第23話 人として、神の記憶と共に
一騎討ちの末、信玄を打ち破り、戦いは上杉の勝利に終わる。
しかし、謙信の心には、神性を取り戻しそうになる衝動と、
人間としての苦悩が同時に押し寄せる。
彼は完全に人として生きることを選択し、神の境界を超越する。
川中島の戦いは
熾烈を極めていた
霧は晴れ
太陽の光が
戦場を容赦なく照りつける
上杉と武田
両軍の兵たちは
互いの命を削り合い
大地は血で染まり
屍が累々と横たわる
その中で
謙信と信玄の
一騎討ちが繰り広げられていた
謙信は
刀を構え
信玄へと斬り込んだ
彼の動きは
神速
信玄は
その攻撃を
冷静に見切り
巧みに刀で受け流す
二人の剣戟は
火花を散らし
その音は
戦場の喧騒の中に
響き渡った
それは
単なる武将同士の戦いではない
「義」を貫く人間と
「合理」を極めた人間
二つの魂が
互いの全てを賭けて
ぶつかり合う
壮絶な戦いだった
謙信の脳裏には
綾姫の姿が
鮮明に浮かび上がっていた
彼女が命を賭してくれた
その願い
それが
彼を突き動かす
原動力だった
彼は
綾姫との契りによって
人となり
「義」を知った
その道は
決して平坦ではなかったが
彼は
その道を
進み続けることを誓った
信玄の冷徹な眼差しは
彼の心の奥底を見通すかのように鋭い
信玄は
謙信の中に
神であった頃の
無感情な自分を
見出している
その視線が
謙信の心を
深く揺さぶった
彼は
神性を失った今
人間としてこの戦いに臨む意味を
改めて問い直した
戦いは
一進一退を繰り返した
しかし
謙信の体力は
限界に近づいていた
腕は痺れ
足は重い
全身の筋肉が悲鳴を上げている
しかし
彼の心は
決して折れることはなかった
彼の瞳には
綾姫の願いを
叶えるという
強い決意が宿っていた
その時
謙信の刀が
信玄の鎧を
かすかに捉えた
信玄は
わずかに体勢を崩した
その隙を逃さず
謙信は
渾身の一撃を
信玄へと放った
信玄は
その一撃を
刀で受け止めたが
その衝撃に
馬上で大きくのけぞった
信玄の刀が
彼の掌から滑り落ち
地面に音を立てて転がった
信玄は
敗れた
彼は
馬上で
静かに謙信を見上げていた
彼の顔には
悔しさよりも
どこか
理解のような表情が浮かんでいた
「謙信…
そなたは…
まことに
恐ろしい男よ…」
信玄の声は
かすれていた
謙信は
信玄の言葉に
静かに耳を傾けた
彼の瞳には
深い悲しみが宿っていた
信玄もまた
己の信念のために
全てを捧げた男
その生き様が
謙信の心に
深く響いた
川中島の戦いは
上杉の勝利に終わった
謙信の兵たちは
歓喜の声を上げ
勝利を祝った
しかし
謙信の心には
喜びよりも
深い疲労と
そして
喪失感が残った
多くの命が失われた
その事実が
彼の心を
重く圧し潰そうとしていた
彼は
戦場の荒廃した光景を
静かに見渡した
血で染まった大地
累々と横たわる屍
その全てが
彼に
戦の悲惨さを
訴えかけていた
その時
謙信の心に
神性を取り戻そうとする衝動が
再び押し寄せた
全能の力で
この苦痛に満ちた世界から
全てを終わらせる誘惑
痛みも
苦しみも
悲しみも
全てを捨て去り
ただ絶対的な存在として
君臨する道が
彼の目の前に開かれる
その誘惑は
ひどく甘美で
抗いがたい
しかし
その度に
綾姫の消えゆく笑顔と
「名を継ぐは、あなたです」という声が脳裏をよぎり
「それでも人である」と断固として選び直す。
彼の心は叫ぶ。
「神であった自分を否定するのではない。ただ、“人である痛み”を愛したいだけだ。」
その叫びは
彼の魂の奥底から
ほとばしる
それは
彼が人として生きることを選んだ
確固たる証だった
謙信は
完全に人として生きることを選択し
神の境界を超越した
彼の胸には
綾姫との「契り」が残した
人としての「痛み」と「慈愛」が
確かに宿っていた
「内なる謙信 VS 継承された神性」の戦いは
この瞬間に
「神性を抱えながら人として生きる」という
新たな受容へと昇華する
彼は
もはや神ではない
しかし
神の記憶を抱き
人として
この世に存在する
その存在こそが
綾姫の願いを叶える
唯一の道なのだと
彼は理解した
戦いの終焉を告げる
夕陽が
川中島の平野を赤く染めていた
その光の中に
謙信の姿が
静かに立っている
彼の顔は
血と泥にまみれているが
その瞳は
燃えるように輝いていた
彼の心には
深い疲労と
そして
揺るぎない決意が宿っていた
彼は
綾姫の願いを胸に
この乱世を
生き抜くことを誓った
そして
この戦いが
姫の願いを
真に叶えるための
最後の試練であったことを
彼は悟った
川中島の風が
彼の頬を撫でる
その風は
まるで
綾姫の優しい手のように
彼の心を
温かく包み込んだ
遠くで
狼の遠吠えが聞こえる
戦場の夜は
静かに更けていく
しかし
彼の心には
新たな希望の光が
確かに輝き始めていた
それは
遥か未来へと続く
希望の光だった
そして
その光は
やがて
この乱世を
照らすことになるだろう
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