第5話
日曜日、海へ行った。
私はそこでも海音の写真を動画を撮りながら羽根を伸ばした。
家に帰ってからも編曲などの作業に追われていたからちょうど良かった。
私は在り来りなジーパンにTシャツにサンダルだったのに彼女はワンピースを着てきた。
「濡れたらどうすんの」「海にワンピース着ていくのが夢だったんですー」ハンディファンの風を彼女へ行くように向けながら指摘すると意地悪だなぁと言いながらぶすくれる彼女が可愛くて。
(この時間が続けばいいのに……)と思うくらいで。
少し早い時間に来たせいで海水浴している人はいなくて、私たちしかいないように見えた。
それをいい事に、私たちは高校生であることを忘れて本気で遊んでいた。
砂の城を作ったり、貝殻を拾ったり、海水を掛け合ったり。
普通の青春を送りたかった、ただそれだけだから。
夢中で遊んでいたら時間が経つのは当たり前で、あっという間に日が傾いて夕焼けが私たちを包んでいた。
びしょ濡れだった服もすっかり乾いて、私たちは堤防の方に移動して水平線に沈む太陽を見ていた。
眩しくて、私は目を細めていたけど海音はまっすぐ沈む太陽を見つめていた。
しばらく私たちは無言だった、先に口を開いたのは彼女だった。
「今日はありがとう」「私こそ、作業の息抜きとか出来て楽しかった」感謝を述べるにしてはいつもの彼女の声色とは違うような気がして気になったけど、私は気づいていないフリをして私も楽しかったよと答えると。
「海、久々に来れて良かったですしかも零ちゃんと」私の手に自分の手を重ねて海音はそう言う。
「手重ねてどうしたの?」「んー、こうしてみたいなって思ったからしたんです」何かをはぐらかすように彼女は言葉を選んで私に何かを伝えようとしている。
私は彼女の顔を覗き込んで「何か、あった?具合悪い?」と声をかけると彼女は口を噤んでしまった。
「……ま、言いたくないならいいけど」私はそう言い直すと、また夕焼けに視線を戻す。
くん、とTシャツの袖を彼女が引っ張る。
「……言わなきゃいけないことがあって」「うん」
海音から告げられた言葉は、静かな海の小さな波の音にかき消された、いや私の脳が現実を受け入れられなかった。
彼女は余命宣告を受けていた、それを誰にも打ち明けずに生活していた。
「楽しい時間だったのに、ごめんなさいこんな話、して」泣きそうな顔で彼女は謝る、私はそんな彼女を見て、思わず抱きしめてしまった。
「普通、言えるわけないよね余命の話とかって」トントンと優しく背中をさすると、私の肩に湿り気を感じた。
彼女は静かに泣いていた、いつも明るく振舞っていた彼女の涙は初めて見た気がする。
この子は何回も何回も怖い思いや辛い思いをしたのを、誰にも見ていないところでこうして声を殺して泣いていたのだろうかと思うと、私も涙が出てきた。
私より華奢な肩が震えて止まらない、震える声で彼女は「楽になりたいなぁ」としゃくり混じりの声で呟いたのを私は聞き逃さなかった。
私たちの静かな泣き声は潮風が攫っていった。
しばらく泣いていたらまた時間が経ってもう暗くなっていた。
私は彼女を家まで送ると行ったが、彼女は大丈夫とまた笑って、私の家とは反対の方向を歩き始めた。
どんどん小さくなる背中が見えなくなるまで私は海音が歩いていくのを見ていた。
月曜日、彼女は学校に来なかった。
朝のホームルームで、担任が真剣な顔つきで入ってきた。
学校祭が近いから、羽目を外すなとかそういう注意かと思いながら、海音の席を見ていると。
「中園海音さんが、今朝倒れて搬送された」「明日の学校祭本番も来れないかもしれない」
担任の言葉に私は席を立って教室を飛び出していた。
教室から、担任が何かを言っていたけどもう何も聞こえなかった。
前に先輩から海音が通院している病院を教えてもらった。
急いで自転車置き場に向かって、病院を目指す。
(どうして……なんで……?日曜日はあんなに元気そうだったのに)
蝉の声がやけに煩い、信号待ちすら惜しい。
病院が見えた、自転車が倒れようと関係ない。
受付に彼女が入院している病室を教えてもらった。
病室に向かうと、部屋前のベンチに彼女の母親がいた。
彼女は私が来たことに気づいて、病室に通してくれた。ベッドに横たわる海音の身体には管がたくさん繋がっていて、心電図の無機質な音が病室に響いていた。
眠っているのか海音は大きな瞳を閉ざしていた。
「海音のお友達よね」彼女の母が私に聞く。
私は、力強く頷く。
「日曜日、帰ってきてから少し調子が悪いって言っていたの、薬を飲んで月曜日、起きてくるかなって思ったら、起きてこなくて部屋に入ったら蹲っていて」
