第2話 はぐれた天の子供たち

 「どうしましょう…困ったわね…」

城内にて、グレイシアは困ったように白髪の少女を見つめていた。

外と比べれば圧倒的に涼しい城内でも、少女は暑いと言ってぐったりしている。

「やれることはもうやったのだけれど…一体どうすれば良いのかしら…」

グレイシアが途方に暮れていると

「ただいまー!」

「ただいま帰りました」

「お邪魔しまーす!」

「2人とも、お帰りなさい。あら?その子は?」

「サンって言うんだ!仲間とはぐれちゃったみたいでさ。グレイシアさまとハクなら何か知ってると思って」

「そうだったのね。でも、まだハクは来てないわね…。あなたはサンちゃんって言うの?」

「そう!お姉さんがラーくんとピューくんの主様?」

「えぇ。私はグレイシアっていうの。よろしくね。…あら、あなたびしょ濡れじゃないの。タオルを持ってくるわ。ちょっと待っててね」

グレイシアが身をひるがえそうとしたその時

「スーちゃんの気配がする」

「え?」

サンが急に真顔になって、辺りを見回した。

「グレイシアお姉さん!ここにスーちゃん…白い髪の女の子いない!?わたしの仲間なの!」

「スーちゃん?白い髪の女の子?いるけれど…あなたのお友達?」

「そう!スーちゃんはどこ!?」

「サン様、一旦落ち着いてください!」

「体を拭いてからにしよう?」

「うー…分かった…」

サンの濡れた髪や体を拭いてから、グレイシアは白髪の少女が横になっている部屋へサンを通した。

ぐったりとしている少女を見たその瞬間

「スーちゃん!やっと会えたよ〜!」

「うぅ…サン…?」

「スーちゃん、大丈夫!?他のみんなは!?」

「…サン…」

「なに!?どうしたの!?」

「暑い…お願いだから離れて…」

ゆっくりとした動きで、少女は抱きついてきたサンを押しのけた。

「わー!ごめんねぇ!」

「サン、この子が友達の1人?」

「そう!スノウっていうんだよ!」

「スノウちゃんっていうのね。この子、出会った時からずっとこんな感じで具合が悪そうなの。できることは全てやったのだけれど、全然回復しなくて…どうすればいいのかしら」

「スーちゃんは暑さに弱いからなぁ…。ウィーくんかレーくんがいれば、すぐに回復するのに…」

サンがそう呟いたその時、玄関の方で声がした。

「邪魔するぞ」

「お邪魔します」

「この声、ハクと…誰かしら?」

「…!知ってる!この声は…!」

グレイシアたちが玄関に行くと、これまたびしょ濡れのハクとウィンドがいた。

「やっぱり!ウィーくんだ!」

サンが満面の笑みでウィンドに抱きつく。

「おっと!サン、濡れているじゃないか。これでは体調を崩してしまうよ」

「どうして今日のお客さんは全員濡れているのかしら…?ちょっと待っててね。今タオルを…」

「お姉さん、その必要はないよ。ぼくが全部乾かしてあげる」

「え?」

ウィンドはニッコリ笑って、片腕を目の前で振った。

その瞬間

「うわ!」

「わ〜!」

ほんの一瞬だけ、ハクとサンの周りに凄まじい風が吹き、次に目を開けた時にはもう髪も服もすっかり乾いていた。

「さっすがウィーくん!ありがとう〜!」

「すごいな。君にそんな力があったとは…」

「どういたしまして。…ん?ここ、スノウの気配がするね。ここにいるのかい?」

「あ!そうだった!スーちゃん、下の世界はやっぱりキツかったみたい。ウィーくん、早く楽にしてあげて?」

サンはウィンドの手を引いて、スノウの元に連れていった。

「ハク、あの子は?」

「ウィンドというらしい。道で偶然出会ってな。雨宿りのために連れてきたのだが…仲間と会えてよかった」

ハクとグレイシアは、顔を見合わせて笑った。

「…うん、だいぶ弱ってるみたいだね…。スノウ、スノウ?聞こえる?」

「うぅ…ウィンド…?」

「そうだよ、ぼくだよ。今涼しくしてあげるからね。少し、目を閉じていてもらえる?」

「分かった…」

ウィンドはスノウの額に手を置き、目を閉じた。

その瞬間

ゴオォォォォォッ!!!

