第6話 ―焔の少女、導きの試練―

第一節 燃える試練、赫牙現る




夏の気配が濃くなり始めた山道を、三人の男が歩いていた。


蝉の声と鳥のさえずり。黒道着を着た青年・龍雅が先頭を行き、そのすぐ後ろには、白い着物に紺袴を揺らす長髪の男――剣真が静かに足を運んでいた。

最後尾には、赤金の鎧をまとった筋骨隆々の大男・コウエンが、額に汗を浮かべながら「チッ」と舌打ちをしていた。


「なーなー剣真、あとどんくらいで町あんの?」


「拙者に聞かれても困るでござる」


「どうせ、あっっても田舎のボロ宿だろ……飯がうまけりゃ文句ねぇけどよ」


不機嫌そうに呟いたコウエンに、龍雅が笑って返す。


「うまいめしいいよなぁ、早く着いて腹いっぱい食いてぇな」


二人が笑い合いながら歩く後ろで、剣真が小さく肩を落とす。


「……まったく、真剣みというものが足りぬでござる……」


そんな三人の、実にいつも通りのやり取り。だが次の瞬間――風が変わった。


ヒュゥ、と山の木々をなでる風。その中に、熱気が混ざる。


「……ん?」


龍雅が立ち止まり、眉をひそめた。


そして、木の上から声が響いた。


「そこの三人……悪いけど、少し付き合ってもらうよ。あんたたちの力、見せてもらうからね」


そこにいたのは、黄色い髪を揺らす小柄な少女。

笑みを浮かべたまま、札をひらひらと手にしている。


「……おい龍雅、なんか……木の上から女が喋ってんぞ」


「幻覚……ではなさそうでござる。何者でござる――」


「さぁな、でも、バカと煙は高いところが好きって言うからな。きっとバカなんだろ」


「誰がバカよ!!」


龍雅が静かに構えた。


「だが……ただ者じゃねぇな。何の用だ」


少女は指を立てて、静かに笑い札を空へ投げる。


ズォン、と地が揺れた。

そこに出現したのは、炎をまとった獅子のような式神――赫牙(かくが)。


「おいおい、でかすぎんだろ……!」


「……来るでござるぞ!」


咆哮。風が吹き荒れ、木々が焼け落ちる。

巨大な獣が襲いかかる中、龍雅が叫ぶ。


「――三人でいくぞ! 手を抜くな!!」


三人は手分けして攻撃を仕掛けるが、赫牙の耐久力はすさまじく、まともに通らない。


コウエンの雷は熱気で拡散し、赫牙の体表をかすめる程度。逆にその隙を突かれて、鋭い尾の一撃を腹に受け、岩肌に叩きつけられる。


剣真の斬撃も弾かれ、赫牙の咆哮に巻き込まれて炎に焼かれ、体勢を崩したところに追撃を受け、地面を転がる。


龍雅も突進をいなそうとするが読みきれず、背中を焼かれながら木に背中から叩きつけられる。


それでも三人は立ち上がり、構え直す。


「いまだっ!!」


剣真が赫牙の前脚を断ち切り、コウエンが囮となって背を取らせる。

最後に、龍雅が蒼白い闘気を拳に集中させ、雄叫びとともに渾身の一撃を叩き込む。


「――ドラゴンインパクトォ!!」


赫牙が光の中で爆ぜ、熱風が辺りを包む。


そして、沈黙。


三人は傷を負い、膝をついていた。


あたりに残る熱気の中、少女は軽やかに地面へと降り立った。

黄色い髪がふわりと舞い、軽快な足取りで三人に近づいてくる。


「おめでと〜! 最終試練、クリアでーすっ♪」



【第二節】 朱の名を告げるとき



木の上からひらりと舞い降りた少女は、小柄な体に動きやすそうな赤系の衣をまとい、炎のように広がる黄色い髪を揺らしていた。


ぱっちりとした目元に、どこか茶目っ気のある笑みを浮かべている。


年の頃は十代後半といったところか。


肌は滑らかで健康的な色つやがあり、華奢な体つきながら、どこか芯の強さを感じさせる佇まいだった。


