第42話 永遠の契り、名を継ぐ者たち

歴史の闇に隠された愛の契りは

時を超えて輝き続ける。


謙信の死から

さらに時が流れ

越後の地には

彼の「義」の精神が

深く深く根付いていた

春日山城は

代々の当主によって

堅牢に守られ

民は

平和な暮らしを享受していた

しかし

謙信の偉業は

すでに伝説となり

彼の死から数十年が経過した今

彼の真の姿を知る者は

ほとんどいなくなっていた

歴史書には

「越後の龍」

「軍神」として

その武勇と「義」が記されるが

彼の内面に秘められた

苦悩や葛藤

そして

綾姫との「契り」の真実を知る者は

ごくわずかだった

雪深い山里の奥に

ひっそりと佇む

古びた寺だけが

その真実を

静かに見守り続けていた


直江兼続は

謙信の死後も

彼の遺志を継ぎ

越後の政務に

尽力していた

彼は

謙信の「義」の理念を

忠実に守り

民の安寧を

第一に考えた

兼続の働きにより

越後は

謙信の死後も

安定した治世が続いていた

兼続は

謙信の最後の言葉を

心に深く刻んでいた

「義は…

己で…」

その言葉は

兼続の「義」の根源となり

彼を突き動かしていた

彼は

謙信の「義」が

もはや

謙信一人だけのものではないことを理解していた

それは

綾姫の願い

そして

兼続自身の使命へと

確かに繋がれていたのだ

兼続は

自身の生涯をかけて

謙信が目指した

「争いのない世」の実現のために

尽力し続けた


静は

老境に入っていたが

その瞳の輝きは

失われていなかった

彼女は

謙信の死後も

春日山城に留まり

綾姫の詩歌と

謙信の物語を

記し続けていた

彼女の筆は

ゆっくりだが

確かな筆致で

紙の上に

言葉を紡いでいく

それは

彼女が

綾姫から託された

最後の使命だった

彼女の傍らには

綾姫が残した

詩歌の断片が置かれている

静は

それを読み返すたびに

綾姫の願いが

鮮明に蘇るのを感じた

彼女は

自らの筆で

綾姫の詩歌と物語を

記し始めた

それは

歴史には記されない

もう一つの物語

「声なき歴史を記す語り部」としての

彼女の新たな旅路の始まりだった

静は

自分が記した

綾姫の詩歌と物語を

大切に保管していた

それは

いつか

この物語を

真に理解し

継承してくれる者が現れることを

願ってのことだった


越後の里では

謙信の伝説が

語り継がれていく一方で

密かに

「雪に咲く白椿」と

「影姫と毘沙門の契り」の物語が

口承されていった

それは

歴史の表舞台には

決して現れない物語

しかし

人々の心には

深く刻み込まれていく物語だった

里の老巫女が

雪の降る夜に

子供たちを集め

その物語を語り始めた

老巫女の声は

優しく

しかし

どこか神秘的だった

子供たちは

目を輝かせながら

老巫女の語りに

耳を傾けていた

その物語は

静かに

しかし確実に

越後の民の間に

広まっていった

人々は

謙信の偉業を称えながらも

その裏に隠された

秘められた愛の物語に

心を奪われた

それは

「記録されない愛」

「記憶から消される愛」

しかし

人から人へと

口承によって

手渡されていく

より強靭な物語だった


旅の歌い手が

越後を訪れるようになった

彼らは

越後の民の間に

広がる謙信の伝説や

「雪に咲く白椿」の物語を

歌にのせて

語り継いでいた

静は

彼らの歌に耳を傾け

姫の物語が

歌という形で

遠い地まで

伝わっていくことに

深い喜びを感じた

旅の歌い手たちの歌は

静が記した

綾姫の詩歌や物語とは

異なる部分もあったが

その根底にある

姫の願いは

変わることなく

伝えられていた

それは

「記憶されない愛」が

確かに

人から人へと

手渡されている証だった

静は

自分が記した

綾姫の詩歌と物語の写しを

旅の歌い手たちに

密かに手渡すこともあった

彼らが

遠い地で

姫の物語を

語り継いでくれることを願って


春日山城の庭には

白椿が

ひっそりと咲き誇っている

その純白の花は

綾姫の魂の輝きのようだった

白椋の木が

雪の中で

静かに佇んでいる

その姿は

名もなき祈りを

天へと捧げているかのようだった

その白い枝には

幾年もの記憶が刻まれ

雪が落ちるたびに

新たな物語が

目覚めるかのようだった

寺の片隅に立つ

小さな墓碑

そこには

ただ「綾丸」という名が刻まれ

ひっそりと

姫の真実を語り続けている

その墓碑の傍らには

一本の白椿が寄り添うように立ち

綾姫の最終の祈りを

静かに見守っていた


歴史の波に埋もれ

伝説となった「上杉謙信」。

しかし、彼の心の奥底には、常に綾姫の存在があった。

神と人、影と実体。

その境界を超えて結ばれた愛と犠牲の契りは、時を超えて語り継がれ、雪降る越後の地で永遠に輝き続ける。

謙信の「義」は直江兼続に、綾姫の「詩情」は静に、そして二人の「愛の記憶」は里の巫女たちに、それぞれ形を変えて継承されていく。


無名の語り手たちの断章3:白椋を見つけた子ども

「ねえ、見て!この木、雪の中でも光ってる!なんだか、誰かの優しい声が聞こえるみたいだね。」


白椋の最終の呼びかけ

名を持つことは、命を編むこと。

…さあ、あなたの声で、この契りを継いで。

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