倒れた経緯も聞くことが出来た、搬送されるまで大丈夫、学校祭に行きたいとずっと言っていたこと。
私や先輩達のことを心配していたこと、彼女の母親はそこまで言うとまだ目を覚まさない海音の頭を愛おしそうに撫でた。
「……貴方が来たら見せなきゃと思っていたものがあるの」そう言うと、スマホを私に見せてきた。
そこには、これまでの彼女の治療の過程だった。
苦しそうに顔を歪めていた海音も痛みに耐える海音もどれも彼女にとっては娘には変わりなくて、それを傍で見ていたのだから苦しいはずなのに。
薬や抗生物質が効いて、楽な時に私の音楽を聴いている海音を撮っている動画が多かったことに驚いた。
「この子ったら、貴方が新作を出す度に治療を頑張る、絶対負けないって言うの」私は音楽はさっぱり分からないけどねと彼女の母は笑って私にそう言う。
「娘から聞きました、音楽は高校卒業したら辞めるって」「そこまで知っていたんですか」「娘から言うんですもの、知ってます」
まさかそこまで知られていると思わなくて驚いていると、彼女の母はこう続けた。
「……辞めないで、音楽を」「え、」「1人の人間をここまで救えるなら、貴方の音楽はもっと色んな人に届いても良いくらいよ」
ね、海音もそう思うでしょう。と彼女の頬を擦りながらそう言う。
そう言われると、辞めると決めたはずのことも揺らいでしまう。
でも、ネットではどこ吹く風の評価の私の音楽は確実にたった一人だけど、小さな命を繋ぎ止めていたのかと現実を目にしてようやく実感した。
ピッ、ピッという電子音が怖かったけれど、私は意を決して。
彼女の手を握った、日曜日重ねた温かさはなくて、冷たさを孕んだ手を私は離さまいと握って。
彼女に。
「……絶対、起きて明日学校祭見に来てよ、歌うんだから私、他の生徒のためなんかじゃない……海音の為に歌うから絶対見に来てよ」
握り返して来なかったことが悲しかったけれど、この言葉は届いたと思って私は手をずっと握り続けていた。
面会の最終時間まで抜け殻のように彼女の母と彼女が目を覚ますのを待っていたが、もう遅いからと帰されてしまった。
私は、自転車に乗らずふらふらと押しながら家をめざした。
幹線道路の街灯が滲んで見える、握り続けていたのに彼女の手は温かくなることは無かった。
本当に死んじゃうかと思って離れたくなかった、でも私は明日学校祭に出ないといけない。
傍に居たいのに、居られないジレンマと彼女はあのまま学校祭に来ることなく息も吹き返さないのではと最悪のことも考えてしまって私は歩道に蹲ってわんわんと泣き崩れてしまった。
どうやって帰ったのかは思い出せない、気づいたら帰っていて火曜日になっていて足は自然と学校へ向かっていて、軽音部の部室にいた。
先輩たちも海音のことは知っている、だから私が学校祭のステージに立つことを心配していた。
「本当に歌える?」「無理すんなよ」先輩たちはあれこれ世話を焼いてくれたが、大丈夫ですと海音のように答えた。
クラス展示には私は当番ではないためしばらく軽音部の部室にいることが出来る。
本当はこうして待っている時に、彼女が来てくれたらと思う自分も居て、どうしたらいいのか分からなくておかしくなりそうだった。
お昼ご飯も食べて、私たちのステージは15:30。
最後だ、全校生徒は来ないかもしれないけれど何人かは来たらいいねと先輩と話していた。
そうこうしているうちに準備に入ってくれと声がかかって、少しリハーサルをして本番まで舞台裏で待つことになった。
私たちの前は流行りのアイドルのコピーユニットの出し物だから盛り上がっている。
その熱気を最後の時間帯の私たちのコピーバンドまで盛り上がりを引っ張りあげたい。
先輩たちも言葉数が少なくって、いつになく真剣な顔をしていた。
「学校祭1日目、最後のステージは軽音部のコピーバンドです、今年はボーカルもいるそうです!軽音部の皆さんお願いしまーす」
司会の声と共に私たちはステージに立つ、ボーカルの私はステージから体育館全体を眺めることが出来る位置にいる。
先輩たちはチューニングをしている、その間に私はトークで繋ぐ、反応がイマイチでも私の目線はたった1人だけを探していた。
海音、彼女だけを探していた。
荒れる海で難破した船のように、たった一つの光を探すように私は歌を届けたい1人を探していた。
でも、1曲目が終わり彼女の姿は無かった。
(……来ないかもしれない)
2曲目に入る前に私の胸に過ぎった最悪の結末を振り払うように私は2曲目を狂ったように歌った、2曲目がウケが良かったのか体育館は少し盛り上がった。
私が2曲目を歌っている途中に体育館のドアが開いたような気がした。
3曲目に入る前に、水を飲もうと屈んだ時に彼女が見えた気がした。
