元廃村、それも高位魔獣の出没する危険地帯まで足を運んだ価値があったかと言われると――その他の付加価値を含めて、間違いなく意味があったと断言はできる。主目的の一つが達成できなかったという致命的な問題を除けば。
(文献から当たるのは失敗か……)
これだけを当てにしていたわけではなかったとはいえ、落胆は小さくない。しかし、曲がりなりにも自分たちのワガママを聞いて快く書物を閲覧させてくれた恩義のある相手でもある。落胆を悟らせまいと、少年は努めて表情を出さないことにした。
「申し訳ない、肩透かしさせてしまったかな」
「う……いえ、そこまでじゃ……」
しかしながら、付け焼き刃のポーカーフェイスを読み取ることは決して難しいことではない。硬くなった表情から察したらしき店主は、苦笑しながら謝罪を口にした。
「この文献どこにあったんですか?」
「実家の蔵」
少年は先程の無理に殺した表情とは異なる無表情で本と店主とを何度か見比べた。
事細かに侯爵領特産品の歴史を綴られたこの伝記が収蔵されているような蔵を持つ「実家」というものがどういうものか。嫌でも想像がついてしまい、過去の無礼な態度が脳裏をよぎり背筋を汗が伝う。
そもそも身分を隠して近付いて来たのは店主の方ではないか――と少年たちが内心で言い訳をする一方で、店主はまるで気にしていないように、別の文献を近くの本棚から取り出して見せた。
「古い文献ってなるとあとはこのくらいだけど……」
「い、いや! 今はまだいいかなぁ!」
「食事中だから……本が汚れるかも……しれないので……!」
「写本だよ。そこまで気にしなくてもいい」
少年たちが遠慮をしている理由は本が汚れるからではなくもっと別のものだが、素知らぬフリをして店主は書物をその場に積み上げていく。
貴族というものは生まれた時から権力というものと向き合って生きている。他人からの畏怖や遠慮というものもまた然りだ。故に、立場を気にしてほしくない時は自分から軽く流していくことも大事だと彼は理解していた。
(つまらない料理人だって名乗りを鵜呑みにする気は無かったけどさ……まさか貴族だったなんて……)
少年はそれを目にして、渋い顔を隠しきれなかった。想定を超える大物だ。バックヤードから聞こえてくる「村長」という呼びかけからも、それが否応なく感じ取れる。庶民は偉い人に対して萎縮してしまうものなのだ。
なんとなくいたたまれなくなって窓の外に目を向けると、眼帯を着けた灰色の髪の少女が、幅10メートルはあろうかという巨大なカニを引きずっているのが視界に入った。
全身を水晶のような甲殻で覆った、魔物の巣窟でも深層にしか現れないという水晶蟹だ。鋏の一振りで岩盤をも砕くと言われるそれが、まるで日常の風景のように死骸となって運ばれていく。
見間違いか、幻覚か、それとも幻術か――思わず目を擦るが、その姿は消えない。
「僕の目か頭がおかしくなったのかな?」
「……安心して。きっと同じものが見えてる」
「何一つ安心できないよ?」
やや不機嫌そうな灰色の髪の少女の後を追いかけて、焦ったように重武装の
明白な力関係に思わず笑いが漏れかけるものの、数トンはあろうかという巨大な蟹を膂力のみで引きずり回していることに気付けば頬が徐々に引きつってくる。
そんな中、青い瞳が警戒を隠しもせず少年を射抜いた。何か自分は粗相をしでかしてしまったのか……湧いた疑念は、店主が手を振ったことで追い出された。
「彼女は村の警備責任者だ。よそ者を見たら全員警戒しちゃうんだ」
「全員は……逆にダメじゃないですか?」
「ダメだよ」
誰も彼も疑えばいいというものではないからな、と至極冷静な意見を述べられ、二人はがっくり肩を落とした。
それでいいのか警備責任者。問題を起こさずに済んでいるのか警備責任者。強いだけで務まる職業ではないはずだ。
「そもそも、責任者が現場にというのは……」
「そうだね」
「否定してください」
「……ちょっと無理かな」
わずかに逸らされた目からは、あからさまなほどに後ろめたさが込められていた。
そういえば、と少年は訝しむ気持ちを込めて店主を見つめる。そもそも店主が給仕をしている時点でおかしな話だが、バックヤードからの声を考慮すれば彼自身もまた責任者――それも村そのものを治める人物である。責任者が現場に出ることを咎めるのならば、彼自身が現場に出ること自体も咎められるべきだ。
再びバックヤードから「村長」と呼びかける声があった。流石に何度も無視するわけにいかず、店主もこれに応じて指示を出す。流石にこうも証拠が揃うとただの「店長」と呼びかけること自体が憚られる。
