第23話
遥香の提案で、紅葉狩りにも行った。
訪れたのは山地にあるテーマパーク。『自然を楽しめる』とシンプルに銘打っているだけあって、広大な土地の半分以上は木々が生い茂り、草花の観賞も可能となっていた。四季折々の自然の楽しみ方があるのが特徴だ。
バスの窓からでも一目瞭然なほど、その地帯は赤く染まっていた。まるで異郷に迷い込んだかのように錯覚する。
到着し、早速彼女は指を差した。
「あっち、紅葉林なんだって」
浮き上がった感情が、表情となって揺れる。清冽なそれは、確かな流動性を以て僕に伝播し、頬を緩ませる。熱が広がり、心を覆う被膜を溶かすようなイメージを呼び起こす。
「ああ」
浮かれた彼女に手を取られ、入園してすぐに大通りを逸れて、紅葉林へと続く石畳を歩いていく。舗装はされているが、大掛かりなものではない。石畳もすぐに姿を消し、ただ単に地面を均して水捌けを良くし、木製の階段を追加しただけのものに変化した。岐路には必ず看板が立てられていて、何処其処はどの方向に何メートルだと示してある。
夏場であれば、ここは鬱蒼とした林になっているのだろうと想像する。深緑が一面に広がり、梢が日陰をつくり、涼し気な空気を湛えて観光客を待っているのだ。……ただ今は、本来この場所が持っているであろう、密生した木々特有の鬱然とした空気はなく、華やかな明色に彩られ景観を照らしている。
地に落ちた紅葉も、まだ枝にしがみ付いているそれも、同質の輝きがあった。まるで秋の陽光を反射しているかのようで、見上げた僕は少し目を細めた。よく観察すると種類の違いによる差異があり、赤色が強く出ているものもあれば、クレヨンで均一に塗り潰したかのようにべったりとした黄色のものもある。
「——っ、はぁ——」
一度深呼吸をした春香。繋いだ手が微かに揺れる。
「いいよね、こういう綺麗で静かな場所」
「確かに、思っていたよりずっといい」
首肯する。紅葉狩りと聞いて、初めは僕に楽しめるものなのだろうかと不安に思っていたのだが、これは中々心地が良かった。微温湯の巨大な泡に包まれているような、確かな安心感と爽やかな心地は、自然と一体化したかのように錯覚される。
歩き出した彼女に合わせて、道を征く。
景観こそ変わらないが、奥に進むにつれて自然の——紅葉のにおいと呼べるものが濃くなっていく気配がした。
「森林浴ならぬ紅葉浴だ」と隣に話しかけると、可笑しそうに笑ってくれた。歓談しながら、イギリス風の街灯(このテーマパークの一つに、イギリスをモチーフとした区画があったので、それの影響だろう)に沿ってなだらかな坂を上っていくと、遠くに憮然としたシルエットが見えてきた。
微風が向かい側から、鼻腔をくすぐる匂いを運んでくる。
「お店みたい」
少し歩くペースを速めた彼女のその素直さに、僕は内心微笑んだ。
看板を見ると、大きく『茶屋』と書かれていた。イギリス風の区画があったり、江戸時代のような面構えの店があったりと、忙しい施設だ。
メニュー表に記載されている商品は少なく、値段はすべて五百円以下に設定されていた。僕らはその店一番人気と銘打たれている『満足茶屋セット』を注文し、紅葉の木の下に設置されている床几台に腰掛けた。
暫くして注文の品が運ばれてきた。小振りな餡蜜パフェとみたらし団子一本、三色団子一本に仄かに湯気が立ち昇っている抹茶。なるほど確かに、これだけで満足できる代物だった。値段も五百円と良心的で、得をした気分だ。
「あ、おいしい」
彼女がそう言って頬を綻ばせたのは、みたらし団子だった。甘く濃厚なタレは芳ばしく匂い立っていて、口に入れた瞬間に溶けるようだった。
「あぁ、確かに美味しい」
僕がみたらし団子を食べ終わる頃には、彼女は既に三色団子も平らげていた。甘いものに目が無い、春香らしい食い気に、僕は思わず笑顔になる。すると彼女はむっとした顔つきで僕を軽く睨む。いつものことだ。……けれど、僕以外にはしないし、僕以外は知らない、僕らだけの日常。
「よく食べるなぁ、って?」
「まだ何も言ってないだろう?」
「言わなくても分かるよ。どれだけ一緒にいると思ってるの」
そういう、ふとした時に聞かされる台詞に、僕の心は奪われたのだろう。
他にも様々な場所を回った。
敷地内の西側に巨大な池があり、そこで鯉に餌やりができる場所があって、丁度通り掛かったので試してみた。
五十円を入れて餌を取り出し、麩菓子の容器を割る。パキッという小気味いい音がして、内包されていたドライフードが顔を覗かせる。それを桟橋からぱらぱらと撒くと、まるでゴンズイ玉のように群れを成した鯉が寄ってきた。
ドライフードが無くなった後は、手に持っていた麩菓子の容器を細かく砕いてばら撒いた。水と空気を一緒に飲み込む形容し難い奇怪な音を立てて、鯉たちがそれらを跡形もなく食べ尽くした。春香は怒涛の展開に目を白黒させていたが、我に返ると「楽しい!」と言って、もう一度餌を買って鯉にあげていた。小さな子供と一緒に敷地内を回っているような気分になって、こちらも頬が緩んだ。
紅葉林を抜け、メインストリートに戻ってきた後は、イギリス風の建物が乱立する区画に足を運んだ。イギリス村と称されるその場所は、思いのほか何も無かった。閑散としている区画の中で、皿回し体験コーナーが寂し気に展開されていた。十分ほど挑戦してみたが、上手くいかず仕舞いだった。
他に目を惹いたのは、広大な花畑だった。秋桜や彼岸花を始めとした秋の草花が整然と生え揃えてあり、静かな雰囲気と相まって、いっそ荘厳な気配を漂わせていた。
「綺麗」
赤い煉瓦で舗装された道にしゃがみ込んで秋桜を見つめる彼女は、眼前に咲き誇る花々よりも可憐で、僕の鼓動を加速させる。まるで一枚の絵画のようなその光景を、僕は思わず写真に収めた。フラッシュは焚かずとも、差し込む陽光だけで彼女は有名女優のような美しさを放っていた。
「お花に負けないくらい綺麗にとってよね」
そんな小言を言う春香に僕は、素直な言葉で返す。
「何にも負けないほど、君は綺麗だよ」
歯が浮くような台詞を聞いて、彼女は視線を逸らしてしまった。薄っすらと耳元が赤くなっていた。揶揄うつもりなど毛頭なく、ただ心の底から、僕は彼女の美しさに惚れ込んでいた。だからこそ、こういう言葉がすらりと言えるのだろう。
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