第40話 はかりごと。1

「ううう、あなた……」


 ローゼンクロイツ伯爵の遺体の前で、泣く女がいた。第一夫人のアスキューだ。

 そして、その傍らには、アスキューの実弟、アイザック・サン・ジェルマンがいた。


「姉さん、元気を出して」

「おかしい! おかしいわ! 主人の容体の変化は異常だわ。きっと、誰かに毒を盛られたに違いない!!」


 姉の言葉に、アイザックの口角がわずかにあがる。が、すぐに神妙な表情をつくりなおしてわざとらしく質問をする。


「毒……ですか? 姉さん、なにか心当たりでも?」

「ゲオルクよ!! あいつが勧めてきた、冬には虫で夏には植物になるという気持ちが悪い薬を飲むようになってから、主人はみるみるうちに体調をお崩しになったの! 主人はゲオルクに殺されたのよ!!」

「ゲオルグさんが!? まさか、そんな!! 彼は伯爵様より子爵を授かった大恩があるではないですか!!」


 アイザックは大袈裟に驚くと、アスキューはヒステリックにわめき始める。


「あんな出自の怪しい男、信頼などできるわけないでしょう!! きっと、あの男は、ローゼンクロイツ家をのっとるつもりなのよ!!」


 アイザックはこみあげてくる笑いを必死に押さえつつも、なんとか神妙な顔つきを維持をして質問をつづける。


「そうでしょうか。私の知るゲオルク殿は、欲とは無縁の御仁です。彼を信じることはできませぬか?」

「アイザック、あなたの目は節穴ですこと? 騎士団長に漆黒の聖女に格闘王、ウエステッドのなだたる英雄に手をかけ、爵位欲しさに伯爵様の妹君にも手篭めにする。欲の権化のような男ではありませんか!!」


 やれやれ……自分の物差しでしか物事を押しはかることができぬとは。姉上、あなたはなんとかわいそうなお人だ。だが、それでいい。私にとって、この上なく都合がいい。


 アイザックは、改めて深刻な表情を作ると、努めて平静を意識しながら話を始める。


「おそらく、はローゼンクロイツ伯爵に手渡した薬に、伯爵が気づかない量の毒を盛って飲ませ続けたのでしょう。高度な薬学の知識を持っていなければ、とてもできない芸当です」


 アイザックは自らのを、被害者の妻の目の前で堂々と披露し、話を続ける。


次なる目的は、伯爵の忘れ形見であらせられるヴァレンティン様の後継人として取り入ること。ヴァレンティン様を傀儡に仕立て上げ、ローゼンクロイツ家を我がものとすることでしょう」

「そんなこと、わらわは絶対に許しませぬ。アイザック、どうかヴァレンティンの力になってくださいな。わらわの実の弟である貴方だけが頼りです」


 アイザックは自らのを、実の姉の目の前で堂々と披露し、愚かな姉はそれを承諾する。

 そして、野望を実現する手段を高らかに宣言した。


「姉上、このアイザックにおまかせを。私がゲオルクの罪を白日にさらしましょう。ゲオルクをローゼンクロイツ家……いや、このウエステッドの地から永久追放するのです」


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