「……店長――村長さん」
「……店長さんということにしてくれるかな?」
「いや誤魔化しきれませんよ聞こえてるんですから」
「俺だって現場に出たいんだ」
「誰もそんな話は聞いてません」
思ったよりも
現場責任者や警備責任者どころではなく最高責任者である。わざわざ現場に降りてきていい立場では断じてない。だが、一方で最高責任者であるが故にその行動を阻むにはそれなりの立場や関係性が必要になる。傍から見る分には愉快な風でも、部下や関係者からすればこれほど厄介な人材もいないことだろう。
「村長さんは、貴族なんですよね?」
「末席に名を連ねてはいるけどね。そろそろ兄上が家を継いで家名は名乗れなくなるし、貴族だって自分から名乗るつもりも無いんだ」
「……びっくりするから名乗ってください」
「あ、ああ……うん、次からそうしよう」
本人にとってはそれでよいとしても、平民にとって貴族という存在は畏怖に値する権力者だ。
少年たちにとっても、貴族というのはそれだけで無礼を働いてはならない相手である。いかに三男である、継承権が無い、と言っても分家として独立した者が本家に対して影響力を持つ例は枚挙にいとまがない。店主は申し訳無さそうに、それでいて居心地悪そうに目を逸らした。
(となるとこの人が、たった二年足らずでこの村を再興に導いたっていう、アシュクロフト侯爵家三男……レスター・コールリッジ)
少年たちが訪れたサラク村は、60年以上も前に魔獣の大発生によって滅び去った村だ。以降、跋扈する高位魔獣の群れのせいで誰一人として足を踏み入れる者は無く、復興の芽などどこにも無いと思われてきた。
それを覆したのが、今彼らの眼前にいる青年、レスター・コールリッジ・アシュクロフトだ。彼は部下と共にこの地にはびこる魔獣を駆逐し、瞬く間に街道を整備し家屋を用意して村としての体裁を整えてみせたという。更には今少年たちがいるレストランのような娯楽設備までもを用意し、果てはかつて村に厄災をもたらした魔獣の巣窟をも観光資源として作り変えてしまったとか。
(……見えないよね、そういう人には)
(見えない)
視線だけで二人はそう意思を交わした。
まさしく傑物と呼ぶに相応しい経歴をしている男――そのはずだが、彼はまるでそんな実績など感じさせないほど、普通の人間らしい悩ましげな表情をしていた。未だに貴族として名乗ることに抵抗があるようだ。
気取らない見た目も相まって、今の彼はまさにただの料理人である。よく観察すればひとつひとつの所作が洗練されており、少なくともそれなりの教育を受けていることが分かるが、偉い立場ならそうと一目で分かるように示せと言われても何の文句も言えはしない。
「何で村長さんはこの村を復興させようとしたんですか? 貴族としての仕事とか?」
「……成り行きかなぁ」
「な……」
「成り行きでこれを……?」
思わず少年は窓から体を乗り出して外を見た。
丁寧に整備されて石畳を敷かれた街路は、ゴーレムを牽引役として走る車両が駆け抜けても何ら支障がないほどに作りがしっかりしている。メインストリートでは幾人もの住人が行き交っており、室内で声こそ聞こえないまでも賑々しさが伝わってくるほどだ。
通りかかった車椅子の少女が、少年たちの視線に気付いて手を振って返した。客人の存在が珍しいものではなく、ある程度のハンディキャップがあっても普通に生活ができる証左だ。
「いや、成り行きって言い方も良くはないな。色々あったから……皆にも失礼だしな……」
これを作り上げたことが「成り行き」で済まされていい理由は無い。レスター自身もそのように感じたらしく、軽く首を捻って考え込む。
「もしよければ、そのお話を聞かせていただくことってできませんか?」
「ん? いいよ」
そこに、少年は助け舟を出した。元より彼らはレスターから話を聞くつもりもあってこの村にやってきたのだ。レスターはこれに対して機嫌を損ねることなく、即答で応じた。早すぎて逆に遠慮しそうになるほどだった。
レスターは少年たちに少しその場で待つように伝え、厨房からティーセットを持ち出した。少し長くなる話ということが察せられる。元来の目的のみならず、どういった経緯を辿って近隣の街とそう変わりないと感じるほどの発展を遂げたのか、という点にも関心が湧いてきた彼らにとって、これはまたとない機会と言えた。
「あれは二年前の、ちょうど今くらいの時期だったかな――」
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