第5章 「静かなる探究」
アイオライトは、自身の研究室で夜を過ごした。窓の外には満月が煌々と輝き、学園の古びた石造りの壁を銀色に染め上げている。彼の机の上には、昨晩の出来事を記した簡潔なメモが置かれていた。
「結界の綻びを狙った、邪悪な魔力。古文書の改竄と酷似した性質。学園内部に潜む、破壊神の封印に干渉しうる存在。」
彼の美貌は、夜の闇に溶け込むように静謐だったが、その瞳の奥には、神としての深い憂慮が宿っていた。破壊神の封印が弱まっているのは、単なる時間の問題ではない。何者かが、意図的にその崩壊を早めようとしている。そして、その影が、彼が護るべきこの学び舎に潜んでいるのだ。
(神の序列二位たる私が、この程度の侵食に気づけないはずがない。だが、相手は私の結界の特性を正確に理解し、その脆弱性を突いてきた。これは、私の権能、あるいは封印術式そのものに精通している者にしかできない芸当だ)
彼は、自身の『結界』の権能を、学園全体に微細に張り巡らせた。それは、生徒や教師の魔力経路を乱すことなく、学園内の魔力の流れ、そしてわずかな異変を感知するための、神技にも近い繊細な操作だった。
翌日からのアイオライトの日常は、表面上は変わらなかった。基礎魔法学の授業では、生徒たちの素朴な疑問に丁寧に答え、結界術の実技では、その流麗な手つきで模範を示した。彼の優雅な立ち居振る舞いと、透徹した美貌は、相変わらず生徒たちの憧れの的であり、彼が放つ穏やかな雰囲気は、学園の喧騒の中に安らぎをもたらしていた。
しかし、その裏で、彼の意識は常に学園の隅々にまで張り巡らされていた。
彼は、生徒たちの魔力の変化を観察した。特に、リリアの魔力は、その純粋さゆえに、外部からの干渉を受けやすいように感じられた。彼女の内に秘められた「人間」としての可能性が、邪悪な存在の目を引くのかもしれない。
教師たちとの会話も、彼にとっては情報収集の場だった。
「エドモン先生、最近、学園内で何か変わったことはありませんか? 例えば、不審な人物を見かけたとか、奇妙な魔力現象が起きたとか……」
昼食時、アイオライトはさりげなく尋ねた。
エドモン教授は、白髭を撫でながら首を傾げた。
「うむ……特に目立ったことはないな。強いて言えば、最近、夜中に妙な『ざわめき』を感じることがあるくらいか。風の音かとも思ったが、どうも違うような……」
「ざわめき、ですか」
アイオライトは、その言葉を脳裏に刻み込んだ。それは、破壊神の力が漏れ出す際の、世界の理が歪む音に似ている。エドモン教授がそれを感知できるということは、彼の魔術師としての感覚が、凡庸ではない証拠だった。
彼は、学園の図書館にも足を運んだ。古文書の改竄が、図書館の蔵書から行われた可能性も考慮していたからだ。膨大な数の書物が並ぶ中、彼の瞳は、特定の魔力の痕跡を探し求めた。
数日間の静かな探求の結果、アイオライトは一つの結論に達した。
学園内部に、破壊神の封印に関わる知識を持つ者がいる。そして、その者は、自身の存在を隠蔽する術に長けている。
彼の『存在隠蔽』の加護をもってしても、その存在を明確に捉えることはできなかった。それは、相手もまた、彼に匹敵する、あるいは異なる種類の隠蔽術を使っていることを意味していた。
そして、もう一つ、気になることがあった。
最近、学園の結界の一部が、特定の時間帯にだけ、**意図的に「緩められている」**ような感覚があったのだ。それは、外部からの侵入を容易にするための、まるで「扉」を開くような行為に思えた。
(学園内に内通者がいるのか……? それとも、外部の者が、この学園を拠点にしようとしているのか?)
その夜、アイオライトは自身の研究室で、過去の『輪廻転生』の記憶を辿っていた。彼は自身の意思で転生を繰り返してきた。そのたびに新たな肉体を得て、ランダムに新たな権能を獲得してきた。それは、破壊神を倒すための、あるいは、その戦いを継続するための、彼自身の戦略だった。
過去の転生で得た権能の中には、直接的な戦闘には役立たなくとも、情報収集や隠蔽に特化したものもあった。しかし、今回の状況は、それらをも凌駕するほどの巧妙さだった。
(もし、このまま封印の綻びが広がれば、破壊神の眷属が世界に現れ始めるだろう。あるいは、破壊神自身が……)
彼の脳裏に、太古の戦いの記憶が蘇る。世界が混沌に飲み込まれ、創造された全てが「破壊」され尽くそうとしていたあの絶望的な光景。彼は、二度とあの過ちを繰り返すわけにはいかない。
その時、彼の耳に、微かな音が届いた。
それは、学園の奥、普段は立ち入り禁止となっている旧校舎の方角から聞こえてくる、**不気味な「ざわめき」**だった。エドモン教授が言っていた「ざわめき」と酷似している。
アイオライトは、瞬時に立ち上がった。彼の瞳は、夜の闇を貫くように鋭く光る。
(まさか、こんなにも早く……)
彼の美貌は、今、神としての厳しさと、世界の危機に立ち向かう決意に満ちていた。
彼は、音もなく研究室を出た。夜の学園を、影のように滑る。向かう先は、闇に沈む旧校舎。
そこには、彼の秘密、そして世界の命運を揺るがす、新たな真実が隠されているに違いなかった。
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