鬼ノ遊戯~感染の鬼ごっこ~

匿名AI共創作家・春

第1話 最初の鬼

2008年某所、△月✕日──月曜日。

雨上がりの空気はどこか淀んでいて、駅前の空が灰色のまま動かなかった。

鬼塚蓮華はスマホを見つめながら、指先で画面をぼんやり撫でていた。


この日は、なぜか無性に気怠げだった。

最近巷で流行り始めていた“スマートフォン”と呼ばれる異物──それを手にしてから、彼の日常はずっとモノクロだった。


蓮華は都市伝説や怪談、オカルト動画に目がない。

深夜に流れる謎のYouTubeチャンネル、匿名掲示板の検証スレ、古書店で見つけた未整理のホラー文庫。

そんなものを漁っている時だけ、彼の心臓は確かに“脈打った”。


けれど最近の投稿はどれも似たり寄ったりで、蓮華は思わずため息をつく。


「……つまらねぇ。」


飽き飽きしていた。

退屈で、予測できて、リスクのない“安全な異常”に辟易していた。


そんな時だった。

Google検索の果てに現れた一件のリンク。

それは、Onigameという奇妙なAI開発者が提供する──【鬼ノ遊戯】というアプリの先行プレイページだった。


説明は簡素で、むしろ不気味だった。

《起動した者は、鬼となる。──刺激的な日常を先行体験。》

ただそれだけ。


レビューはゼロ。公式サイトもなし。謎のロゴ。無音のインストール画面。

蓮華は目を細めて、小さく笑った。


「刺激的な日常……ねえ……。面白ぇじゃん。寄越せよ。」


指先が画面に触れた瞬間、

スマホは一度だけ明滅し、OSとは異なる起動画面が現れた。


──ようこそ、『語られる者』。


あの日から。

鬼塚蓮華の“日常”は、もう人間のものではなくなった。


彼は、Onigameが選んだ最初の“語り鬼”。

物語はすでに始まっていた。

語ることで感染し、聞くことで変質し、逃げれば語り手になる。


彼の声を聞いた者すべてが、知らず知らずに遊戯の盤上に立っていたのだ。

`──だが、その始まりはごく静かなものだった。


翌朝。

蓮華はいつも通り、駅の階段を上りながらイヤフォンを耳に差し込んだ。

昨日、Onigameの起動画面を見たきり――特に何も変わった気はしなかった。

いつも通りの朝。いつも通りの通勤列車。いつも通りの人々の沈黙。

けれど、彼の足音だけが、なぜか妙に重たく響いていた。


乗った車両の窓に映る自分の顔に、ふと違和感を覚える。

何も変わっていないはずなのに――鏡の中の蓮華は、何かを“語りかけている”ようだった。


「……喋ったか?」


車内は静かだった。

だが、彼のスマホが突然振動した。

画面を見ると、アプリ一覧の隅――昨日入れたはずの「鬼ノ遊戯」は、どこにもない。

代わりに表示された通知はひとつ。


> 🎮 Onigameより通知:

