第13話 鶴岡八幡宮の誓い、名を刻む意味

神前で誓う“義”の道は

過去の契りと重なり

彼の使命感を強める。


泥沼と化した関東での戦いは

一進一退を繰り返していた

しかし

謙信の

「義」を貫く姿勢は

関東の民の心を

少しずつ動かし始めていた

焼かれた村々からは

わずかながらも

復興の兆しが見え

荒れ果てた田畑には

再び種が蒔かれようとしていた

その光景を見るたびに

謙信の心には

かすかな希望が灯る

民の苦しみが

自分のことのように感じられるからこそ

彼は

この小さな希望の光を

決して手放そうとはしなかった


関東管領上杉憲政は

謙信の奮戦を目の当たりにし

彼の「義」に深く感銘を受けていた

憲政は

疲弊しきった自らの力では

もはや関東を救うことはできないと悟り

謙信に

関東管領職を譲ることを決意した


鶴岡八幡宮

関東武士の総鎮守として

古くから信仰を集める

神聖な場所

その本殿の前で

関東管領職の継承式が

執り行われることになった

多くの関東の諸将が

その場に集まった

彼らの視線は

謙信に注がれている

その中には

疑念の目を向ける者

期待の目を向ける者

様々だった


謙信は

神聖な八幡宮の境内に足を踏み入れた

石畳を踏みしめる度に

足元から伝わる冷たさが

彼の心を

引き締める

境内には

古木が立ち並び

厳かな雰囲気を醸し出している

拝殿の前に立つと

彼の心臓が

微かに高鳴るのを感じた

記憶はないが

この場所が

彼にとって

何か特別な意味を持つことを

本能的に理解した


継承式は

厳かに執り行われた

上杉憲政が

謙信の前に立ち

関東管領職の象徴である

白傘袋(しろかさぶくろ)と

足利将軍からの御判御教書(ごはんぎょきょうじょ)を

謙信へと手渡した

その瞬間

重い歴史の重みが

彼の両肩にのしかかる

謙信は

それらを両手で受け取ると

静かに

八幡宮の祭壇へと向き直った

彼の前に広がるのは

八幡宮の神聖な空間

そして

多くの人々の視線

彼は

目を閉じた

その脳裏に

白い椿の幻がよぎる

そして

綾姫の囁きが聞こえる

「あなたの義は

光となる…」

その声が

彼の心に響き渡る

彼が求めた「義」の道

それが

ここに

具現化されている


謙信は

ゆっくりと目を開けた

その瞳には

揺るぎない決意が宿っていた

彼は

八幡宮の神前に立ち

力強く

そして

清らかな声で

誓いの言葉を述べた

「我は

上杉謙信

関東管領職を継ぎし者として

この神前において

天地神明に誓う

我は

私利私欲のために

兵を動かすことはせぬ

ただひたすらに

民の安寧を求め

乱世を鎮め

天下に

真の平和をもたらすことを誓う」


彼の言葉は

神聖な境内に

響き渡った

その言葉一つ一つが

集まった諸将や家臣たちの心に

深く刻み込まれていく

彼らの瞳には

驚きと

そして

深い感動の光が宿っていた

謙信の言葉は

彼らの心を

強く揺さぶった

それは

彼らが長年

待ち望んでいた

真の「義」の言葉だったのだ

源左衛門は

謙信の言葉を聞き

目頭を押さえた

彼の瞳には

涙が溢れていた

「まことに…

公こそが

乱世を鎮める

光にございまする」

彼の声は

喜びと

安堵に満ちていた

直江兼続もまた

謙信の傍らに立ち

その姿を見つめていた

彼の瞳には

謙信への深い信頼と

そして

この壮大な「義」の旅路を

共に歩む決意が宿っていた


しかし

謙信の心には

喜びだけではなかった

この「義」の道は

彼自身の記憶にはない

しかし

かつて綾姫と結んだ

「契り」の記憶と重なるものだった

「あなたの“影の妻”となります」

綾姫の言葉が

脳裏に響く

彼女の命と魂を対価に

彼は

この地に存在している

そして

この「上杉謙信」という名が

綾姫が望んだ平和のためにあることを

改めて心に刻む

この名は

彼自身の名であると同時に

綾姫の願いを継ぐ

宿命の証でもあるのだ

その重みが

彼の心に

深くのしかかる

彼は

神として

そして人として

綾姫の願いを

全うすることを誓った


静もまた

継承式の様子を

遠くから見守っていた

彼女の瞳には

涙が溢れていた

謙信の言葉は

綾姫の願いそのものだった

彼女は

姫が命を賭して守ろうとしたものが

こうして

具現化されていることに

深い喜びを感じた

しかし同時に

謙信が背負う重荷の大きさに

胸を締め付けられた

静は

そっと

胸元の懐から

綾姫が残した詩歌の断片を取り出した

「御胸の白雪、幾夜に積もらば…」

その詞が

彼女の心に響く

姫の願いは

確かに謙信に受け継がれている

しかし

その代償は

あまりにも大きかった

静は

謙信の孤独な背中を見つめながら

心の中で

祈りを捧げた

「姫様…

どうか謙信公を

お守りください…」


鶴岡八幡宮の空は

深く青く澄み渡っていた

その空の下で

謙信は

関東管領として

新たな一歩を踏み出した

彼の行く道には

さらなる困難が待ち受けているだろう

しかし

彼の心には

綾姫の願いと

そして

揺るぎない「義」の光が

強く輝いている

その光が

やがて

この乱世を

照らすことになるだろう

関東の地には

新たな希望の兆しが

見え始めていた

そして

その希望の光は

遥か未来へと

紡がれていく

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