【ライバルとの日々】(1992年/12歳)
第41話『最後の追い込み』
年が明けて、1992年になった。
俺もピムも、十二歳。Satit Chulaの編入試験まで、半年を切っていた。
その事実が、ウォンラット家の空気を、以前とは比較にならないほど張り詰めたものに変えていた。
俺たちの生活から、無駄な時間はすべて削ぎ落とされた。
朝、顔を合わせれば、挨拶もそこそこに、食卓で単語帳を広げる。
学校から帰れば、玄関でカバンを放り出し、そのままリビングの「戦場」へと直行する。そこでは、教科ごとに待ち構えた家庭教師たちが、俺たちの到着を今か今かと待っているのだ。
夕食の時間ですら、もはや休息ではなかった。
父サクダーと、時折様子を見に来る母マリカという二人の監視官が見守る中、俺とピムは、歴史の年号や英単語を互いに出し合い、答えられなければ食事が進まないという、奇妙なゲームを繰り広げていた。
そして、夜。
屋敷の全ての明かりが消え、静寂が訪れた後も、リビングのテーブルの上のランプだけが、煌々と灯り続ける。
その光の下で、俺とピムは、まるで同じ
睡眠時間以外、ほぼ全ての時間を、俺たちは共に過ごすようになった。
その濃密すぎる時間の中で、俺たちの関係は、奇妙な変質を遂げていた。
激しいライバル心は変わらない。だが、その根底に、過酷な戦いを共にする「戦友」のような、不思議な連帯感が芽生え始めていたのだ。
俺は、彼女の癖を覚えてしまった。
難しい問題に行き当たると、悔しそうに唇を噛むこと。集中すると、シャーペンをくるくると回すこと。そして、本当に疲れると、ほんの少しだけ、甘いものが食べたくなること。
彼女もまた、俺の癖に気づいているようだった。
俺が考え事をする時に、指でテーブルを軽く叩くこと。そして、時折、遠い目をして、この子供たちの世界にはない、何か別のものを見つめていること。
言葉を交わさずとも、互いの考えていることが、少しだけ分かるようになっていた。
視線が合えば、互いの目の中に、同じ疲労と、同じ闘志が燃えているのを見て、ふっと口元が緩む。そんな瞬間が、増えていた。
俺は、この強制的な隣人との時間に、苦痛を感じてはいなかった。
むしろ、心地よさすら感じ始めている自分に、少し戸惑っていた。
ひたむきに努力を続ける彼女の姿は、美しかった。そして、その努力の矛先が、この俺に向けられているという事実が、俺の心を奇妙に高揚させた。
その夜も、俺たちの戦いは、深夜まで続いていた。
ふと、隣でペンを走らせる音が途切れたのに気づき、視線を向ける。
ピムが、机に突っ伏したまま、静かな寝息を立てていた。
その寝顔は、普段の勝ち気な表情とは違う、まだあどけなさが残る、ただの十二歳の少女のものだった。
俺は、静かに席を立つと、自分が羽織っていた薄手のカーディガンを、そっと彼女の肩にかけてやった。
彼女が、風邪を引かないように。
そして、明日もまた、万全の状態で、俺のライバルでいられるように。
席に戻り、再び参考書を開く。
だが、俺の意識は、もはや目の前の数式にはなかった。
隣で眠る少女の、穏やかな寝息。その存在が、俺の心の、かなりの部分を占め始めていることを、俺は認めざるを得なかった。
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