第36話 最後の遺言、託された未来
意識が朦朧とする中で、謙信は誰にも跡継ぎを指名しない。
それは、彼自身の「義」の理念を誰かに押し付けることを拒んだからか、
あるいは彼が真に継がせたかったものが「魂の契り」であったからか。
春日山城を包み込む雪は
謙信の死を知るかのように
一層激しく降り続いていた
城内は
深い悲しみに包まれていた
謙信の突然の死は
家臣たちにとって
あまりにも大きな衝撃だった
直江兼続は
謙信の傍らに膝をつき
その冷たくなった手を握りしめていた
彼の瞳からは
とめどなく涙が溢れ落ちる
静もまた
謙信の顔に顔をうずめ
嗚咽を漏らしていた
源左衛門は
ただ静かに
目を閉じ
深く頭を垂れている
彼らは
越後の光を失った喪失感に
打ちひしがれていた
謙信の死は
越後に
大きな混乱をもたらした
彼が
跡継ぎを指名しないまま
逝ってしまったからだ
家臣たちは
今後の越後の行く末を案じ
それぞれの思惑が
交錯し始めた
謙信の「義」の理念を
継ぐべきは誰か
越後の未来を
誰に託すべきか
評定の場は
連日激論が交わされた
しかし
誰もが納得する
答えは見つからない
直江兼続は
謙信の最後の時を
思い返していた
病に伏し
意識が朦朧とする中で
謙信は
かすかに言葉を漏らした
それは
明確な指示ではなかったが
兼続には
謙信の真意が
伝わってきた
「…義は…
己で…」
途切れ途切れの言葉
しかしその言葉は
謙信が
自身の「義」の理念を
誰かに押し付けることを拒み
その重荷を
誰かに背負わせようとしなかったことを
示していた
兼続は
謙信の言葉に
深く心を打たれた
謙信は
最後まで
「義」を貫いたのだ
彼は
自身の「義」が
常に
自らの意志で選ぶものであったように
その「義」の継承もまた
選ばれるべきだと考えていた
それは
謙信が真に継がせたかったものが
特定の人物ではなく
「魂の契り」としての「義」の理念そのものであったからだ
兼続は
評定の場で
謙信の真意を
家臣たちに訴えた
「謙信公は…
我らに
特定の跡継ぎを指名なされなかった
それは
公の「義」の理念が
もはや
誰か一人の者に
帰属するものではないからでございます
公が望まれたのは
「義」の心を持つ者が
その意志で
越後の未来を担うこと
でございます」
兼続の声は
力強く
そして
深い説得力を持っていた
しかし
家臣たちの間には
依然として
混乱と
不満が渦巻いていた
彼らは
具体的な指導者を求めていたのだ
静は
謙信の死後も
彼の傍らを離れなかった
彼女は
謙信の死が
綾姫の犠牲を
無駄にしてしまうのではないかと
深く案じていた
静の心には
綾姫の最期の言葉が
響き続ける
「この犠牲が、あなたを縛る鎖であってはならない…!」
姫は
謙信が自由であること
そして
彼自身の意志で
「義」を貫くことを願っていた
静は
謙信の遺志を
何とかして
家臣たちに伝える方法はないかと
模索した
彼女は
謙信の寝所で
綾姫が残した詩歌の断片を
再び読み返していた
「御胸の白雪、幾夜に積もらば
安らかに 民の寝息が 降る世こそ
私が見たき 春の夢なれ」
この詩が
謙信の「義」の根源であり
彼が真に願ったことなのだと
静は確信していた
源左衛門は
謙信の死後
深く沈黙していた
彼は
謙信の「義」を
誰よりも理解し
信頼していた
しかし
跡継ぎ問題が
越後に新たな混乱をもたらすことを
恐れていた
彼は
謙信の遺志を
守り抜くために
何ができるかを
静かに考えていた
彼の心には
謙信への深い忠誠心と
そして
越後の未来への
強い責任感が
宿っていた
その日の夜
謙信は
静かに
息を引き取った
彼の魂は
雪に溶けるように
静かに空へと昇っていった
彼の死は
突然であり
多くの謎を残した
彼は
最後まで
自身の真実を
誰にも話さなかった
それは
綾姫との「契り」が
二人だけの神聖なものであったからだ
彼の胸に
綾姫の「契り」が
深く刻まれている
それは
彼が選んだ
「義」の道そのものだった
彼の瞳は
静かに
しかし
確かな光を宿していた
彼は
自らの運命を
全て受け入れたのだ
春日山城には
夜の帳が降り
静寂に包まれていた
雪は
降り続く
その白い雪は
謙信の命の灯を
静かに覆い隠していく
城内には
家臣たちの
悲痛な声が響き渡る
彼らは
謙信の死を
受け入れられないでいた
しかし
謙信の遺志は
彼らの心に
深く刻み込まれた
謙信の「義」の光は
消えることなく
越後の地を
照らし続けるだろう
彼の死は
越後のみならず
日本の歴史を
大きく変えることになるだろう
夜明け前の空は
まだ暗い
しかし
その暗闇の中に
謙信の「義」の光が
確かに輝き始めていた
それは
遥か未来へと続く
希望の光だった
そして
その光は
やがて
この乱世を
照らすことになるだろう
春日山城の庭の白椿が
雪の中で
ひっそりと咲き誇っている
その白い花びらは
綾姫の魂の輝きのようだった
白椋の木が
雪の中で
静かに佇んでいる
その姿は
名もなき祈りを
天へと捧げているかのようだった
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