42.調査

 街を行き交う人の頭にはツノがある。シリルのような羊のツノ、重そうな鹿のツノ、牛のような短いツノ。その形は多種多様で、誰も違和感を持つことなく歩いている。


 宙に浮かぶスクーターに乗ったシープが、頭上で俺を追い越していく。ホルネアに来た時、初めて見た乗り物だった。


「すげー…」

 ドナにとって、ホルネアの街を一人で歩くのはこれがはじめてだった。


 シリルにもらった帽子をつけているため違和感はないはずだが、非シープだとバレるんじゃないかとヒヤヒヤする。


 目的は図書館だが、それまでの道のりでいろんなものに目移りしてしまいなかなか進めない。シリルとの移動はほとんど車なので、こうやってじっくり歩くのは初めてだった。

 

「図書館、これか…?」


 H.I.Dのナビを見ながら確認する。その図書館は、俺の知る図書館とは違う、人工的な高い塔のようだった。

 本当に合っているのか半信半疑なまま、中に入る。すると突然、鳥のようなものが飛んできた。

「うわっ」

『お手伝いは必要でしょうか?』

 人工音声と共に、ホログラムの画面が現れる。鳥と思ったものは、小型のロボットだった。


「あぁ、役所にもいたなこんなの」

 図書館の利用に関する選択肢のホログラムが宙に浮かんでいる。案内の役割なのかと思い図書館を見渡した。

 その時、あることに気づいた。

 図書館なのに、本がないのだ。

 すると、ちょうど「貸出」とかかれた出口にシープが立っているのが見えた。手に本は持っていない。

 ゴトン、と物が落ちたような音が鳴ったと思えばシープの前の壁についた小さな扉が開く。扉の奥に現れた数冊の本を手に取り、図書館を出ていった。


 どうやらこの塔の中に、大量の本が保管されていて、指定した本だけを貸し出すシステムらしい。

 シリルが、俺の家の近くの図書館で「本がいっぱいある」と言っていたことを思い出す。図書館だから当たり前だろうとあの時は思っていたが、表に出ている本がある、という意味だったのか。


 気まぐれに手に取った本が面白かった、あの偶然をもう味わえないのか──そう思うと、少し寂しくなった。

 『本を探す』というボタンを指でかざすように押すと、ジャンル別、分類別、作者別、と言った書籍の探し方が並ぶ。

 その中に、「おすすめ」という項目があった。


「おすすめ?流行りの本でも薦められるのかな」

 興味を持った俺は、それを押してみる。

『H.I.Dを同期いたします。しばらくお待ちください。』

「は?」

 キュリキュリキュリ…と機械の起動音を立てて時間が経つ。


『完了いたしました。ドナ・コレットの興味分野、嗜好、IQ等にマッチした書籍を紹介いたします。』


 沈黙の数秒後、小型ロボットがずらりと書籍を提示した。

 なるほど、おすすめというのは利用者のH.I.Dと同期することで持ち主に興味のありそうな本を選んでくれるらしい。分析して選ばれた本のタイトルたちは、どれも興味を惹かれるものばかりだった。