明るい声に対して、三人は誰一人として動けなかった。膝をつき、肩で息をしながら、無言のまま少女を睨む。


その空気を読んだのか、少女は頬をかきながら言った。


「……あ、ごめんごめん。ちょっとやりすぎたかもね」


「“かも”じゃねぇよ……!」


コウエンが呻き声混じりに睨み返す。


「拙者など、右足が痺れて感覚がないでござる……」


剣真がふらつきながら立ち上がろうとし、すぐに膝をついた。


少女は三人の様子に気づいて、ばつが悪そうに笑った。


「冗談抜きで、ごめんね。ほんとに危ないと思ったら止めるつもりだったんだよ?」


言いながら、手のひらを開く。その中央に、柔らかな炎が灯った。


「でも、安心して。――私の炎は“焼く”だけじゃないから。炎で“癒せる”のは、あたしだけの特徴なんだ」


ふわり、と焚き火のようなぬくもりを帯びたそれを、まずは剣真の足へとそっと。


「……っ!? あたたか……い……?」


焦げた衣は元通りにはならないが、皮膚の傷や痛みがみるみる引いていく。


「火傷も治って……なんだこれ……!」


コウエンも唖然として見つめる。


最後に龍雅にもそっと手を伸ばすと、少女は静かに言った。


「ちょっとくすぐったいかもだけど、我慢してね」


たちまち、三人の体に負った傷が癒えていった。


「へへーんっ!すごいでしょ!?」


そういった後、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべて、ぽつりとつぶやく。


「……ただ、残念ながら“自分の傷”には効かないんだけどね」


「……あんた、何者だ」


龍雅の問いに、少女は両手を腰に当てて胸を張った。


「名乗るのが遅れましたっ。あたしの名前はシュリ、火の力を継ぐ者で〜す! よろしく!」


続けて、人差し指をくいっと立てて、にこりと笑う。


「あとね、あだ名で呼ぶのが好きだから、勝手に呼ばせてもらうよ〜! 呼びやすいし、距離が縮まった気がして楽しいでしょ?」


少女――シュリが指をさす。


「りゅーくん!」


「……なんでそうなるんだ?」


「うーん、胸と背中に龍の刺繍してあるから、りゅーくん!」


「ま、いいけどさ。一応俺の名前は龍雅な!」


「そしてキミは、ワンコ侍くん!」


「ワ、ワンコ!? 拙者の名は剣真と申す!」


「きっちりしてるし、反応が忠犬っぽいじゃーん!」


「なんと……忠犬……」


「で、おっきいキミは、ゴリ猿ちゃん!」


「誰がゴリだコラ!!!」


「筋肉ムッキムキだし。わかりやすいでしょ♪」


「てめぇ、俺はコウエン様だ!今度それで呼んだらただじゃおかねぇからな……!!」


三人の反応を見て満足げに笑ったシュリは、ひらりと一歩引いて、軽く手を合わせた。


「てことで、よろしくっ♪」


そして、くるりと背を向けた


「……あ、そういえばさ。さっき“最終試練”って言ったけど…… 気になる?」

そう言って、シュリは意味ありげに微笑み、ちらりと振り返る。

その眼には、どこか悪戯っぽい光が宿っていた──。



【第三節】 甦る霊刀!?導きの少女



午後の陽射しが、木々の隙間から静かに差し込んでいた。


山道の脇に並んで腰を下ろす三人の周囲には、先ほどの激闘の余韻がまだ漂っている。


かすかに焦げた匂い、地面に残る足跡、そしてどこか誇らしげな沈黙。


龍雅が眉をひそめながら口を開く。


「……で、さっき試練がどうとか言ってたけど、ありゃなんだ?」


沈黙を破ったのは、龍雅の問いだった。


けシュリは口元に指を当て、少しだけ目を伏せた。


「ん〜、あれは、うちの師匠からの命令なんだよねぇ」


「あの三人が仲間としてふさわしいか、確かめてこい」って、札と一緒に預けられたんだ」


