第22話『カレの体温が消えていく』

「……最近、夜が寒いんだよ」


そう言い出したのは、9月も半ばを過ぎた頃だった。

まだ冷房をつけてもいいくらいの気温なのに、

カレ──涼(りょう)は、夜になると毛布にくるまって震えるようになった。


「……誰かが布団の中にいて、俺のぬくもり奪ってくんだよ」


最初は冗談だと思った。

寝ぼけてるんじゃないか、と笑った。


でも──涼の顔は、本気だった。



同棲を始めて半年。

ふたりで暮らすこの部屋に、私以外の人間はいない。


それなのに、涼は日に日に衰えていった。

顔色が悪くなり、目の下にくまをつくり、夜は何度も寝返りを打った。


「……布団の中にさ、誰かがもうひとり、寝てるんだよ」


「俺の背中にぴったりくっついて、冷たいのに、離れない」


「何も言わないけど、たまに、吐息が聞こえる。女の声。

……“やっと、あったかい”って……」


笑って受け流すことが、できなくなってきた。


私は決心して、ベッド脇に固定カメラを仕掛けることにした。



その夜、いつも通り眠りについた涼は、

寝返りを打つことなく、ずっと同じ体勢で眠っていた。


……まるで、誰かを抱きしめるような姿勢で。


翌朝、録画を確認すると──


深夜2:37。

映像の中で、涼の布団がゆっくりと盛り上がる。


そこに、誰もいないはずの空間に、影が重なる。


画面はノイズ交じりになり、輪郭がぼやける。


だが、確かに見えた。

涼の体に重なるように、細い女の体がぴたりとくっついていた。


女の顔は映らない。

けれど、長い髪と裸の肩、

そして、涼の胸に頬を寄せる“しがみつくような仕草”だけは、はっきりと。


(……誰?)


映像の中で、涼は目を覚まさず、ただただその体を受け入れていた。


まるで、それが自然なことのように。



翌朝、涼は無言でベッドを出ていった。

「……少し実家に帰る」とだけ言って。


それが、最後だった。


連絡はつかず、実家にも戻っていなかった。

捜索願も出されたが、手がかりはゼロ。

まるで、人間ひとりが“溶けて消えた”かのように。


……私は、ひとりになった。



けれど、それで終わりではなかった。


涼が消えた晩から、今度は私のベッドにその“ぬくもり泥棒”が現れるようになった。


寝入りばな、

誰もいないはずの布団に“誰か”が入り込んでくる。


背中に冷たい手が滑り込む。

髪が首筋にかかる。


そして、耳元で囁く。


「……ねぇ、ぬくもらせて……まだ足りないの……」


(涼を連れて行ったのは、お前なの?)


問いかけようとしたけど、声が出なかった。


ただ、確かにわかったことがある。


──この霊は、“ひとりの体温”では満足できない。


夜ごと、誰かのぬくもりを奪い、

満たされるまで、次へ次へと乗り換えていく。


そして今夜、

布団の中で抱きしめられながら、私は確信する。


これは、愛じゃない。これは、依存。


……でも、それでも。


背中に感じるその体温が、

“涼のものとそっくり”だったことだけが、

胸の奥をじんわりと熱くしていた。


【完】

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