第26話 紳士の仮面と小さな違和


「あ……あのときの……」



控えめな声とともに、ミアはそっと顔を上げた。

舞踏会で一度会っているせいか、その頬はうっすらと赤らんでいる。

ウィルに連れられて入った部屋には、先日舞踏会であった少女がいた。

アレンは小さく会釈だけを返すと、無表情のまま少女を見つめた。


ーーー確かに、美しい令嬢だ。

淡い波のような青髪に、人懐こくも芯の強そうな大きなブルーアイズ。

何より、他の令嬢たちとは違って無意味に騒がない。

どちらかというと、怯えた小動物のような雰囲気を纏っている。


(……なるほど。好みのタイプには違いない、が)


『やり直せ!』


不意にアキの怒鳴り声が脳裏に響き、アレンは思わず吹いた。

何とか咳払いでごまかすと、向かいのウィルが静かに笑っている。アレンはもう一度咳払いして元の無表情に戻した。



「アレンハルト様に、私の警護など……」



その隣で、ミアが困ったようにウィルを見上げた。



「私にはもったいないほどですわ。何より、ご多忙なはずですのに……」



その言葉に、ウィルはやや大袈裟に肩をすくめてみせる。



「隣国の大切な姫君をお預かりするのです。私個人の感情ではなく、帝国としての“礼”です」



ーーーこういう時のウィルフレッドは、曲げない。

アレンは心の中で小さくため息をついた。

“帝国一”と謳われる軍警察のトップである自分が、こうした外交の場で前に出る意味はわかっている。


……わかってはいるのだが。


(……はぁ)


再び心の中でため息を吐くアレン。

こうして、日中は常に傍に付き添う“密着警護”が決定したのである。


 

◇◇◇



その後、改めて正式な挨拶の場が設けられた。



「アレンハルト・ハザルと申します。短い間ですが、よろしくお願い致します」



姿勢よく頭を下げるアレンに、ウィルが肩を叩きながら付け加える。



「見ての通り堅物な男だが、真面目で熱い。ミア嬢のことも、きっと誠実に護ってくれるだろう」

「まあ……心強いですわ」



微笑むミアの声は柔らかく、けれど、どこか照れくさそうにも聞こえた。

ウィルが場を切り上げるように立ち上がり、アレンもそれに続こうとする。



「それでは私は扉の外で待機しておりますので、何かあればお呼びを」



そう言って軽く一礼し、踵を返しかけたその時。



「……少しだけ、お時間をよろしいでしょうか?アレンハルト様」



その声に、アレンの足が止まった。

振り返ると、ミアが先ほどよりも深く微笑んでいた。

その柔らかな笑みには、わずかに期待と、少女らしい躊躇いが混ざっている。

アレンは、無意識に拳を握った。


(……ダメだろう)


そう言い聞かせながらも、扉へ向けていた身体を静かに戻す。



「……承知いたしました」



そして再び椅子へと腰を下ろすと、騎士団長は少女の瞳を正面から見据えるのであった。


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