「だから鉄輪の時も、今回も、本当は“戦うため”じゃなくて、“見極めるため”だったんだよ」


その言葉に、コウエンが鼻息荒く前に出る。


「師匠だぁ? どこのどいつだ、そいつは! 俺様をこんなにしやがって……タダで済むと思うなよ!!」


シュリは少し汗をかきながらも、ニコッと笑って話をそらす。


「ま、まぁまぁ、そんなことよりさ……ゴリ猿ちゃんのその金棒って、もしかして――天具じゃない?」


「誰がゴリ猿ちゃんだ!コウエン様って呼びやがれ!」


コウエンはムスッとしながらも、ちらりと雷覇金棒を見やる。


「天具?知らねぇよ。気づいたら持っててよ……名前は、なんでか昔っから知ってたな」


シュリは鼻を高くして答える。


「天具はね、もともと天界にあった武具のことだよ!」


そういって、剣真の黒刀にも目をやる。


「それと……ワンコ侍くんの、その黒い刀も天具だね!」


「わ、わんこ……。拙者は剣真でござる……」


剣真は照れくさそうに咳払いしながら、黒刀を見つめる。


「この黒刀のことを知っておるのでござるか? 拙者の家に先祖代々伝わる刀ゆえ、詳しいことは何も存じ上げず……」


「その子はね、“摩閻(まえん)”って名前。断罪の力を持ってるんだけど、今はまだ眠ってるみたいだね」


「そうだったのでござるか……摩閻……断罪の力……」


剣真は静かに刀を見つめる。


「まだまだ、知らぬことばかりでござる。ご教授、かたじけない……」


そう言って、シュリに向かって深く頭を下げた。


シュリの視線が、ふと剣真の腰に佩かれた白い刀へと移った。


「……この子は、霊刀だったんだね。かすかにだけど、まだ“力”を感じるよ」


その言葉に、剣真の目が見開かれる。


「わかるでござるか!? この刀は“斬雪(ざんせつ)”。

かつて拙者が使っていた霊刀でござるが、雷の一撃を受け、力を失ってしまったのだ……。

しかし、鉄輪の町で鍛冶師に器として打ち直してもらい、再び拙者のもとに戻ってきた刀でござる!」


剣真の語りに、シュリは「ふーん」と頷きながら斬雪を見つめた。


シュリは斬雪から目を離さないまま、ふと真剣な口調になった。


「……うちの師匠なら、その“斬雪”に再び霊力を宿すことができるかもしれないよ」


「ほんとでござるか!?」


剣真が身を乗り出すと、シュリはひとつ頷いた。


「うん。ただ、そこに行くには……ちょっと道中が危ないんだ」


「危ないって、どのくらいだ?」


龍雅が問い返すと、シュリはやや気まずそうに笑う。


「まぁ……ふつーの人はまず戻ってこられないレベル?」


「脅し文句が軽すぎんだよ……!」


コウエンがぼやきつつも、興味は隠せない。


「ま、今すぐ向かうのはちょっと無謀かな〜って思う。ひとまず、ふもとの町で一泊して、準備整えてからにしない?」


「ふもとの町か……飯が食えるなら異論はねぇ」


「拙者も賛成でござる。休息は、戦いのうち……でござるな」


龍雅もコクリと頷く。


「決まりだな。まずは腹ごしらえってことで、一泊しよう」


三人と一人は立ち上がり、落ち葉を払いながら山道を歩き出した。


陽は傾き始め、遠くに小さな集落の屋根が見えている。


次なる目的地――シュリの師が待つ場所へ向けて、彼らの旅はまた一歩、前へと進み始めた。



【第四節】 満腹戦争、そして導かれる先



山道を下りた一行は、ようやく麓の町──**布本(ふもと)**へとたどり着いた。


小さな川に沿って広がる町並みは、木造の家々が並び、時折風に乗って香ばしい湯気の匂いが漂ってくる。夕暮れどき、赤く染まる空の下には、行き交う人々の穏やかな気配と、どこか懐かしい賑わいがあった。