 そのタイトルの中に、アンベリカ社に関する書籍も入っていた。シリルと籍を入れていることから、関係者と判断したのだろう。

 数々の本のタイトルを眺めていた指先が、一冊の本の前で止まる。


『初めての!非シープのためのホルネアガイドブック』


「はは、完全に俺向けじゃねーか」

 この本を読もうと手を伸ばす時に、ふと立ち止まった。

「…親父も本、書いてたりするのかな」

 非シープが書いたであろう本が存在している。つまり、大学教授である父親が執筆していたっておかしくはない。

 俺は今日、ホルネア監獄に関する情報を集めに来たつもりだったが、完全に盲点だった。

 思わず息を呑み、震える手で著者検索を選択する。

 ルネ・カルダンという文字を一文字ずつ、入力した。

『しばらくお待ちください』

 そう言った数秒後、「5件の書籍がヒットしました」という音声と共に紹介される。

 一番上に表示された本を指で選んだ。


『シープ・ノンシープ間における遺伝子構造と表出傾向の比較研究(第二版)』

 著者名:ルネ・カルダン


 …………間違いない。親父の本だ。

 シリルの言った通り、遺伝子に関する研究をしていたというのは本当だったらしい。

 他にも表示された本たちを、すべて貸出してしまおうと思った。

「あれ?」

 しかし、その本を探そうにも『貸出不可』というラベルがついている。貸出ボタンがグレーになり、押せなかった。

「…これも?」

 2番目に表示された、『異種間遺伝子多様性と継承メカニズム──シープ特性の境界線』という本を選択する。貸出不可だった。

 5件、表示されたすべての本を見る。全て貸出不可となっていた。

「えぇ…?」

 せっかく書籍を見つけ出せたのに、こんなことってあるか?困惑しながら、途方に暮れる。

「せめて、タイトルだけでも……」

焦るようにして、H.I.Dでスクリーンを撮影する。

 司書はいないか、図書館を見渡した。どうにか読めないか、相談してみたい。

 奥の棚の裏に、司書らしき人物を見つける。俺は駆け寄って声をかけた。


「あ、あの!」

「いかがされましたか?」

「本を…探してて。この、本なんですけど」


 さっきのスクリーンを写した画面を見せる。見せられた司書は、しばらく固まったと思うと、無機質な声で答えた。

「大変申し訳ございません。こちらの本は、現在貸し出しができません」

「それを、どうにか読むには───」

「こちらの本は、現在貸し出しができません」

 同じトーンで繰り返した。

 そこで俺は気づく。この司書は、ロボットだ。


「…すみません」

 諦めた俺は、司書から離れた。おそらく返答が変わることはないだろう。

 もやもやとした気持ちのまま、俺はまた小型ロボットの前に戻った。沈んだ気持ちで、ホルネア監獄に関する本を調べる。

「124件ヒットしました」

 という音声と共に、本が表示される。

 俺は上から5冊、表示された本を選ぶ。さっきとは打って変わって、どの本も貸出ボタンが赤く色付いていた。

「…なんなんだよ」

 そう言いながら俺は、借りた本を手に持ち図書館を後にした。





 オフィス内は電話や同僚同士でやり取りする声が飛び交っている。キーボードを叩く音が加わり、フロア全体が騒がしかった。

「この時期にアルバイト希望なんて助かるよー、早速明日からこれる?」

「はい!」

 ジルは予定通り、面接に来ていた。

「今結構立て込んでてね。簡単な業務を振るつもりだけど、わからないことがあったら言ってね」

「ありがとうございます!」

 ジルの、バイト先とは────


「クロード所長。データ管理システムの方ですが…」

 ニナ・カロリプスはタブレットを片手に、クロードに報告に来たところだった。

「外部機関から返答は来たか?」

「まだです。データの量が膨大すぎて完了までまだかかると。」

「…そうか。あぁクソ、一体どこの誰がこんなこと────」

 ハスフィニット社のシープの医療データ管理は、外部の民間企業に委託していた。今回のハッキングの件で、他のデータへのハッキングがなかったのかを確認させ、漏洩している情報の炙り出しが最重要事項となっていた。


「こんなにすんなり雇ってもらえるとはなぁ。」

──ジルが雇われたのは、ドナの母親のデータが削除された、その現場だった。

 ドナの母親の遺伝子データが削除されていたという結果を聞いたとき、ジルは思った。外部からの侵入は、誰なのか?それを突き止めようとしても、セキュリティの高まった後に外から調べるのはなおさら難しい。なら、内部から攻めよう。その結果、ジルは委託先を割り出し現在に至るのである。


 職場はかなり慌ただしい。それもそうだ、昨日のハスフィニット社の情報漏洩によって管理システムの見直しが早急に行われているのだから。猫の手も借りたいというこの状況の中、アルバイトという形で内部に潜り込むのは驚くほど簡単だった。


