第20話『対峙、そして序章の終わり』

昨夜の出来事は、ウォンラット家の朝の食卓に、微妙な、しかし確実な変化をもたらしていた。

父サクダーは、俺の顔をまともに見ようとしない。だが、その視線の端には、常に俺の存在を意識しているのが分かった。兄エークは、父が自分ではなく、末の弟にばかり関心を向けていることに、苛立ちを隠せないでいる。

そしてピムは……何かを察したように、ただ心配そうな目で、俺と父の様子を交互にうかがっていた。


その日の夜、再び、俺は父の書斎に呼ばれた。

昨日とは違う。これは、父親が息子を呼ぶためのものではない。王が、その座を脅かす可能性のある者を、自らの玉座の間に呼びつけたのだ。


書斎に入ると、父は巨大なデスクの主席に座っていた。

昨日あったウイスキーのグラスはない。代わりに、会社の分厚い決算書類のファイルが、彼の前に開かれていた。

「座れ」

促されるまま、俺は来客用の革張りのソファに腰を下ろす。十歳の体では、足が床につかない。


父は、前置きもなしに、本題を切り出した。

「会社の経営は、停滞している。……それは、認めよう」

絶対的な権力者である彼が、自らの非を認める。それは、驚くべきことだった。


彼は、書類から顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見た。

「あのプレス機の一件……あれは、まぐれではないな。お前には、計画がある。全て、聞かせてもらおう」

それは、問いかけではなかった。有無を言わさぬ、王の命令だった。


その言葉を聞き、俺は子供の仮面を、そっと外した。

声はまだ十歳の少年のものだ。だが、その口から紡がれる言葉、語られる論理は、紛れもなく、四十五年間、中小企業の経営者として戦い抜いてきた、橘正人のものだった。


「問題は三つあります。第一に、在庫管理の杜撰さ。第二に、リース事業におけるリスク管理の欠如。そして第三に、技術革新への投資不足です」

俺は、父が目を背けてきた会社の弱点を、一つ、また一つと、冷静に暴き出していく。

「まずは、倉庫に眠る不良在庫を、あのプレス機と同じ手法で全て現金化します。これが短期的な運転資金となり、我が社の技術力を示す広告にもなる」

「次に……」


父は、反論もせず、ただ黙って俺の言葉を聞いていた。

その顔には、驚愕、困惑、そして次第に、自分の築き上げた城が、足元から崩れていくのを目の当たりにした男の、絶望に近い色が浮かんでいた。


俺が、短期的な経営再建計画を語り終えた時、父は、かすれた声で呟いた。

彼は、どうしても、聞かずにはいられなかったのだろう。

「……一つだけ、答えろ。ウィン」


彼の鋭い目が、俺の魂の奥底を覗き込もうとする。


「お前は、一体、何者なんだ?」


その問いに、俺は、ゆっくりと立ち上がった。

そして、この日のために用意していた、完璧な答えを返す。

俺は、十歳の子供が浮かべることのできる、最高に無邪気な笑顔を作ってみせた。


「お父さんの、息子だよ」


だが、その時、俺の目に宿っていた光は、子供のものではなかった。

それは、工場の片隅で絶望し、一度は全てを失った四十五歳の男が、二度目の人生で「完全な勝利」を掴むことを決意した、冷徹で、どこまでも深い光だった。


父サクダーは、俺のその目を見て、全てを悟った。

理由も、理屈も分からない。だが、目の前にいるのが、もはや自分の知る息子ではないことを。

彼は、大きく、そして深く息を吐くと、まるで敗北を認めるかのように、重々しく椅子に背中を預けた。


「……分かった」

父は、疲れた声で言った。

「明日から、お前も会社の幹部会議に出席しろ」


それは、ウォンラット家という王国の歴史が、大きく動いた瞬間だった。

俺は、この家の王に、自らの存在を認めさせた。

静かに、しかし確実に、俺の「乗っ取り計画」の、最初の扉が開かれたのだ。

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