目も開けていられないほどの突風が、ウィンドとスノウを包んだ。

風の中でウィンドの白く、所々黄緑色の長髪が生きているかのようにうねる。

サンはその様子を、ニコニコと見つめている。

「この子たちは、普通の子達ではない…」

ハクは無意識にそう呟いていた。

「…これでよしっと。スノウ、もう目を開けても大丈夫だよ」

「…。ありがとう。これでしばらくは平気」

「よかったね!うーん、それにしても…スーちゃんとウィーくんに会えたから、あとはクーくんとサーくんか…。あの2人は見つけるのがちょっと大変だからなぁ…」

サンが遠い目をしながら言った。

「まぁ、あの2人は大丈夫だよ。ハクのように優しい存在ひとに会えるかもしれないし」

「…お姉さん、助けてくれてありがとう。あなたがいなければ、今頃私は大変なことになっていた」

スノウはベッドから下り、グレイシアに頭を下げた。

「どういたしまして。あなたが元気になってくれてよかったわ」

グレイシアはニッコリと微笑む。

「わたしも、ラーくんとピューくんにお礼を言わなくちゃ!ここに連れてきてくれてありがとう。2人がいなかったら、わたしはスーちゃんたちに会えていなかったよ」

「いえいえそんな!」

「別に、大したことはしてないよ!」

「ハク、ぼくも君に感謝する。ありがとう」

「私も大したことをした訳ではない」

「…ハーくん、1つ聞いていい?」

「ハーくんって、私のことか?別に構わないが…なんだ?」

「どうしてハーくんは、右目を隠しているの?」

その質問は、グレイシアやランディたちならず、アーリアたちだってずっと聞きたかったことだ。

でも、聞かなかったし聞けなかった。

なぜか、聞いてはいけないような気がしていたから。

「そうだな…それほど大層な理由ではないのだが」

「え!?」

「言ってくれるの!?」

ランディとピュートが目を見開いた。

「なんだ2人とも、聞きたかったのか?それならそうと、早く言ってくれれば良かったものを」

「え、だ、だってさ、ハク、ずっと右目隠してるから、てっきり見せられないような理由があるのかと思って」

「見せることはできないが、理由を話すことはできる。実際、何年か前にルオンに話したことがあるからな」

「ルオン様…そんな重要なことを知っていたんですね…」

「で、なんでハーくんは目を隠しているの?」

サンが目をキラキラさせながら聞いた。

「本当に、そこまで大層な理由ではないのだが…私の目は、右目だけよく見えすぎてしまうんだ。そのおかげで、本来は見えるはずないものまで見えてしまってな…。子供の頃は気にならなかったんだが、年を重ねるに連れ分かることが多くなってしまい、見えるということが心にかなりの負担をかけるようになったんだ。だから今の私には、片目を隠しているくらいがちょうど良い」

「ハク…今まで私たちにすごく大切なことを言っていなかったのね」

グレイシアは、開いた口が塞がらないといったような顔で苦笑いしている。

「誤解させないために言っておくが、別に私は隠していたわけではないからな?聞かれなかったから答えなかった。ただ、それだけだ」

「だからって…聞かなかった私も悪いと思うわよ。でも、ちょっとくらい言ってくれたって良かったじゃないの。私たち、もう13年の付き合いなのに」

「そう怒るな。これからは、君が望むのならそういう話もすることにしよう」

「本当?約束よ!」

「あぁ。絶対だ」

久しぶりにハクに会えて嬉しいのか、グレイシアは満面の笑みをハクに向けている。

その笑顔に、ハクも淡く微笑み返す。

その様子を見ながら、サンたちはコソコソと話していた。

「ハーくんとグレイシアお姉さんって、仲良いんだね」

「あのお2人はいつもあんな感じですからね」

「ハクは、なかなかこの星に帰ってこないんだよ。ぼくらだって会ったのは二ヶ月ぶりくらいだし。だから、久しぶりに会えて嬉しいんだと思うよ」

「何はともあれ、仲が良いのはいいことだよ」

ウィンドはニコニコしている。

その隣で、スノウは不思議そうな顔をしながらグレイシアとハクに声をかけた。

「ねぇ、グレイ姉さん、ハク兄さん」

「なんだ?」

「どうしたの?」

「2人は付き合ってるの?」

「「なっ!?」」

「スーちゃん!?」

「急になんてこと言うんですか!?」

ハクとグレイシアは声を合わせ、サンは目を見開き、ランディは慌てている。

「ス、スノウちゃん、私とハクは付き合っていないわ。ビックリしたわ…急に驚かさないでよ…」

「ふーん?そうなの?存在ひとって不思議なものだね」

スノウはコテンと首をかしげた。

その姿はとても愛らしく…なんて言ってる場合ではない。

「そういえば、ウィンドもそうだったが君たちはまるで、自分たちが存在ひとではないような言い回しをするのだな。ずっと不思議に思っていたが…何か理由があるのか?」

「理由?そんなものないよ?」

「私たちは、存在ひとじゃないから」

「「「…え?」」」

「そういえば、ハクたちに言っていなかったね。ぼくらは存在ひとが住む場所の上に住んでいるんだ。種族としては…天人あまびとといったところかな」

「ぼくたちが住む場所の、上…?」

ピュートは窓の外に広がる空を見上げた。

灰色の雲が、空を埋め尽くしている。

ハクが何かを言おうと口を開いたその瞬間

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