中世雑学エトセトラ⑭ 獅子の紋章Ⅵ 鳥が象徴するもの
§エセルレッド
10歳で王位についた少年王。
彼には無策王や無思慮王なんていう不名誉な綽名がついています。平和王と謳われたエドガーとは大違い。
でも、そんなあだ名の元になっているのはUnreadyという言葉です。これは古英語に由来しており、「悪い助言を受けた王」という意味合いがこめられているんだそうです。
……確かに。
即位当初から混乱していたエセルレッドは、賢人会議を軽視したそうで、各地の有力者と対立。さらに再びヴァイキング(デーン人)の脅威にも晒されます。当時のデーン人の拠点は、ユトランド半島イェリング朝デンマーク王国でした。
当時のデンマーク王国は結構強かったんです。
985年にデンマーク王に即位したスヴェン王は、ノルウェーの王でもありました。
度々来襲するデーン人に、エセルレッドが取った策はお金での解決策でした。
お金あげるから国を荒らさないでくれ、ということですね。
まあ、でもそれは結局デーン人に対して抑止力にはならず、むしろ呼び寄せる結果になりました。
それで、ついに1002年に聖ブリセの日の虐殺を起こします。
国内にいるデーン人を抹殺したんです。でも、これがスヴェンの怒りと侵攻の口実を与えることになり、当時の大都市であったオックスフォードを焼き討ちします。そして、ついに1013年イングランドはスヴェンによって征服されます。これが、デーン朝の始まりです。
王位を追われたエセルレッドは二番目の妻、エマとその子であるエドワード(後の懺悔王・証聖王)とアルフレッドを連れてノルマンディー公国へ逃げます。
なぜなら、エマがノルマンディー公の娘だったからです。
ですが、1014年にスヴェンは急死。スヴェンの部下たちは長男のハーラルに忠誠を誓いましたが、彼はイングランドの王にはなりませんでした。
ハーラルはデンマーク王、ハーラル2世になったんです。お父さんのスヴェンはノルウェー王も兼ねていましたが、スヴェンが遠征に出たりしている間に、ノルウェーでは旧王族の血を引くオーラヴ2世が力をつけてきていたので、ノルウェーの王にはなれませんでした。
そして、イングランドの王としてスヴェンの部下たちは次男のクヌートを推します。なのですが、バタバタしている間にイングランドの有力諸侯たちがエセルレッドを呼び戻します。
この時期、イングランドのウェセックス朝、ヴァイキングのデーン朝(デンマーク)、ヴァイキングが移住してできたノルマンディー朝(フランスの北西部)と3つの王朝がありました。
ひとまずイングランドには、王様候補が二人いる感じになっちゃいました。まあ、揉めますよね。
しかも、エセルレッドがやっぱり求心力がなくて。なおさら大変でした。
彼、呼び戻されたはいいけれど、有力貴族たちとの間で誓約をさせられます。
「前みたいな悪政を改めるなら、全部水に流してやる。これから心を入れ替えて立派に統治してくれるなら我々は協力しよう。デンマークの王を力をあわせてイングランドから排除する」
とまあ、こんな具合でした。上下関係が逆転しています。
これが、「王と臣下の間に結ばれた最初の記録上の協定」なんですって。
1015年、クヌートは再びイングランドへの侵攻を始めます。
その翌年に、エセルレッドは病死します。それで結果的にはクヌートがイングランドの王様になる……のですが。
それまでにある色々も結構すごいんです。
§エドマンド剛勇王
エドマンド剛勇王ことエドマンド2世は、エセルレッドと最初の妻の子です。剛勇王という異名は、デーン人との戦いっぷりからつけられたそうです。
お父さんとは違ったタイプみたいですね。
兄弟は結構たくさんいたんです。でも、次男だったエドマンドは長兄が亡くなるとなんと王位を狙いました。
お父さんから王位を簒奪しようと企んだんです!
24歳の時でした。
そして、父さんも父さんで。エドマンドの親友二人を処刑しちゃうんです。
なんで~???
いやがらせ? そんなわけないか……とも言い切れないのかなあ??
