第12話 友達とぶどう

 お昼ご飯も残すところ最後のデザートのみになった。昨日、一ノ瀬君のお母さんに持たせてもらったぶどうは、三沢家で大好評だった。お母さんは一粒食べると「ん~」と言いながら目を見開いていたし、口数が少ないお父さんも、一粒食べては「うまい」と繰り返し言っていた。「ちゃんとお礼を言っておいてね。」とお母さんに言われたので、ぜひ一ノ瀬君のお母さんに直接伝えたいのだけど、それはいつの機会になるか。

 お弁当箱には、昨日残しておいたぶどうが二粒入っている。一緒にご飯を食べていた友達がわたしのぶどうに目をやり、

「そのぶどうおいしそうじゃん。一粒ちょうだいよ。」

と手を伸ばしてくる。私は反射的に、

「だめ!」

と素早く弁当箱を手に取り、友達から遠ざけた。わたしの必死な様子を友達は、不思議そうに見ていた。

「冗談よ。でも、椿ってそんなにぶどう好きだったっけ?」

「このぶどうは特別なの。」

「高いの?」

「プライスレス。」

真面目に答えるわたしに、さらに不思議そうな顔をしながら「ふーん」と小刻みにうなずいていた。そうして、今度は頬杖をつきながら、安心したように微笑んだ。

「なんか、最近の椿、いきいきしてるね。楽しそう。」

ぶどうを食べるわたしを見ながら、友達は言った。

「椿がいろいろ悩んでたの知ってるからさ。だからあたしは嬉しいよ。」

わたしの友達、矢田美津子は、高校に入っての初めての友達であり、気の置けない大切な友達だ。のんびりしているようではあるけど、確実に自分のペースを持っていて、何事にもぶれない芯がある。クールなように見えて、実はとても面倒見がいいというのも彼女の特徴だ。わたしが悩みを打ち明けた時も、「そっか。」と言って、いつまでもわたしのそばにいてくれた。多くは語らないけど、わたしとの距離を大切にしてくれるし、何よりわたしがわたしである部分を大切にしてくれる。わたしをわたしとして捉えてくれる。その点が一ノ瀬君にも共通している。

「そうかな。そんなことないと思うけど。」

少しだけ視線をそらして答えた。わたしはまだ、一ノ瀬君への気持ちを美津子に伝えていない。べつに内緒にするつもりはないのだけれど、タイミングの問題で。出会って間もないのに、ずいぶんいろんなことがあったように感じる。その中で、わたしの感情が変化しているのは事実だ。それが表面に出ていて、美津子はそれを見逃さなかったということだ。恐るべき観察眼。

「そんなことあるよ。あたしが思うに、椿、恋してるでしょ?」

「ひぇっ」

変な声が出てしまった。美津子はどうせ正解なんでしょというような、余裕の笑みを浮かべている。

「別に、そんな恋というわけじゃ。あははは…」

とは言うがもはや取り繕うことはできていなかった。美津子はふうと息を吐き、穏やかな顔で言った。

「いいよ、無理に言わなくても。なんか最近、昼休みに出かけていくこと多かったし、なんかそわそわしてるし、にやにやしてるしなぁと思って。」

「名探偵か。でも、そういう微妙なところをいつも気にしてくれていたんだ。」

「そりゃぁ友達だからね。」

わたしは美津子と友達で良かったと改めて思った。自分をちゃんと見てくれる人がいるから頑張れる。わたしが一ノ瀬君に対して抱いているこの感情を、美津子にもちゃんと話したいと思う。ただ今はまだ、自分の気持ちに向き合っていたい。でも、今こみあげているこの感謝の気持ちは何とか伝えたい。うまく言い表せないわたしは、お弁当箱を美津子に差し出した。

「美津子いつもありがとう、この最後のぶどうあげるよ!」

差し出されたお弁当箱を見つめた美津子は、またふうと息を吐き、穏やかな顔で言った。

「いや、いいよ。プライスレスだし。」

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