第7話

教室の窓際。午後の光が差し込む中で、私はぼんやりと空を眺めていた。


 授業の内容なんて、頭に入ってこない。

 黒板の字も、先生の声も、クラスメイトの笑い声も、遠い場所の音みたいだった。


 代わりに、**“ある顔”**が何度も脳裏に浮かんでくる。


 ララの笑顔。

 そして、タクマの笑顔。


(ララ……は、私の親友……だよね?)


 考えた瞬間、ズキンと頭の奥が痛んだ。

 同時に、あの“写真”が浮かぶ。


 手をつないで歩く私と、男の子。

 楽しそうに笑っている、私と――タクマ。


 そのはずなのに。


(……いや、違う……あれは……)


 その“記憶”は、たしかに脳に焼きついているのに、どこか違和感がある。


 それでも、疑う余地がなくなるくらい、はっきりとした映像。


 私とタクマが、手をつないでいた。

 私とタクマが、映画を観ていた。

 私とタクマが、カラオケで笑っていた。


(ちがう、ちがう……私が手をつないでたのは、ララ……)


 けれど、そう言いかけると――


「……あれ? ララと……そんなこと、したっけ……?」


 ついに、口に出した自分の言葉に、自分自身が凍りついた。


 



 


 放課後、廊下を歩いていると、誰かが手を振るのが見えた。


「おーい、サナちゃん!」


 タクマだった。


 その声に、心臓がドクンと跳ねた。


 嫌悪、怒り、恐怖……そのはずなのに、なぜか胸がざわつく。


「ちょっと、顔貸してくれない?」


「……なんの、用?」


「んー……ただの確認? ほら、君の中にどれくらい“俺との思い出”が浸透してきたかなーって」


 冗談めかして笑うタクマに、背筋がぞわっとする。


「……ふざけないで」


「ふざけてないよ。だってさ――」


 そう言って、タクマはスマホを取り出した。


「この前、君が“俺と観に行った”映画、覚えてる?」


「……だから、それは……」


「ほら、ポップコーン食べてたじゃん。こぼして、俺が拾って、君が笑って」


「……っ……」


 その“記憶”は、あまりにもリアルだった。

 匂いまで、思い出せる気がした。


(……でも、なんで……ララの顔が、思い出せないの?)


 あんなに一緒に笑ってたのに、

 あんなに大事だったはずなのに、

 どうして――


「――もう、どっちが本当か、わかんない……っ」


 気づけば、涙が頬を伝っていた。


「うんうん、いい感じ。そろそろ“君”ができあがってきたかなぁ」


 タクマは、にこりと笑うと、スマホ画面を軽くタップした。


「……なに、それ?」


「ん? ああ、これ? “好感度パラメーター”ってやつ」


 ふざけたような口調。けれどその指先は、とても冷たい。


「今まではね、ロックかかってて君のはいじれなかったんだよね。でもさ、今なら――」


 ピッ、と音がした。

 タクマが何かを操作する。


「……ほら、ちょっとだけなら“上げられる”ようになったんだ」


「は……?」


「サナちゃんさ、俺に会うとちょっとだけ胸がドキッとするでしょ? それね、“パラメーター31”って状態。さっきのタップで“42”まで上げといた。どんな気分?」


 その瞬間――。


 なにかが、内側からじわりと変わっていくのがわかった。

 嫌悪していたはずのタクマの声が、なぜか心地よく響く。

 視線が、妙に優しく感じる。

 そして、彼の言葉を信じてみたくなる。


(……まさか、こんなの……)


 混乱した頭では、否定する言葉が出てこなかった。


 怖くて、悔しくて、涙が止まらないのに、

 それなのに――タクマの笑顔に、少しだけ安心している自分がいる。

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