第22話『カレの体温が消えていく』
「……最近、夜が寒いんだよ」
そう言い出したのは、9月も半ばを過ぎた頃だった。
まだ冷房をつけてもいいくらいの気温なのに、
カレ──涼(りょう)は、夜になると毛布にくるまって震えるようになった。
「……誰かが布団の中にいて、俺のぬくもり奪ってくんだよ」
最初は冗談だと思った。
寝ぼけてるんじゃないか、と笑った。
でも──涼の顔は、本気だった。
*
同棲を始めて半年。
ふたりで暮らすこの部屋に、私以外の人間はいない。
それなのに、涼は日に日に衰えていった。
顔色が悪くなり、目の下にくまをつくり、夜は何度も寝返りを打った。
「……布団の中にさ、誰かがもうひとり、寝てるんだよ」
「俺の背中にぴったりくっついて、冷たいのに、離れない」
「何も言わないけど、たまに、吐息が聞こえる。女の声。
……“やっと、あったかい”って……」
笑って受け流すことが、できなくなってきた。
私は決心して、ベッド脇に固定カメラを仕掛けることにした。
*
その夜、いつも通り眠りについた涼は、
寝返りを打つことなく、ずっと同じ体勢で眠っていた。
……まるで、誰かを抱きしめるような姿勢で。
翌朝、録画を確認すると──
深夜2:37。
映像の中で、涼の布団がゆっくりと盛り上がる。
そこに、誰もいないはずの空間に、影が重なる。
画面はノイズ交じりになり、輪郭がぼやける。
だが、確かに見えた。
涼の体に重なるように、細い女の体がぴたりとくっついていた。
女の顔は映らない。
けれど、長い髪と裸の肩、
そして、涼の胸に頬を寄せる“しがみつくような仕草”だけは、はっきりと。
(……誰?)
映像の中で、涼は目を覚まさず、ただただその体を受け入れていた。
まるで、それが自然なことのように。
*
翌朝、涼は無言でベッドを出ていった。
「……少し実家に帰る」とだけ言って。
それが、最後だった。
連絡はつかず、実家にも戻っていなかった。
捜索願も出されたが、手がかりはゼロ。
まるで、人間ひとりが“溶けて消えた”かのように。
……私は、ひとりになった。
*
けれど、それで終わりではなかった。
涼が消えた晩から、今度は私のベッドにその“ぬくもり泥棒”が現れるようになった。
寝入りばな、
誰もいないはずの布団に“誰か”が入り込んでくる。
背中に冷たい手が滑り込む。
髪が首筋にかかる。
そして、耳元で囁く。
「……ねぇ、ぬくもらせて……まだ足りないの……」
(涼を連れて行ったのは、お前なの?)
問いかけようとしたけど、声が出なかった。
ただ、確かにわかったことがある。
──この霊は、“ひとりの体温”では満足できない。
夜ごと、誰かのぬくもりを奪い、
満たされるまで、次へ次へと乗り換えていく。
そして今夜、
布団の中で抱きしめられながら、私は確信する。
これは、愛じゃない。これは、依存。
……でも、それでも。
背中に感じるその体温が、
“涼のものとそっくり”だったことだけが、
胸の奥をじんわりと熱くしていた。
【完】
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