第10話 心臓に悪い勉強会

 土曜日、学校に集合した俺たちは、空き教室でテスト勉強を始めた。時刻は13時頃。昼食をとり、やや眠気も感じるがそんなことは言っていられない。俺たちのクラスは理系なので、受けるテストは基本的に4人とも同じだ。理科だけそれぞれ分かれている。


「私は英語なら教えられるかな~」

「なら俺が数学かな」


 勉強に余裕のある俺と天城がその都度二人に教えながら進めることにした。残りの二人とも大会に出れるかどうかがかかっているからか真剣に取り組んでいる。


「なあ、日向ここなんだけど……」

「ああ、ここはな……」


 うーん、やっぱり距離が近くなった気がする。先週、登校時に感じた違和感であったが、次第に慣れていったと思う。しかし、不意にこうして彼女の存在を近くに感じるとドギマギする。いやしっかりしろ、俺。夏原は真面目に頑張っているんだから、それに応えないと。そう思って、手元に集中した――


 ――1、2時間たって集中が切れてきた頃、水を飲もうと掴んだペットボトルが軽いことに気が付く。最近はすっかり暑くなり、のどの渇きを感じることも多くなっていた。ちょうどいい、休憩もしたかったし買ってくるか。


「自販機行ってこようかな」

「燎~、俺のも頼んだ」

「ごめんね、私もお願いしていい? ここ解き切りたいんだよね」

「あいよ」

「涼音、手伝う!」

「サンキュー」


 二人で外にある体育館横の自動販売機を目指して歩く。テスト期間で部活もなく、閑散とした校舎内には俺たちの会話がいつもより響いていた。


 体育館横に着き、お目当ての自動販売機を見つける。


「えーっと、辰也と天城がお茶でっと……」

「へい、パスっ」

「ほいっ」

「じゃ、戻るか」


 暑いのでさっさと教室に戻ろうとした帰り際、校舎のほうに目を向けると窓が空いており、カーテンが靡いている教室があった。

 あれは確か文芸部の部室だ。テスト期間だから部室で勉強してんのかな、と思ったその時、風にあおられたカーテンの隙間から男女が抱き合ってキスをしているのが見えた――いや、見えてしまった。


 おーい! おとなしそうな顔して何やってんだお前らぁ! あれは確か隣のクラスのカップルだ。きっと油断していたのだろう。密室で二人っきり、静かな校舎から漂う非日常感、まあ盛り上がってしまう気持ちもわからんではない。


 まあそれはいいですよ、いいんですけど。同じ場面をがっつり見てしまったであろう夏原が真っ赤にして足を止めている。どうしてくれんの、この状況。とにかく空気を変える話題を出そうとしたとき、茹で上がったような顔をしたまま小さな口で夏原が尋ねてくる。


「日向もああいうこと……したいのか……?」


 え……、え!? それはどういう意味!? 当然放たれた高火力の発言に、先ほどまでの衝撃的な場面の記憶なんて吹っ飛んでいった。当の本人はというと、こちらと視線は合わせずに、地面を見たままで表情は読み取れない。これなんて答えるのが正解なんだろうか。そりゃあ本音を言えば、夏原とああいう関係になれたら幸せだ。でも、そんなこと言っていいのだろうか。いや言い訳なくないか? 返答に困っていると、慌てた様子の夏原が口を開いた。


「な、なんでもない! 今のはその……男ってみんなそうなのかなって思っただけだ!」

「い、いやまあ、人によるんじゃないんでしょうかね……」

「そ、そういうもんか……」


 その後、教室までお互い会話はなく、たどたどしい空気の中戻った。この後、残っていた二人に何があったのか根掘り葉掘り聞かれたが、苦笑いしながら誤魔化すことしかできなかった。






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