白く美しい氷の魔物
霙座
第1話
首にかけた手拭いがじっとりと湿る。照りつける太陽が麦わら帽子に落ちて、でこぼこの地面に丸く濃い影を作る。
丘の向こうから農村地帯を抜けて市街地に入る。狭い町中は石壁で日陰ができるが、圧迫感があって息苦しかった。
リヤカーを引く足を止めて、カイはやれやれ、とカンカン照りの空を仰いだ。止まると汗が流れ落ちた。市壁に囲われた中は、王城くらいの高台でない限りは、きっともっと風の通りが悪いだろう。
今年は暑くなるのが早い。
「雨が少ないからさ」
石畳の街路に面したパン屋に注文のミルク缶を運び入れてしまってから、まだ人通りの少ない店先の椅子を借りて休憩した。麦わら帽子を取ると薄茶色の髪が汗でペタンコになってしまっている。額を拭うカイに、パン屋のおかみが水を差し出した。
「まとまった雨なんていつから降ってないことやら。あんた配達であちこち見るだろ。少し前まではたくさん雪が降ったから、夏に水が枯れるなんて起こらなかったんだけど、最近じゃ雪もあんまり降らないし、異様に暑くなるしさ。昔はこんなに暑くなるなんてなかったよ。ここんとこ、ため池も底が見えてきているし、畑の畝も割れてるよ。小麦の収穫が心配になるさ」
まあ、暑い。
一気に喋るおかみの熱も半端ない。牛舎の方は山なので、風が通るから町中ほどではないが、連日の暑さで牛たちも元気がない。行商のミルクにしたって、運んでいる間に品質が落ちてしまう。もう少し早い時間に牧場を出るようにしなければいけないかな、親父に相談してみよう。カイはコップの水を一気に飲み干して立ち上がった。
背が伸びたねえ、とパン屋のおかみが感慨深げに言った。
「あんた、そろそろいい話はないのかい。うちの倅は結婚が決まったんだよ」
「それはおめでとう」
でも俺の方が年下だよ、とカイは笑った。結婚どころか恋人らしきもいたことがない。日がな一日、人よりも牛やヤギと過ごしている。
「今年十六だっけ? そんな変わんないさね。旅籠のお嬢さんなんだけどね、うちのドラ息子もこれでちったあ」
「おかみさん、大変」
奥からおさげの店員が飛び出してきた。店長がぎっくり腰だと大騒ぎだ。
カイがおかみと一緒に店の中に駆けこむと、店主がオーブンの前でうずくまっていた。
「なにしたんだい」
「なんもしとらんよ。振り向いただけ。よわったな、配達なんに」
おかみの反対側で店主を支えて立ち上がらせる。息子さんは、と聞くと、旅籠の修行に行っていて不在にしているのだという。
「じゃあ、俺が代わりに配達しておくよ。おじさんは院長先生に診てもらいなよ」
「悪いね、カイ。王城の台所、行ったことあるかい」
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