「お〜、なんか……めっちゃいい匂いするな!」


龍雅が鼻をひくひくさせて声を上げた。


「宿はどうするでござるか? 町の案内板によると、何軒かあるようでござるが」


剣真が道端の立札を指さすも、龍雅はまるで聞いちゃいない。


「こっちだ!絶対こっちが当たりだろ!」


匂いのする方向へ駆け出す龍雅。それに呆れつつも、結局全員がその後を追う形になった。


──香ばしい焼き魚と煮込み野菜の香りに導かれ、一行は町の端にある古びた宿へ。


看板には「花小路亭」と墨文字で書かれている。


「……まぁ、匂いはいいな。腹減ってるときゃ、匂いで決めるのが一番だ」


コウエンが鼻を鳴らして納得した様子。


「やっぱりねー、こういう選び方するんだりゅーくん……」


「信じるのは己の鼻!間違いない!」


受付をすませた四人は、そのまま食堂へ案内される。


木のぬくもりを感じる室内には、湯気立つ湯飲みの音、笑い声、皿の音が心地よく響く。


「さて、拙者は……湯豆腐と麦飯を」


「あたしは焼き魚定食で〜」


「俺様は、肉!肉があるヤツ全部だ!」


「じゃあ、俺は──メニュー全部!」


「……は?」


「はぁ!?」


コウエンとシュリが同時に目を見開いた。


剣真は静かに茶をすする。


「龍雅殿は、いつもどおりでござるな……」


「……なら俺様も負けねぇ!全部だ、ぜんっぶ頼む!!」


こうして、龍雅とコウエンの“夕食大戦争”が勃発した。


運ばれてくる料理を巡り、箸が飛び、手が伸び、皿が空になり、また追加が運ばれる。


「それ俺のだ!」


「いや、俺様のだコラ!!」


ドタバタの渦中、大爆笑のシュリが剣真に問いかける。


「あははははっ!!……いつもこんな感じなの!?」


「龍雅殿はだいたいこうでござる。拙者も慣れた……でござるな」


落ち着いた様子で麦飯を死守しながら食べる剣真。


「……シュリ殿も、気を抜くとやられるでござるよ」


「え?」


ふと皿を見れば、いつの間にかシュリの焼き魚は跡形もない。


「……やられた!?だったらあたしも参戦だーっ!」


シュリも奮起し、箸を手に大混戦へ。


「これからの食事はもっと大変になるでござるな……」


剣真は肩をすくめ、味噌汁をすすった。


しばらくして、ようやく戦いが終結。


テーブルには空の器が山のように積まれ、龍雅は満足そうに腹をさすり、コウエンとシュリは机に突っ伏していた。


「……んで、シュリのお師匠さんってのは、どこにいるんだ?」


龍雅の問いに、シュリは顔を上げるも、腹を押さえながら呻いた。


「りゅーくんの胃袋どうなってるの……? うっぷ……ごめん、明日にして……」


「ちっ……次は絶対、負けねぇからな……!」


「みんな少食だな〜」


「お前の胃袋がバグってんだよ!!」


三人の声がピッタリ揃い、宿の天井にまで突き刺さるようだった。


翌朝──。


「よっしゃ! 朝飯の時間だぁっ!!」


「ふっ……今日こそ俺様が勝つ!!」


まだ薄明かりの差す朝食処で、龍雅とコウエンが火花を散らすように睨み合っていた。


「またやるの……?」

「……懲りない男たちでござるな」


シュリと剣真は嘆息を漏らしつつも、しっかりと自分の配膳を死守している。

だが、結局この日の勝負も──


「うっぷ……ぐ、ぐるじい……」

「ふふっ、勝ったな……俺の勝ちだぁ!」


机に突っ伏したコウエンと、勝ち誇る龍雅。それを横目に、シュリと剣真は食後の茶を啜っていた。


「さて……改めて聞くけどさ。シュリの師匠ってどこにいるんだ?」


お茶を飲み終えた龍雅が問いかけると、シュリは湯呑みを置いて微笑んだ。


「あたしの師匠はね、金輪宗(こんりんしゅう)っていう宗派の総本山、『天照蓮華寺(てんしょうれんげじ)』にいるの」


「なんだそれ、すごそうな名前だな」


「せいかーい♪ その通りすごいところなの!寺にたどり着くこと自体が厳しい苦行で、修行者はそれを“天輪行(てんりんぎょう)”って呼ぶんだよ」


「ふっ、どんな苦行であろうとも、拙者は斬雪のためなら耐えてみせる所存!」


「へぇ〜面白そうじゃん。俺も行ってみたくなった」


「なんでも来やがれってんだ! 俺様を誰だと思ってやがる!」


「ふふ……みんな、天輪行の辛さを知らないねぇ……」


シュリが肩をすくめて笑う。


「でも、いきなり本山は難しいから、まずはそこを目指す修行者たちが集まる町、布本の北にある“巌根(いわね)”ってところを目指そっか」


こうして、四人は新たなる目的地に向かって歩み出すのだった。

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