15.行方
「…下がったな」
ピピピ、と鳴った体温計を見ると平熱を表示していた。
シリルの風邪はほとんど治ったらしい。
「ドナのおかげだぞ」
縮んだ冷却シートをツノから剥がす。ぬるくなったそれを、ゴミ箱に捨てた。
「でもまだ病み上がりだし、あんま無理はすんなよ」
「大丈夫だぞ、でも今日も家にいた方が良さそうだな」
ピンポーン、とインターホンが鳴る。
「…俺なんか宅配頼んだっけ?」
ドナはそう尋ねながら、玄関に向かった。
「はい」
「ドナくん元気〜?あ、聞くべきはシリルの方か」
ジルの声が聞こえる。
はっとして携帯を見ると、俺が「シリルが熱を出した」と連絡したきり大量のメールが届いていた。もちろん気づいていなかったため、全て無視した形になっている。
「だからって直接来るか?!」
「やー、風邪が
確かに、それもないとは言い切れない。返信がなければなおさらだ。
丁寧にジルは、冷たい飲み物やゼリーなどを駅前の薬局で買ったであろう袋を手に下げていた。
「シリルの風邪下がったし、家入ってくか?」
「え、いいの?じゃあお言葉に甘えて」
夏の暑さに負けたジルは、俺の提案に乗った。
それに、どうしてもジルには、昨日のことを話しておきたかった。
「…ってことだったんだぞ。」
昨日の2人の話の流れを、ジルに説明する。柔軟なジルでも、にわかには信じられないという顔をした。
「…あれ、ドナくんはじゃあなんでホルネアにいないの?」
「そこなんだよなー」
ドナは、半シープという一番曖昧な立場にいた。ツノはないため非シープという枠組だが、一応母親はシープである。
「…たださ」
ジルとシリルがジルに視点を向ける。
「俺、もしもツノが生えてたら、シリルと同じホルネアで生まれ育ってたんだよなって。そう思うと、人生ってなにかの掛け違いだけで、こんなにも大きく狂うんだって思った。」
もしもツノが生えていれば、俺はシープとして扱われ、ホルネアから出ることはできなかった。しかし、今頃両親と過ごせてたはずでもあったのだ。
「…ドナくんのお父さんは、シープのお母さんと結婚して、永住権を得ていたんだよね?なら、ドナくんも永住権を得られるんじゃないの?」
ジルがゼリーのスプーンのビニールをいじりながら聞く。
「…おそらくだが、ドナはまだ契約書を結べる年齢じゃなかったんじゃないか?」
「え?」
「ホルネアでは15歳で成人とみなされ、あらゆる契約書が効力を持つ。」
15歳。俺はそっちだともうとっくに成人なのか。
そう考えると、シリルが同じ年で働いているのも納得がいく。
「ホルネアで非シープが生きていくとなると、シープ同様に生きていくことを強要される。今後ホルネアからは出られないし、骨を埋めるのはホルネアの中だ。」
一度ホルネアに入った非シープは基本的に、シープ同様にホルネアの外へは出られない。ホルネアにとっては技術は国の資源そのものなので、そこは厳重に取り締まっているだろう。
「…ドナが生まれてすぐに、親が代わりに契約してしまうと、ドナの人生がそこで決まってしまう。だから、ドナに判断ができる年までホルネアの外に預け、成人年齢でドナに選択させるつもりだった、と考えた方が自然だ。」
「…確かに、俺は親戚の叔母さんに、『15まで預かる予定だが、その後は自分で好きにしなさい』と言われた。その時に、俺は契約者を書くか判断させられるはずだったのか?」
しかし、実際はそうなっていない。親からの連絡は何もない。
「ドナが15の時には、もう教授は失踪していたんだぞ。もしかすると、その時を待っている間になにかあったのかもしれないな。」
一つの仮説が終わった。
そして、次の話題にはいる。
「…そして、これは考えたくないのだが」
シリルは重苦しい調子で口を開いた。
「……教授の遺伝子が、一番強く反応したのはドナだった。血を引いているから、それは理解できる。けど──」
ずっと、考えたくなかった。そんなことはないと、自分に言い聞かせてきた。
「なら、教授の本当の場所はどこなのか、だ。遺伝子反応が出なかったということは、もう、教授は、もう」
目を伏せながら、シリルは続ける。
親父は、もうこの世にはいない─────
シリルはそう、予想していた。
「私も、最初は装置のミスだと疑ってやまなかった。でも、この装置がちゃんと起動していたとしたら、そう考えるのが自然じゃないか。」
「……」
ずっと会ったことのない両親だ。生きていても死んでいても、影響はなかったはずだ。
それでも、ドナは深く暗い底に突き落とされたような気持ちになった。ずっと会ってみたいた思っていた両親はもう、いない。
黙り込んだドナを見て、シリルは裾を掴んだ。
「…ホルネアの中でも、一番厳重なところってどこだろう」
「は?」
ジルが急に疑問を口にした。
プラスチックスプーンの端を、カリカリと爪で弾く。
「いや、ドナくんのお父さんがもういなかったとしたらさぁ、IDまで消すの逆に違和感ある気がするんだよねぇ」
悲観的になっていて気づかなかったが、言われてみたらそうだ。肉体を消すだけでなく、IDまで抹消する必要とはなんだろう。
「単に物理的に消すだけならIDは残して死亡したことを記載するでしょ。でも、そうはしてない。表面上は消したように見せて、本当はどこかに隠している。そっちの方が、しっくりこない?」
スプーンを自身の唇に当てながら話すジル。根拠の薄い話なのに、不思議と心の暗がりに小さな光が差し込むのを感じた。
「……逆に考えてみよう。もし教授がまだ生きていたとして、今もどこかにいるとしたら?」
「……」
「電波も入らないような、あらゆる通信もブロックし、物理的に侵入を防ぐような、そんなところ。遺伝子反応をみる装置って、対象の遺伝子から発せられる微弱な波を感知して場所を特定するんでしょ?でも、それすら妨害できる、厳重な施設があったとしたら?」
「………あ!」
シリルは脳内でパチンと弾けるように、あらゆる情報の中から、その場所を浮かび出した。
「一箇所だけ、あった……ホルネア監獄だ」
「!!!!!!」
「……あそこは、ホルネアの中でも最高機密扱いの施設だ。出入りは軍事関係者に限られ、記録すら外部には一切出ない。もし教授がそこにいるなら、反応が出ないのも納得できる…!」
国民IDから何まで、全ての痕跡を消された親父。何かの罪に問われ、監獄に収容されていたら。
まだ、生きている。たとえ罪に問われていても。
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