第20話『ふれたのは、誰?』
誰にも言えなかったことを、
俺はすべて、手帳に書き記していた。
夜、肌に感じた誰かの気配。
肩に残った見知らぬ指の跡。
耳元に囁かれた、知らない女の声。
“怖い”と書くには甘すぎて、
“気持ちいい”と書くには冷たすぎる。
そういった夜の記憶を、ひとつずつ、
手帳のページに綴っていた。
*
書き溜めていくうちに、
いくつか、覚えのない行為の記録が紛れてくるようになった。
「鏡の前で抱かれた」
「耳に指を入れられた」
「浴室で濡らされた」
「背中の中で笑われた」
……俺は、それを書いた覚えがない。
それでも、そこには自分の筆跡で書かれた文字が残っている。
(誰かが、勝手に……?)
いや、違う。
誰かが「書かせている」気がした。
俺の手を使って、
俺の記憶を“書き換えるように”、
その夜の記録を上書きしていく。
ページをめくるたびに、増えていくのは──“見知らぬ快楽の記録”。
*
ある夜、確認のために天井に小型の録画カメラを設置した。
深夜2時すぎ。
布団に横たわる俺の映像に、微かに“揺らぎ”が現れた。
画面が歪む。
ノイズが走る。
そして、次の瞬間──
“半透明の女”が、俺の上に重なっていた。
髪の長いシルエット。
うっすらと笑う唇。
そして、俺の胸に頬を埋めるようにして、ゆっくりと身体を這わせている。
それは、どの霊でもなかった。
1話の、2話の、13話の、どれでもない。
すべての“ふれられた夜”を記録した存在──
つまり、“俺の手帳を読んでいた何か”だった。
*
そして昨晩。
俺は目を覚ましたとき、首筋に何かが書かれているのに気づいた。
鏡の前に立つと、うっすらと口紅でこう記されていた。
「これで、記録は終わり」
驚いて手帳を開く。
最後のページに、こんな言葉が残っていた。
「最後にあなたが抱いたのは、私だけ。
あれからずっと、あなたの内側にいるよ」
指が震える。
でも、目が離せなかった。
その文の下には、俺のサインが添えられていた。
明らかに──自分が書いていないのに、たしかに“俺の字”だった。
*
今夜も、布団に入ると、背中に舌のような感触がある。
誰かが、ゆっくりと、喉のあたりを撫でている。
それは、怖くない。
慣れてしまったのかもしれない。
ただ、たまに思う。
「この手で触れている彼女は、本当に現実にいる“恋人”なんだろうか」
「それとも、ずっと昔に抱いた誰かが、まだ俺の中に棲みついてるだけなんじゃないか」
今となっては、もう“ふれた相手”が誰だったのか、わからない。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
──この体の奥に、
確かに、“誰か”が息づいているということ。
【完】
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