で、エドマンドは親友の未亡人のうちの一人と結婚します。彼女は父王によって修道院に幽閉されてました。父の反対を押し切っての結婚です。これが25歳。
そんなこんなをしている間にクヌートが攻めてきて、エドマンドはなんとノーザンブリア伯と手をくんで父と戦争します。でも、ノーザンブリア伯がクヌートに屈したので父と和解しました。
和解後に父王は死去。エドマンドが王位につきます。
何度も攻めて来るクヌートにエドマンドは勝利していたのですが、アッサンドゥーンの戦いで決定的な敗北を喫します。
ですが、クヌートもそれまでのエドマンドの勇猛さを見ているからか、彼がもちかけた交渉のテーブルについてくれます。
そこで取り決められた約束というのが、
・エドモンドはウェセックス王国を治める。
・クヌートはテームズ川以北を治める。
・生き残った方が、先に亡くなった方の土地を譲り受ける
というものでした。
そしてまもなくエドモンドが死去。なんと在位期間はほんの7カ月ほどでした。クヌートは約束通りエドモンドの領地を譲り受け、賢人会議で彼の王位が正式に認められました。
これが1016年。
イングランド王、クヌート一世の誕生です。
って、やっぱり怪しいですよね~。エドモンドは暗殺されたと言われていますがまあ確証はないということです。
§クヌート王
クヌートのシンボルは、鳥でした。
でも、見た感じ鷲とはちょっと印象が違います。一羽の大きい鳥がデキスターを向いているのですが、ぱっと見はカラスに近いなと思いました。
なぜにカラス?
ということで調べてみました。
そこで、クヌートはヴァイキングです。ヴァイキングのシンボルって結構たくさんあったみたいです。その中には、馬(八本足)やイノシシ、ドラゴン、ウロボロス、ルーン文字なんかもあります。
ドラゴン、出てきましたね。
ドラゴンは北欧神話にも出てきます。北欧神話はキリスト教以前から広く知られていたものでした。世界樹(ユグドラシル)が有名でしょうか。あとはオーディン、とかかな?
ドラゴンにも色んな種類があるのですが、宝を守るドラゴンもいますよね。これはヴァイキングが好みそうです。あと略奪と破壊の象徴でもあったのだとか。
彼らは、ルーン文字を使っていたようです。ルーン文字というと古代のアルファベットみたいなものなのですが、その文字自体が魔法、魔術的な価値を持っていると言われているものです。今でも、占いやおまじないとかで使われてたりしますよね。
彼らが北欧神話に馴染んでいたのは確かなようです。
そこに出てきたのがカラスでした。
§カラスが象徴するもの
北欧神話の主神オーディンには、二羽のカラスが仕えていました。
名前はフギン(思考)とムニン(記憶)。この二羽が世界中を飛び回り情報をオーディンの元に毎日持ち帰った、とされています。特にムニンが戻らないことをオーディンは恐れていた、とも。
記憶が戻らないことは、神様だって怖かったのかもしれませんね。
北欧神話でカラスは「見えないものを見る力」「深く考える心」の意味するものでした。
また、カラスは一般的に「知恵」と「死」の象徴と考えられていました。
カラスって賢いですもんね。そして、戦場や死体の近くに現れていたところなどからそのように考えられたようです。
そして、興味深かったのが、カラスの黒い羽は「闇の中に光を見つける力」の象徴だということでした。
分りにくいこと、怖いこと、見たくないものの中にこそ本当の知恵がある。
確かに……!
自分の目で確かめること、表面的なことだけでなく深く思考することは大切ですものね。
ということで、クヌートのシンボルであるあの鳥は、北欧神話由来のカラスではないかと思いました。
……でもそれだと二羽いる方が自然なような気も……。
§鷲?それとも鷹?
ということで、結局北欧神話についてちょこちょこ調べてしまいました。
世界樹ユグドラシルのてっぺんには、巨大な鷲が止まっているんだそうです。
でもこの鷲には名が無いんだそうです。
それなのに、この鷲の目と目の間には”ヴェルズウェルニル”という名の鷹がいるんですよ。そして詳細は語られていないのですが、その鷹が象徴するのは「全てを見通す目」「神々の目となる存在」。
そして、鷲はオーディンが詩の蜜酒(ミーミルの蜜)を巨人たちの元から盗み出した時の神話にも登場します。
なんでも、ミーミルは知恵と詩の力が得られるとか。
巨人スットゥングのところへ潜入したオーディンが変身や策略を駆使してミーミルを飲んだ途端、鷲に変身したんだそうです。それで逃げたらしいのですが、追う巨人も鷲になって空で壮絶な追走劇が繰り広げられたそうです。結局オーディンはアースガルズへ逃げ帰り、そこでミーミルを吐き出して神々や人々に知恵と詩の力を分け与えたのだそうです。
う~ん。なんか、もうちょっと方法なかったのかな、なんて思っちゃいました(苦笑)それにしても、神様たちって結構俗っぽいですよね。ギリシャ神話とかもそうですけど。
こういうのを読むと、やっぱり鷲や鷹のような気もしてきます。
むむむ。
鳥全般に神聖なイメージや知恵や風のイメージがあるのは確かなので、それをクヌートが好んだのかもしれない、……というところまでで留めておくことにします。
鳥の種類までは、ちょっと特定するには情報がイマイチ足りませんので。
次回は、クヌート王が作った北海帝国や二人の王の妃になったエマの話ができたらなあと思っています。
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