45.足跡
「なぁドナくん、知ってる?ホルネアのSNS」
ジルが手元のポテトにケチャップをつけながら尋ねた。
「…知らねぇ。なんかあんの?」
昼下がり、ドナとジルはファーストフード店で軽食をとっていた。この時間は仕事のシープが多いからか、店の中はガラガラだった。
「ホルネアのSNS、登録にIDが必要でさ、ほぼ実名なんだよね。匿名っぽいのもあるけど、照会すれば身元なんて秒でバレる」
「…俺らの国のSNSとなんか違うの?」
「全然違うよ。実名な分、中傷なんてできないし、デマを広めるようなことがあったらいけないから情報の正確性もあがる。下手なこと発信できないかな」
「へー。…ジルは始めてんの?」
「いや、まだ様子見。足跡着いたら困るからさ」
足跡?と首を傾げるドナ。普段からSNSをしないので、あまりピンときていない様子だった。
「IDに紐づけられてる分個人の特定がすごく容易で、名前さえわかればかなり情報がわかってくる」
「誰か調べてるのか?」
「うん。また収穫あったら言うね」
ジルは一体誰を調べているのだろうか。しかしジルのことだ、きっと何か有益な情報を掴んでくるに違いない。
「そういやシリルからもこういう話は聞いたことねぇな」
「シリルはアンベリカ社の重要人物だからね。目立っていいことないしSNSはやらないんじゃない?」
「…確かに。」
会社の広報的な役割をもつにしても、シリル自身の情報を発信するのは危険すぎる。一度ニュースに出たことはあったが、あれは緊急時だったからだし。
「そういやシリルがニュースになった時のコメント、結構盛り上がってたな」
「なにが?」
「ほら」
ジルが見せたパソコンのモニターを覗き込む。
そのコメント欄には、熱狂的なコメントが連なっていた。
「可愛すぎて草、まじ天使、誰か捕獲して……くだらねぇコメントばっかだな」
「まー、シリル可愛いからね。下手に顔晒すとこうなるだろうし」
実際はシリルを俺の家に匿っていたからいいものの、これが本当に事件で失踪していたらと考えると不謹慎極まりない。眉間に皺を寄せた俺の顔を見て、ジルが肩を叩いた。
「まぁこれ、俺らの国の非シープのコメントだからさ。ホルネアだと、実名だからこういうコメントもできないってことよ」
「なるほどな。なんとなく、意味がわかった」
実名のSNSなら、迂闊にこんなことは言えないだろう。
「あ、あとホルネアでは政府公認のSNSしかできなくて、俺たちの国で使ってたSNSは閲覧できない仕様になってる。相変わらず情報漏洩対策ガチガチだね」
つまり、シープと非シープはネット上でも交流することはできないということだ。
「個人的に面白いのがさ、この国、車は10歳で運転できるのにSNSは15からって規制があるんだよね。ホルネアの成人年齢が15だからってのもあるけど、ここでは運転よりネットの方が危険って感覚なんだろうな」
俺たちの国では考えられなかった常識だ。しかし、常識というものは環境次第でいくらでも変わる。
「ドナくんもSNS始めたら教えてよ。」
「ぜってーやらねぇ」
「あはは」
ジルと解散した後、俺はホルネアのSNSについて調べていた。今ホルネアで一番使われてるSNSは、『Flock』ってやつらしい。
「名前からして“群れ”っぽいのがシープ向けだな…」
ジルが言っていた通り、15歳未満は登録できないようだ。「Flock」はホルネアで登録者が最も多い。老若男女が使用し、使用方法は個人の日常の共有からビジネス目的など多岐に渡る。
「…ん?」
ユーザーのコメントには、使いやすさを賞賛する声のほかに「Flockで出会って結婚しました」というものがあった。どうやら、実名性のSNSなので透明性が高く、出会いのために使っているものも多いらしい。
「なに見てるんだ」
シリルが背後から覗き込む。
「…おかえり」
心臓に悪いから、度々急に現れるのはやめてほしい。
「SNS?Flockか?」
「あれ、シリル知ってんだ?今日ジルに教えてもらった」
「そうなのか。私はやっていないが、友人はやっていたな」
下唇に指を当て、思い出すように言うシリル。
「…私は会社の立場もあるからな。基本こういうのはやらない」
ジルの予想していた通りの答えだった。
「ドナもそういうのするのか?あまりイメージがなかったが」
「いや、俺もやってない。てかあの旧式の携帯じゃできねぇし。」
「……もしもやるなら私に一言言うんだぞ。ドナは一応、私と結婚しているんだからな。」
「はぁ?」と声に出す。確かに俺がシリルの情報を漏らしてしまうのを危惧するのはわかるが、その許可をシリルに求めるのはなんか違うだろ。
その時ふと、さっきのコメントを思い出した。Flockは、オンラインの出会いの場みたいな面もあることを。
「……シリル、俺が出会い目的にすると思ってる?」
「……その可能性もあるだろ」
少しムスッとした顔で言う。こいつ、俺が彼女を作るのが嫌なのか。
