TAFFEES

外並由歌

P-COLORS

01-RIKKI

 くちゃくちゃと音を立てて、もう味のしないガムを噛んでいた。リッキーはビビッドグリーンの発光しそうなガムを好んでいた。味はミントで、甘さはほぼ無く、一度か二度同僚に勝手につままれたがそれ以後彼らに着色料の使用を誇張するようなそのパッケージに手を伸ばされたことはない。上司はよくそんなガムが市場に生き残っているものだと言っていたが、リッキーからしてみればこのガムが自分の手元にないなどという事態は想像することすら難しかった。つまり、考えてもみないのだ。

 機内は飛行の轟音で満たされている。エンジンや両翼が風を切る音で、機体が唸りと悲鳴を上げているようにも聞こえる。彼はその音も嫌いではなかった。しかし、この戦闘機に乗ることが出来るのは彼が今任務を負っているからで、そんな面倒なものに付き合うことは嫌いだった。その為、総計としては少々不機嫌な心境である。

 機体は今、R2という中立国の上空を飛んでいる。領空がない訳ではないのだが、この小さな列島の東側は西側に比べてそのようなルールに甘いところがある。要は、害さえなければ飛んでいても大した問題にならないのだ。勿論そんな国はここくらいなものだったが、それで今まで問題が起きていないというのだから、リッキーはわらってしまう。平和の国というよりは、他国に無関心になっただけではないかという意見も各国で上がっている、というのを以前新聞で読んだが、その考えには賛成だった。机上の空論で成り立っている国なのかもしれない。

 そのことを考えながら、彼はふとハンドルを傾けた。小型の、鼠色をした戦闘機は右回りに旋回する。機体が斜めになったことで変わった側窓の景色を眺めると、針葉樹林を切り開いたところに中規模な施設が建っているのが見えた。所謂学校というものだ。思わず眉を顰める。

 楕円を描く白いラインと、浮かれたカラフルな旗が目に付いた。体操用の制服らしいものを着た人間達がグラウンドで蠢いている。何か競技事をやっていること、それが行事であることは直ぐに理解出来た。

 不機嫌さをより顕著に表情に映して、リッキーは学校を通り過ぎた機体をもう一度旋回させて上空へ持っていく。それから、メーターやレーダーの近くに備え付けられた、虫のようなオレンジ色をしたボタンを二つ押し込んだ。


 何かが大気を切り、落ちていく音がする。その場から離れながら、左手でヘッドフォンのチャンネルを操作する。

 次いで爆音がした。見下ろすと、先ほどの風景は既にない。


「なんだ、どうした」呼びかける前に、上司の声が聞こえてくる。

「ボム二つ落としちゃったんすけど」

「は? 落とした? 何処に」

「なんて名前でしたっけ、東の列島の」

「……R2か!? お前、なんてことを…!」


 落としちゃったものは仕方ないじゃないっすか、と気だるく口を動かしながら、真下の様子を眺める。白い地面が抉れて土が露になっており、そこに散らばる無数の人間のパーツと、転々と染みる赤黒い色。もう一方、建物の方もコンクリートが不恰好に崩れて微妙なバランスを保っている。窓ガラスが割れているのも見えた。それでも、この規模にボム二弾では多いほうである。建物の姿がある程度残っているというのは大した建築技術というか、その技術をこんな施設に回すだけ福祉が行き渡っているということだろうか。リッキーにしてみればそんな考察はどうでもいいものであったので、しぶといな、くらいにしか思わなかったのだが。

 それに、それよりもずっと目を引くものがあった。「、なにあれ」


「今度はなんだ」

「……」


 惨状の中で、一人動き回っている人間がいる。

 女子だった。漆器のような真黒い髪を振り乱しながら、そのあたりを駆けていた。

 一体どこにいたらあんなにぴんぴんしたままでいられるのか、と奇妙に思いつつも、ヘッドフォンから聞こえる声には「なんでもない」と答える。


「ああ、畜生。…いい、とりあえず早くR2の領空から離脱しろ。ただちに目的地へ向かえ」

「はあい」


 変わり果てたグラウンドの上で立ち尽くしていたその頭が動いて、こちらを仰いだ。

 視線を交わすようにそれを一瞥し、ハンドルを引く。急な音を立てて機体が上昇した。作戦行動の内でも仕留め損ねることがないでもないのだから、特別彼女が記憶に残ることもない。

 一つ憂さ晴らしを済ませた程度の気持ちでリッキーは目的地へ翼を向かわせる。残りのボムと、ニュークリアも合わせれば作戦に支障は出ないだろうと戦地での軽い行動プランを練りながら、だった。

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