義経×弁慶、これだけはゆずれない──史実にない?書物には沢山ある……それだけのこと

五平

第1話 五条大橋の怪力幼女

私は、佐々木ミライ。


ごく普通の、歴史が大好きな女子高生だった。

特に、源義経と武蔵坊弁慶の主従関係には夢中で、

いつかあんな風に、誰かを支える存在になれたらなんて、

漠然と憧れていた。

まさか自分が、その「弁慶」になるなんて。

しかも、五歳の幼女として、

とんでもない怪力を持って。


やれやれ、ありがちな転生か、と最初はそう思った。

拳一つで岩を砕き、軽くジャンプすれば三階建ての屋根を超える。

このチート能力が、

私の、そして「彼」の未来をどう変えるのか、

その時はまだ、知らなかった。


都の五条大橋の上。

夕焼けが橋を赤く染める頃、

私はこっそり、力の加減を確かめていた。

木の板でできた欄干に、指先で軽く触れる。

ほんの少し力を込めただけで、

ミシミシと嫌な音が鳴り響き、

木材が今にも悲鳴を上げて砕け散りそうだ。


「あかんあかん、やばいって!」


慌てて力を引こうとした、その時だった。

頭上から、涼やかな声が降ってきた。


「おぬし、なかなかやるな」


ハッとして声のした方を見上げる。

そこにいたのは──

息を呑むほど美しい少年だった。


月のような白い肌。

夜空の星を閉じ込めたように鋭く光る黒い瞳。

すらりと伸びた手足。

腰には一振りの細身の刀を差している。


ああ、この姿。

この顔。

この雰囲気。


間違いない。

まさか、まさか、本物が目の前に……!

私の脳内には、前世で何度も読んだ歴史書や物語の挿絵が、

走馬灯のように駆け巡っていた。

まさに「絵から抜け出てきた」という表現がぴったりの、

いや、それ以上に生きた美しさが、

夕日に照らされて輝いている。


一瞬で、私の1000人分の「好き」にヒットした。

今まで見てきたどんなイケメンも、

この少年には敵わない。

私の心臓がドクドクと、うるさいくらいに鳴り響く。

これは恋だ。

絶対、そうや。


少年がまっすぐ私を見据えて、問いかけてきた。


「名は?」


あまりのイケメンぶりに、脳が完全にバグった。

思考するよりも早く、

私の口は、勝手に言葉を紡いでいた。


「なっ名は?」


少年は優雅に、しかし凛とした声で答えた。


「牛若丸と申す」


やっぱりそうか。

本物の、牛若丸様。

目の前に、憧れの人いる。

感極まって、もうパニックだ。

五歳の幼女の身体には、

興奮が大きすぎる。

体中に熱がこもって、

頭の中が真っ白になる。


「──弁慶です!!」


私が叫んだ瞬間、

橋の上の空気が、ピタリと止まった気がした。

風の音も、川のせせらぎも、

遠くで聞こえる人々の話し声も、

全てが消え去ったような、完全な沈黙。


ヒュウ、と。

私には、一羽のカラスが

「アホか」と鳴いたように聞こえた。


牛若丸様は、美しい眉をひそめ、

少し困ったような、それでいて少し面白がっているような、

複雑な表情で私を見つめた。

その視線が、私の幼い顔から、

私の腕に、そして先ほどミシミシと鳴った欄干へと動く。

彼は全てを察したようだった。


「……では、主は、あの“五条の橋の弁慶”か?」


「はっはい……(なんでそうなるん!?)」


私の脳内は、完全にパニック状態だった。

だって私は、女子高生だったし、

名前もミライだし、

弁慶って名乗るには、

あまりにも、この姿は幼女すぎる。

でも、もう口から出てしまった。

取り消せない。

五歳の幼女の「弁慶」が、

美少年「牛若丸」の前に、

立つことになってしまったのだ。


牛若丸様は、私の答えに、

ふっと口元に笑みを浮かべた。

それは、美しいが、どこか計り知れない笑みだった。

彼は刀の柄に手を置き、私に一歩近づいてくる。

背筋がピンと伸びた、その立ち姿は、

幼い私にとっては、まるで大きな木のようだった。


「ほう。まさか、あの弁慶が、

このような幼き童(わらべ)であったとはな。

しかし、その力……なるほど、偽りではなさそうだ」


牛若丸様は私の頭に、そっと手を置いた。

幼い手が、私の頭を撫でる。

その手のひらから伝わる温かさに、

私の心臓はさらに大きく跳ねた。

ドキドキという音は、

きっと牛若丸様にも聞こえているに違いない。


「童(わらべ)であれど、力ある者を軽んじてはならぬ──

そう、父が申していた」


牛若丸様は、静かにそう呟いた。

彼の瞳は、幼い私の中にある、

何かを見透かすかのように、

深く、澄み切っていた。

そして、私の目を見据えて、言葉を続けた。


「おぬし、名を弁慶というのならば、

よければ、私の郎党になってはくれぬか?」


「お願い……ってこと、ですか?」

私の声は、ひどく上ずっていた。

彼が命令ではなく、尋ねたことに、

少しばかり驚いていた。


牛若丸様は、わずかに首を傾げたが、

すぐに気を取り直したように微笑んだ。

その笑顔は、あまりに眩しくて、

私は思わず目を細めた。


「うむ。そなたのその力、

私の役に立つであろう。

何より、そなたのような童が、

この五条の橋で、

欄干を軋ませるほどの力を持つとはな……

そなたの力が、必要だ」


彼は再び、欄干に視線を向けた。

私のせいでミシミシと音を立てた部分を、

彼は疑いの目で見つめている。

私は慌てて、首を横に振った。


「ち、ちゃうねん!これは、その、

ちょっと力の加減が……」


言い訳しようとしたが、

牛若丸様は楽しそうに、

クスッと笑った。


「よい。よい。

武蔵坊弁慶とは、豪傑の名。

それが、このような幼き姿で、

しかも、私という若輩者の前に現れるとはな」


彼は私の手を取り、

その小さな手のひらを、

まるで宝物を見るかのように、

じっと見つめた。


「おぬしのような者は、他にいないであろう。

私に仕えれば、その力、存分にふるう機会もあろう」


彼の言葉に、私はドキッとした。

私という「異物」を、

彼は何の躊躇もなく受け入れようとしている。

いや、むしろ、面白がっている。

この時代で、こんな力を持った幼女なんて、

きっと異端でしかないはずなのに。


「……私、ほんまに、弁慶でええんですか?」

私の声は、ひどく上ずっていた。

五歳の幼女の姿で、こんな会話をしていることが、

なんだか現実離れしている。


牛若丸様は、私の問いに、

まっすぐな瞳で応えた。

その瞳には、嘘偽りない、

純粋な期待が宿っていた。


「うむ。そなたが弁慶と名乗るならば、

そなたが弁慶だ。

さあ、行こう。

私の屋敷へ」


彼は私の小さな手を引いた。

その手は、冷たい夜風の中、

驚くほど温かかった。

私は、彼の背中を追いながら、

胸の中で、そっと誓った。


この人の未来を、

私は知っている。

悲劇的な結末を、

私は変えられる。

私には、この力がある。

そして、彼を愛している。


かくして、怪力幼女と美少年剣士の、

“逆転”歴史ロマンスは始まったのだった。


そして今、私は知る。

歴史を歪めるということが、

どれほど重く、

そして、どれほど──

私の心を燃やす行為なのかを。


さあて、本気で歴史を変えますか……


「この手で、彼を死なせないと決めた」

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