 もちろん、アルバイトということもあり肝心のハスフィニット社のデータをすぐに触らせてもらうことはできない。ここからどう忍び込もうか。

「ノートンくん、ちょっといいー?」

「はーい」





「ふーん……」


 ドナは家に帰り、図書館で借りた本を読んでいた。帰りにコンビニで買ったノートに覚えておきたいことをまとめていく。

 背後から扉の開く音が聞こえる。仕事終わりのシリルが帰ってきた。

「ただいま。何か収穫はあったか?」

「ちょっと図書館に行ってきた。二つくらい、あったかな」

「それならよかった。私も知り合いから聞いた情報があるから、交換しよう」

 シリルが椅子を引き、隣に座る。

「…なんの本だ?」

「ホルネア監獄について。でもほぼハズレだった。まともなのこの一冊だけで、そのほかは小学生が読む都市伝説本みたいなやつ。陰謀論めいた内容が多くて読めたもんじゃなかった」

「なになに?ホルネア監獄の発見方法について───はは。確かにこれが本当ならこの本はとっくに検閲を受けているな」

「だろ?でもこのまともな本はすげぇ役立ってる。この本は、今公開されてる9つの刑務所がそれぞれどんな罪で収容されているのかなどを示してる。つまり、ホルネア監獄に入るのは、ここに載ってる罪よりも重い、ってことだよな」

「…まあそういうことになるな」

「つまり、刑法について調べて、差し引いていけば可能性のある罪状がある程度絞り込める」

「なるほどな。それは確かに一理あるんだぞ」

 シリルは人差し指を下唇に当てながら納得した様子だった。

「…さっき言ってた収穫の、二個目は?」

「…図書館に、俺の親父が書いた本があった。読めなかったけど」

「!」

「5冊くらいあったんだけどさ、どれも貸出不可で。どう考えてもおかしいよな」

 あの司書の反応を見る限り、偶然貸し出されたなんてありえない。何かの圧力がかかっているとしか思えなかった。

「…もしかして俺の親父の本、誰かにとって都合の悪いことでも書いてんのか?」

「…わからない。ただ、今のを聞いて教授のIDが消されたあたりから、全ての痕跡が消されようとしていることだけはわかった。」

 シリルは考え込んだあと、意を決して言った。


「………よし。大学へ行こう。もう一度教授の痕跡を探す」

「俺もそれ考えてた。どうやったら大学に入れるか聞こうと思っててさ。」

「…今週末、街を案内する予定だったが変更でもいいか?」

「いーよ。その感じなら、入れるんだな」


 親父が昔居た大学。俺が知らない、確実にいたという場所。

「…シリルは何を聞いたんだ?知り合いから」

「ちょっと裁判官志望の友人がいてな。まだ学生とはいえ私よりは精通しているはずだから尋ねてみた」

「おぉ、どんなことがわかったんだ?」

「この国では、重罪に問われる罪になっても報道されないことがある、ということだ。」

「…そんなことあるのか?」

「私も気になって、報道されるかどうかの違いを聞いてみたんだぞ。報道される時は、明らかにその罪が暴力的であることや、犯行が単純な時。例えば、大量に人を刃物で殺した、などだな」

「…じゃあ、逆は?」

「恐ろしく難解な手段で罪を犯した時だ。知能犯罪が世の中に共有されてしまうのを防ぐためだそうで、模倣犯が現れると厄介な方法での犯罪の場合、どれだけ重罪であっても世に公表されることなく裁かれる、らしい」

「……なるほど」

 そもそもの知的水準が高いシープなら、模倣してしまうのも簡単だろう。それを規制する労力を考えると、ハナから報道しないというのは合理的な選択だ。

「……それ、調べようなくね?」

 さっきまでの手応えのようなものが消えていく。

「そんなことはない。どんなに複雑なことを行ってもそれは何か名前のついた罪として裁かれているはずだ。」

「まぁ、そう…なんだろうけど」

 俺は正直、心が折れそうになっている。片っ端から模索をしているが、その度に可能性が次々と消されていくばかりだからだ。


「…まぁ、考え込むだけだとアイデアも浮かばない。ちょっと外にでもでて、リフレッシュするか」

 シリルが言うとやけに説得力があった。行き詰まった時、この間の丘に行っているのを知っているからだろうか。


「…よし。ドナ、ついてこい」

「え?」

 

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