青空の構造
天ミソラ
プロローグ
――イチ、ニー、サン……。
屋上の縁。パラペットの上。左には日常。右にはあの世。
――ワン、トゥー、スリー……。
身体の軸をそのままスライドさせるイメージ。膝はやや曲げている。
――アン、ドゥ、トロワ……。
ソフトタッチで一歩一歩、地雷原を渡る気分。ただし確実に踏んでいく。
風が、ビュービュー叫びながら当たってくる。両腕を広げて、体幹に力を込めて耐える。そして、最後の一歩。
瞬間、私の身体は空中に。音だとか方向感覚だとか思考とか色んなものを失って解放されてそんな感じのすんごい透明な状態で……。
――ドン。
打ち付けられた、背中から。コンクリート、屋上の。
「いってぇ……」
視界には、空しかなかった。青空。大パノラマ。
意識が、屋上から、私から、離れてく。空になっていく。なんにも聞こえない。広がる。薄まる。晴れていく。
色すら持たない、光そのもの。内側の細部に至るまで、光、空、光、空。質量も無い。匂い……空の匂い……これ、これだけが、世界。
――鳥が、視界を横切っていった。トンビかカラスか、そんな感じの大きさのやつ。よく見えない。眩しいな。眩しい……熱い……。
「あつぅっ!」
今は五時間目の授業中。真昼間。ほぼ九月だけど八月の、ギンギラした太陽。それに朝から焼かれ続けたコンクリート。言うまでもないよね、私は半袖にスカートだよ。
飛び起きた。さっき打った肩に背中が痛んだ。めまいで世界が二十度ほど傾いた。
「んんぅ〜」
飛び起きた勢いのまま、思いっきり伸びる。ビクビクビクビク、痙攣するよ。キモチイイがあちこちで弾けてまたビクビクビクビク。
まだ、心臓が、トクトクしてる。息を、一杯、一杯に吸って、全身に空を巡らせる。広がる。膨らむ。脳みそが、空気と一緒になる。
「ふううぅ〜…………」
――静寂。
――静寂。
全身の力が落ちた。
鮮やか、見えるもの全てが、脳みそに焼き付くみたい。グラウンドのネット、街路樹、商店の看板、海、空の向こう。鮮やか鮮やか。
ヒューーー。そよ風が、囁いてきた。ヒューーー。言葉よりも雄弁に、教えてくれる。
「うん、とっても、綺麗」
鼻の奥、絞られるみたいな痛み。表情筋が震えた。
「生きてるなぁ……」
それは、一種のエクスタシー&オーガズム。
自分の位置を知ること。
世界の中で、唯一確かである自己を、空と同じ大きさまで拡げること。
空と「同化」すること……。
「気持ち良いや……」
私は目一杯口を開けて笑った。
バカみたいに歓びながら、泣いた。
二〇〇二年 八月 三十日。
午後一四時二十分。
青原中学屋上。
私はここで、生きている。
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