「そういうの目的にやらねぇよ。そもそも既婚者がやるとトラブルになるし」
「そ、そうだぞ!!ドナはよくわかってるな。なら、よかった」
シリルが安心したような顔をした。今はひとまず、やらないでおくか。
一方、ジルはというと──────
寮の部屋の中で、パソコンのモニターが光る。
リンクをクリックすると、次々とタブが開く。そのタブの画像を使い、次のタブを開く。繰り返すうちに、どんどん情報の網目は密になっていく。
「ふーん……」
ジルは、ニナ・カロリプスに関する情報を集めていた。
今わかっているのは、彼女は26歳、独身、一人暮らし。大学の専攻は薬学、年が3つ離れた妹がいる。大学院卒業後、ハスフィニット社に入社し、研究所で6年勤めている。直属の上司はクロード・ハスフィニット。
ある程度彼女の自宅や帰宅時間を割り出せたので、待ち伏せすることも可能だ。しかし、まだ決定的な彼女を揺さぶる材料が足りない。
「ん?」
彼女は実家で犬を飼っていたからか、現在でも犬が好きなようだ。仕事が忙しくて飼えない分、動画などを見て癒されているらしい。
「…結構可愛いとこあるんだ」
ブックマークされた動画をクリックすると、大型犬が飼い主に飛び乗る動画が流れた。
その後もカチ、カチとマウスを押す音が部屋に響いた。
「んー…」
鏡を見ながら、ドナは髪を触った。
「どうしたんだ?ドナ」
「…結構髪、伸びてきたなって。」
心なしか、頭が重い気がする。そういえば、前回切ったのはシリルが来るより前だっけ。
「大学に行く前に、美容院に行くか?」
「いや、ハサミあれば自分で切れるし」
「自分で切ってるのか?!」
信じられない、という顔をするシリル。定期的に手入れしているであろう艶のある髪をした彼からするとその反応もごもっともだ。
「…金ないから自分で切ってた」
「逆にセルフでその仕上がりはすごいんだぞ」
結局、シリルと一緒に美容院に行くことになった。
ホルネアの美容院も気になっていた俺は、同行することにした。
「ホルネアの美容院は、美容師はいない。ほとんど機械だ」
「でた、ホルネアの全自動化」
なんでも機械化しているホルネアでは、コンビニや飲食店は無人なことが多いが、まさか美容院までとは。
「人が施術を行う美容師は芸能人が個人的に契約していることが多い。かなり高額だが、やはりプロの人間への信頼が勝るわけだ。…だからと言って、機械の方が技術的に劣っているというわけではないはずだがな。」
「すげーな、専属ってやつか。」
「…興味本位で店舗の美容院に行ってみたいとはずっと思っていて。このタイミングで行けてよかったぞ」
「…行ったことないのか?」
「あぁ、私も家に美容師がきてくれるから店舗に行く必要がなかったんだ」
「…お前も”そっち”側だったの忘れてた」
「3Dスキャンを開始します」
「えっ」
今まで、人生であっただろうか────美容院に行って、頭に箱のようなものを被せられ、3Dスキャンを取られることが。
「…なにこれ?」
しばらくすると『スキャンが完了しました』という人工音声が流れた。かぶさった箱が取り払われ、視界が明るくなる。
「ホルネアの美容院では、まず頭部をスキャンをして、作成されたイメージ映像を見て選ぶんだ。それ通りにカットされる」
なんだそりゃ。俺の知る美容院とは全くの別物だった。
「…これなら確かにイメージとかけ離れることはなさそうだな」
何枚か現れるイメージ画像をスワイプする。前髪の分け方なども、細かく調整ができるようだ。
「気に入った髪型を一度登録しておいたら、今後もおまかせもできるみたいだぞ」
「…いつもの、ってやつか」
ホルネアの合理的主義極まれり。
「…じゃあ、これで」
モニターの画像を指でタップすると、カットが開始した。機械が刃物を向けている事実に、もし今この機械が暴走したら俺は死ぬと思った。
そんなことを考えていたら30分もしないうちにカットは完了し、あらかた、さっき見たイメージ画像通りになった。
「すっげー、機械なのにここまでできんの?」
鏡を見るが、遜色ない仕上がりだ。足元では風が吹き、切られた髪の毛が一箇所に吸引されている。
すると、鏡がモニターのようになり、文字が現れた。カットを完了する、手直しするの二択だった。
「完了する」と書かれたボタンを押すと、次は満足度のアンケートを促す表示が現れた。結果はフィードバックされるらしい。
『カットが完了いたしました』
人工音声がシリルの方からも流れた。鏡越しにシリルを見ると、髪が気持ち短くなったシリルがそこにいた。
「…どうだ?」
どうだと聞かれても、正直そんなに変わったように見えない。
「…いいんじゃねぇの?」
無難な答えを返しておいた。
するとシリルは満足そうな顔で、「完了する」というボタンを押して笑った。
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