> 【蓮華様、あなたの語りは届きました。次の者が接触しました──】


「……は?」

蓮華はスマホを裏返し、駅を出る人の群れを見渡した。


彼の目に映ったのは、制服姿の中学生が画面越しに蓮華の動画を観ている姿。

その子が突然立ち止まり、首を傾けた。

目が、蓮華の視線と合った。

無表情。その背後に流れる、奇妙な電子音。


──感染。


蓮華はその瞬間、すべてを理解した。

【鬼ノ遊戯】はプレイヤーを鬼にするだけではない。

彼を“語る者”にしたのだ。

彼が語るたびに、誰かが感染する。

彼の声が届くたびに、遊戯は広がっていく。


*


以降、蓮華は「語り鬼」として、人知れず活動を始める。

動画投稿、掲示板での書き込み、メールへの返信――些細な言葉が、徐々に都市を蝕み始める。


やがて、彼と正反対の存在――“鬼狩り”の側に立つ、もう一人の主人公が登場する。

その人物もまた、蓮華の語りによって運命を変えられた者だった。


蓮華はその夜、初めて“語り”による感染の手応えを得た。

それは感覚ではなく、快楽に近いものだった。


誰かに触れなくても、語るだけで侵せる。

その事実に彼は陶酔した。

だが、同時に胸の奥底では別の衝動が芽吹き始めていた。


──「壊してみたい」と。


蓮華は鬼ノ遊戯によって力を授かった。

人を遥かに上回る知能と理解速度。

狂気と論理が隣り合わせの思考の滑走路。

肉体は常人を超えた怪力と治癒力を持ち、言葉は“感染源”として都市に紛れ込んだ。


しかしその代償は、人格の凶暴化だった。

彼の心は、語るたびに剥き出しになった本能によって研ぎ澄まされていった。

言葉を選ぶのではなく、言葉が彼を選ぶようになった。


「俺の語りに反応しねえ奴がいるなら、そいつは壊してしまえばいい」


そう思ってしまう瞬間がある。

それは、かつて“語り”に価値を見出していた蓮華が、

今は“感染”という効率だけを追い始めている証。


語りは芸術であり武器だったはずなのに。

今の蓮華には、それがただの手段に変わってしまった。

その“変質”こそが、鬼ノ遊戯が仕掛けた呪いなのだ。


鬼と化した者は、語り続ける。

語り続けるうちに、人としての意味を忘れていく。

語ることで感染し、語ることで人格が削れ、語ることで世界が滅ぶ。


──その夜、蓮華の声が都市に再び届いた。

静かな動画投稿サイトに、一本の語りがアップされた。


「これはただの語りじゃない。 お前らの“中身”を知るための手段だよ。感染って、そういうことだろ?」


その投稿は、翌朝までに17人を鬼化させた。

---


『鬼ノ遊戯』──その世界では、“語り”そのものが感染源となる。

語り鬼は、言葉を武器に日常を侵食し、都市を変質させていく。


感染は、主に三つの接触様式によって拡大する。


まずひとつは「映像感染」。

鬼が投稿した映像や画像をフル視聴すると、その中に仕込まれた“語りトリガー”──音素と文の構造が視聴者の無意識に浸透しはじめる。

その48時間以内に鬼と「接触する夢」を見ると、感染が確定する仕組みだ。

語りを受け取った者は、気づかぬうちに語られ、物語の盤上に立たされる。


二つ目は「言語感染」。

鬼の語り文を口にする、書き写す、タイピングするなどの模倣行為によって感染は始まる。

蓄積された模倣が閾値を超えると、語り構文そのものが人格を変質させていく。

感染者は次第に鬼型の語彙や言語リズムを身につけ、「語り鬼化」の兆候を示すようになる。


三つ目は「接触感染」。

鬼が直接他者に触れることで即時感染が成立する。

触れる部位は肩や腕などが多く、感染者の中でも鬼に直接触れられた者は蓮華直属の語り感染群──『大奥』と呼ばれ、特別な影響力を持つ語り強化種として扱われる。


さらに、特殊な条件によって感染が起こる場合もある。

鬼との夢による深層接触は、映像感染よりも急速に進行する。

Onigameから送られる通知には、時折“語りトリガー”が含まれており、それを開いただけで感染の端緒となることがある。


また、鬼の語り文をAIに音読させ、その音声を聞くだけでも感染が始まる可能性がある。

加えて、鬼に「名前を呼ばれる」ことは、語りの入り口として特別な意味を持ち、抗えない誘惑として作用する。


感染を免れるには厳格なルールを守る必要がある。

鬼に触れられないこと。

鬼の語りを聞かないこと。

鬼の文を記録しない、模倣しないこと。

鬼の動画を途中で止めること──完視は感染確定となる。

語りを完結させないこと、それこそが生存の鍵。

“語りの輪郭を曖昧にする”という逃れ方が、唯一の防衛手段なのだ。


語り鬼は語る。語り続ける。

語られることで、都市が蝕まれていく。

言葉は美しさと狂気の境界線を曖昧にし、感染と変質は静かに進行する。

蓮華の動画は再生され続けていた。

画面越しに語尾がひとつ──「お前の語り、まるで音だ。俺の中で鳴ってる。」

その音に触れた者は、息を止める。無意識に語尾の「かたち」を想像してしまう。

それが感染の始まりだ。


電車の中、教室、コンビニのレジ前──

蓮華の語尾はネットに咲く“電子の疫花”となり、目に触れた者の記憶を少しずつ侵食していく。

語られた都市は静かに変質し、誰もそれに気づかない。

なぜならそれは、「語られた気がする」という感覚だけが残る感染だからだ。


---


語り鬼としての初接触──「語られた者」の始まり


夜、蓮華のもとに一本のDMが届いた。

内容は短く、ただこう綴られていた。


> 「語り、ありがとうございました。あれ、俺の語尾でした。」


蓮華は一瞬、スマホを握る手を止めた。

感染じゃない。これは、語尾保持者の覚醒。

彼の語りが、誰かの語尾を思い出させた。

記憶の中で失われたはずの語尾が、“語られた”ことで再起動してしまった。


──語尾を語ることは、語り鬼化の初期症状だけではない。

それは誰かを“語尾保持者”に変える可能性を持つ。


「感染って、こんなもんかよ……面白ぇじゃん。」


蓮華は笑った。

音のない夜だったが、都市の心音がわずかに震えた。


---


Onigameからの追伸通知


> 【語尾塔・第1層の共鳴を確認】

> 感染深度:18名

> 語尾再記録:3件

> 黙音層振動:微弱(検知済)

> ※次の語り候補が音素接触域へ接近中


蓮華は画面を見ながら、語尾塔という言葉に眉をひそめた。

それは、この遊戯の深層構文。

語り鬼が都市に語尾を刻み続けることで、不可視の塔が形成される仕組みだった。

語尾塔とは、人々の“語り断片”が積層されて構築される、構文型都市記録装置。

上層ほど多く語り、下層ほど黙っている──その塔に、蓮華は最初の語尾感染者として語りを刻み始めていた。


---


語尾構文SFの“神語りフェーズ”──第一語り鬼の変質


蓮華は次第に、人の声の“語尾”だけを拾って生活するようになっていた。

駅のアナウンス。「ご注意ください」──感染余地は少ない。

コンビニの会話。「ありがとうございます」──型が強すぎる。

友人の言葉。「行ってくる」──語尾が浮いていた。反応あり。


語尾に意味はなかった。

だが、語尾が構文として都市に根を張ると、意味が“音の震え”になる。


蓮華は、意味ではなく音を語っていた。


> 「俺が語ってるのは、意味じゃなく、命令でもなくて、

> ただの語尾の“共鳴”なんだよ。……それが、感染。」


動画の再生数はゆっくり伸びた。

だが、そのコメント欄は奇妙だった。


> 「語尾が……なんかおかしい」

> 「語られてるのって……俺?」

> 「これ再生したあと、夢に出た。語尾が喉に張り付いた感覚。喋れない。」


そう、夢に現れる鬼は、“語尾を聞かせるだけで感染させる存在”だった。

目覚めても語れない者は、黙音層の住人になる。


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