「海音」
マイクを通さなかった私の呟きは誰にも聞かれていなかった。
体育館の後ろ、ステージに集まる生徒からずっと離れた出入口付近に彼女は居た、車椅子に乗って。
私が見える?とお母さんがステージを指さしているような気がした。指先を見て彼女はうんうんとうなずいていた。
3曲目は静かめな曲を選んだが、みんなジッと聞きはじめてしまって、選曲に失敗したかと思いながら歌っていると、まさに彼女がいる体育館の後ろからフッと光が掲げられたのがわかった。
スマホのライトだった、車椅子に乗った彼女が楽しそうにスマホを揺らしている。
彼女の母も連携するようにライトをつけてスマホを揺らし始めた。
それを見たのか、周りの生徒も次々とスマホのライトをつけて私たちを照らす。
気分が乗った私たちは、予定になかったアンコールもやって大盛況でステージを終わることが出来た。
アンコールの後半で、海音とお母さんは退場してしまったが、ステージを見に来て欲しいという私の願いが通じて良かった、準備してきて良かったと思った。
学校祭も楽しい思い出になって良かった、でも一緒に廻りたかった相手はあのステージを見に来てそれから学校には来なくなってしまった。
学校祭が終わって、修学旅行の時期なっても海音は学校に来ることは無かった。
病院にも行ったが、病気の進行のせいで大きな病院に移るしかなく、この病院にはもう居ないと受付で言われてしまった。
先輩たちとはあれからも交流を続けている、高校を卒業した先輩たちも海音のことを心配していた。
ゆかり先輩も紫月先輩も家に行ったらしいが海音には会えなかったらしい。
海音のお母さんの番号も倒れた日に交換したが、あの日以降電話も来ていない。
私は半身を失ったような気持ちになって、曲作りやカバー曲を上げることができなくなってしまった。
SNSにも浮上できなくなってしまった。
ちゅらのアカウントはあの海に行った日以降更新がない、私やちゅらのアカウントが動かなくなっても心配するものはもうネットにもいなかった。
私も、音楽をやめないでと言われたことや自分で決めた制約に悩む日々を送りながら受験生になることやもしもの進学先や就職先などを探すために、必死に過ごしていた。
そんな日々を過ごし、高校三年生になった私は相変わらずだった。
学校では当たり障りない話をして家に帰ったら勉強と音楽をやって、進学先も何とか決まってあとは成績を落とさないように生活を、そこまで行ったある日だった。
その報せはあまりにも突然だった。
金曜日の夜中から土曜日の朝まで作業していたら、海音のお母さんと、登録した番号がスマホに映し出された。
私は、まさか、と嫌な鼓動を打つ心臓が飛び出ないように電話に出た。
スマホを持つ手が震える、告げられたのは。
「海音、最期まで頑張ったよ」と震える声、最期ということは。
「……海音はもう、居ないんですね」
私の声に、電話の向こうのお母さんはうんうんと、涙交じりの声で答えた。
どうしようもなくなって、私も彼女のお母さんと一緒に泣いた、私の泣き声に両親が部屋に入ってきた。
私の友達が亡くなったのと話すと、お母さんが優しく抱きしめてくれた、まだ海音のお母さんと電話が繋がっていたから、私の代わりに父が出てくれた。
海音が最期に過ごした病院を教えてくれた、車だしてやる行くぞとお父さんは私に言う。
私は泣きながらお父さんの運転する車に乗った。
彼女が過ごした最期の病院は本当に大きい病院だった、病室の前には彼女のお母さんが居て、私のことを抱きしめてくれた。
私の両親にも、娘がお世話になりましたと頭を下げていた。
その後のことはあまり覚えていない、告別式にも行ったはずなのにぼんやりしていて。
海音のお母さんからは全てが終わってから何回かメッセージでやり取りしてそれっきりになってしまった。
海音が残したメッセージ動画を何回も見ている自分はどこかおかしくなってしまったのかと思うくらい見て、聞いて過ごしていた。
海音がこの世から居なくなって、私の音楽は止まってしまったような気がした。
でも、体は作業スペースに居るそして作業をする。
そうして出来た曲を私は、高校卒業の残り数日どこにも発表しないで持ち続けた。
卒業と同時に公開して、他のSNSなどは消そうと思っていたからだ、彼女と過ごした時間を作った曲全てに残した、撮った写真を使っていいか彼女の母にも許可を得た。
私は、もっとたくさんの曲を作るために。
天国でも彼女に届くよう恥ずかしくない曲を作りたくて、生まれ変わるのだから。
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